クリームシチュー
塩海苔めい
第1話
佐多子は昼の情報番組をぼんやり眺めていた。
画面の向こうでは芸人や女優がテーマパークに行って、家から出ることのない佐多子のような人々の心を動かそうと必死にカメラへ話しかけている。
やがて飽きて、時代劇でも見ようかとザッピングしていると、ふと星座占いをしていた番組が目に留まった。
『五位から八位はご覧の方々でーす。』
はしゃいだ女性キャスターの声が頭にキンキン響く。
その中に佐多子の誕生星座、天秤座があった。
今日の運勢は吉。ラッキーカラーは赤。ラッキーアイテムはクリームシチュー…。
そこまで読んだがすぐに画面は切り替わってしまった。
佐多子は頬杖をやめ、静かにソファから起き上がった。
クリームシチューの文字を見て、何か食べようという気持ちになったからだ。
冷蔵庫を開けると、母の厳格なルールに則って、タッパー達が所狭しと肩を並べて彼女を出迎えた。
いつもは食欲も湧かず適当に取って中身を捨てるだけであったが、今日は違った。
雪崩が起きないよう上に重なっていた障害物を慎重に取り出してからフタを開ければ、やはりそれはシチュー。
迷信に振り回されやすいまだ中学生の佐多子には、それが少なからず運命的なものに思えた。
(食べずにいると罰当たりだよね、うん、きっとそう)
幾日振りかのよだれが出る。
電子レンジにタッパーを突っ込んで、複雑なボタンとダイヤルをいじればスタートだ。
程度がよく分からず、900Wで10分と最大の値で設定した。
癖でスマホを取り出してしまったが、段々と気も向いてきて、幼い頃手伝っていたようにふきんでテーブルを拭き、食器を用意した。
鼻歌まじりにシチューの完成を待っていると、突然鈍く大きいボンっという音が鳴った。
佐多子がけばけばしいスリッパで慌てて爆発音のした方へ向かうと、レンジの中でタッパーがひっくり返り、どろどろしたシチューが飛び散っている様があった。
レンジを開けたものの、とても凄惨で目も当てられない。
爆発の原因としてはレンジの無理な設定があったこと、タッパーの空気穴が塞がっていたことなどが挙げられたが、パニック状態に陥った彼女の頭にはそんなこと分かる訳がない。
佐多子は何を思ったか、懸命にシチューを手で掴んで貪るように食べ始めた。
(だめだめだめだめ)
はたから見ればそれは狂人であった。
でも美味しい。美味しい…。
あらかた食い尽くしたところで自分の奇行に気付いて無性に自分が気持ち悪くなり、台拭きを持ってきてそそくさと片付けを済ますと、自室に戻ってスマホを取り出した。
…あんなんのどこがラッキーアイテムなんだ。
さっきの口を満たすどろりとした舌触りを思い出して泣きそうになった。
夜遅く、ベッドに潜り込んだままYoutubeを見ていると、ドアをノックされた。
佐多子の母はいつものようにお盆に夕食を載せてやって来たが、床に散乱した空のポテトチップスの袋を認めると、それは差し出さずに、穏やかな声で、
「シチュー、食べてくれたのね。」
と言った。佐多子はスマホの電源を切って、毛布をきつく握りしめて黙りこくっていた。
クリームシチュー 塩海苔めい @konaai
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