第172話 動き出す時間


 ☆★☆★☆★



 「困ったわねぇ」


 クロエは騎士からの報告に執務室でため息を吐く。既に報告を終えた騎士は部屋にはおらず、今は夫のエスピノーザがいるだけだ。


 「やっぱり監視はダメみたいだね」


 「バレないように出来るなら良いんでしょうけど、あなたが遠眼鏡を使っても気付くような相手よ? それでも万が一を考えて人を付けておいたのだけど。お気に召さなかったようね」


 「そりゃ、ずっと見られてて良い気はしないよ。でも、気にしてるのは『狂姫』じゃなくて、商会長のレイモンド殿の方みたいだね」


 報告では会長が煩わしく思ってると『狂姫』に言われたみたいだ。これ以上続けるようなら、乗り込んで来ると言われては引き下がるしかない。


 これが犯罪者ならまだしも、向こうは何もしてない商人と傭兵なのだ。いくら『狂姫』の噂が物騒でも、何もしてない相手に取れる手段は少ない。


 「やっぱりレイモンド殿もやり手なんでしょうね。『狂姫』を使いっ走りに出来るぐらいなんだから。言った事が本当なら、ちゃんと手綱も握れてるんでしょうし』


 「そうだね。それで? これからどうするんだい?」


 クロエは紅茶を啜りながら考える。釘を刺された以上、当分の間監視はするべきじゃない。それなら、もうレイモンドと利益を奪われた商人が問題を起こすと想定して、先に対策しておくしかないだろう。


 まともで人を見る目がある商人なら、レイモンド達とは争わずに協調する道を選ぶかもしれないが、そういう商人は少ない。必ず争い事になる。


 「スラムの裏組織の監視を密に。場合によっては、『海蛇』とのコンタクトも取る必要があるわね」


 「仕方ないか。そっちは俺が行くよ。場合によっては荒事になるかもしれないからね」


 「お願いするわ」


 ディエルの広いスラムは東西南北に分けて、四つの組織が支配をしている。ディエルには結構な数の闇組織が存在してるが、そのほとんどが四つの組織の傘下である。


 『海蛇』はその支配してる四つの組織のうちの一つで、武闘派の人間は少ないが、色々な商売に手を出して勢力を維持している。


 その商売の中には情報も扱っており、クロエは力を借りる事があるのだ。もちろん表沙汰にはしていないが。


 「はぁ。忙しくなるわねぇ。どうにかして穏便に終わらせる事が出来ないかしら?」


 「無理だよ。普通は利益を奪われた商人は黙って引き下がるなんてあり得ないんだし。大手の商会は少なからず裏にも伝手はあるだろうしね。騒がしくなりそうだ」


 「レイモンド殿が無能だったら話は簡単なのだけれど。それも望み薄よね」


 はぁ、と今日何度目か分からないため息を吐いて、クロエは来るであろう騒動を想像して顔を歪めるのであった。



 ☆★☆★☆★



 「かしら! うちの傘下の組織が一つやられました!!」


 「あぁ?」


 スラムにあるにしては豪華な屋敷の一室で。酒を飲んでは女を抱いてを繰り返していた大男は、部下からの報告に首を傾げた。


 「おい。ちょっと出てろ」


 大男は抱いていた女達を部屋から追い出して、ガウンの様なものを羽織り部下からの報告を聞き直す。


 「うちの傘下に手を出す? そいつら正気か? どこの手のもんだ?」


 「すいやせん、その情報はまだ集めてるところです。傘下の組織の中では小さいですが、短時間で潰されちまったみたいで…」


 大男は部下の報告に顔を顰めながらも、冷静に頭を回す。


 「『海蛇』は…ないか。あそこは利益にならない無駄な事はしねぇ。うちと揉めても意味はないはずだ。あるとしたら、『久遠』か『聖域』か…。その二つにしても、今はうちとやり合う意味はないはずだが…」


 『海蛇』『聖域』『久遠』『ネイビー』


 この四つの組織がお互いの縄張り不可侵を決めて、スラム街を支配している。


 利益にしか興味がない金の亡者『海蛇』

 教会と繋がりがあると噂がある『聖域』

 別の大陸からやって来ていつの間にか根付いた『久遠』

 武闘派を一番揃えている『ネイビー』


 その『ネイビー』のボスである大男、ドナルドは圧倒的力でこのスラムで成り上がった。どんな相手でも返り討ちにし、このディエルのスラムのまとめ役の一角まで登り詰めたのだ。


 自分の力は他の組織だって知ってるはず。それなのに、傘下に手を出してきた。


 「新しくこの街に入ってきた奴らか? 裏で一旗上げてやろうって連中が、ロクに情報も調べずにうちの傘下に手を出してきたってところか」


 「どうしやすか? とりあえず他の傘下に出れる準備はしておくように声はかけてやすが」


 「ああ。すぐに潰せ。うちに手を出してきた事を後悔させてやる」


 ドナルドはそう言って、話は終わりだと再び女達を部屋に戻す。所詮小さい組織を潰した程度の小物だ。自分が出る必要がない。


 その判断が間違っていたと理解するのは、向かわせた三つの組織が潰されたと報告を受ける一週間後の事であった。



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 はい。という事で今章は終わりです。

 お疲れ様でした。


 ディエルの街にやって来て、とりあえず準備を整えたって感じですかね。本当はこのまま抗争までやってしまおうかと思ったんですが、ちょっと長くなりそうだったので。


 一旦切って、次章に持ち越しました。

 なので次章は裏の抗争をしつつ、表では面倒な商会とやり合うみたいな感じになるかなと。


 ではではまた次章で〜。

 他の作品も良かったらお願いしまーす。


 

 

 

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