魔王城夏のパン祭り(単話)
ね子だるま
バリアントブレッド
「陛下」
咀嚼音
「陛下」
咀嚼音
「返事しろや引きこもり」
「命が惜しくないのか、儚きものよ」
広々とした魔王城玉座の間。その中心にそれはいた。
2mを越える体躯に悪魔のような皮膜の羽。
金の瞳は少ない光源に鋭く光る。
彼は魔王。魔王シュタインピルツェ、霧に包まれた魔境の主にして魔界の王座に君臨する異形である。
「人間でも喰らっているかと思えば何ですか…」
サハギンの魔物。モールギス君は首を傾げる。
「見て分からんか」
「パンですか」
「そうだ」
魔王の前に積み上げられた山は、パン。
それも袋につめられた嗜好品のパン。
更に言うならば菓子パンが多い。
「で、なんですか。これは。略奪でもして来たんですか?」
「否。買って来た」
あほらしいと言いたげにモールギス君は器用に魚類顔を歪める。
「………」
「な、なんだ。その目は」
一個喰うかと魔王はモールギス君に卵虫ぱん(商品名)を放る。
食欲の減退しそうな名前である。
とりあえず蒸しパンを咀嚼しながらモールギス君は魔王を見上げる。
「食べたくて買ったんじゃないんでふか」
「食べ終わってから喋れ」
言いながら魔王は長い爪でパンの袋からシールを剥がし、玉座の端に貼っていく。
「なんですか。それ」
モールギス君の問いに魔王は視線を逸らす。
「皿だ」
「は」
「皿が貰えるのだ」
「はぁ」
それで、とモールギス君は続ける。
「いや、そのだな。皿が欲しいのだ」
「奪ってくれば良いじゃないですか」
モールギス君は蒸しパンの最後のひとかけらを口に放った。
「違うのだ。集めてもらえる奴が欲しいのだ」
「………」
「だ、だからその目をやめい!抉るぞ!」
頬を染め生娘の様に恥ずかしがる主人を、モールギス君は鳥に喰われるハエトリグモを見るような目で見つめる。
「交換でしか貰えぬのだ」
「店の裏手に在庫があるでしょう。店ごと奪ってしまえば良いでしょう」
「そ、それだと次回の皿が分からぬではないか!!」
「…………」
上司であるクラーケン様の使いっぱしりでここ暫く人間界への侵攻が無くなった理由を問いつめに来たモールギス君だったが、正直知りたくなかった。
人々もきっと知らないのだろう。
魔王がこっそり人間に化けて市中に潜り込み、点数交換の皿のためにパンを買いあさっている等と。
皿の為に築き上げられた、偽りの平和。
モールギス君は足下に転がっていたウサギ型のいちごジャムパンを開けて頬張りながら転職を考えるのだった。
「意外とうまいっすね。これ」
🍞
モールギス君はサハギンである。
「暑い……」
夏の日差しは万年霧すら蒸発させ、モールギス君達サハギン族の住まう“あんこくのぬま”を白日の下に晒していた。
日光が直接、実は意外と澄んでいる水に差し込み水中にも熱波が届く。
そして、その一件の家の中は香ばしい匂いで満ちていた。
「鯉の餌じゃないんですからやめてください」
「ふふふ、秘密を知ってしまった以上ただでは返さぬぞ」
いや、ここ俺の家ですし。とモールギス君は言いたい言葉を飲み込む。
モールギス君の家にはシュタインピルツェ陛下、すなわち魔王が遊びに来ていた。
大量のパンを持って。
「いや。俺たち魚っぽいですけど肉食ですから。そんなにパン食べませんから」
「いいからいいから」
端的に言うと魔王もパンに飽きて来たらしい。
幾ら季節の限定味で攻めてこようとも、夏はパン食はあまりすすまない。
そもそも遊翼悪魔種の魔王も本来肉食である。パンは好きではない。
「だからってなんで家に来るんですか」
モールギス君は幸い一人暮らしだが、実家の両親に知られた日には一族総出でもてなしを等と言いかねない。
モールギス君はあきれ果てているが、魔王は魔境のアイドル的存在なのだ。
「城だとマモンのやつがパンをシールごと捨てようとするのだ」
魔王は唇を器用に尖らせる。
マモンは上級魔族で第二特務遠征軍の軍師のはずである。
魔王がこんな調子であればその判断は致し方ないものだと言えよう。
しかし、マモンは比較的…というより熱狂的魔王支持派で魔王を甘やかしていた筆頭のような方だっただけにモールギス君は首を傾げる。
「マモン様と喧嘩でもされたのですか?」
「いや、よくわからぬ」
魔王も首を傾げながらぺりっと袋からシールを剥がしとる。
「なんか。『わたしと皿のどちらが大切なんですか!?』とか叫ばれてな」
うわぁ
「え、なんでそんなやりとりになるんですか?キモい」
「知らぬ。皿の方が大切に決まっておろうと言ったら泣きながら出て行った」
この国は大丈夫なんだろうか。
🍞
誰もいない森に石に金属を打付ける音が響き渡る。
平時ならばそこかしこを夜行性の発光虫が飛び回っているのだが今夜は一匹もいない。
「くふふふ」
次いで聞こえるのは空気と混在を許さぬ男の笑い声。
「くふ」
かみ殺すような笑い声が止まり。重く肉のつぶれるような音が響いた。
「いっっったああああああああああああああああああああああああああああああい」
所変わって魔王城地下13階にて
「マモン様チーッス」
「マモン様今日も丑の刻参りですかぁ?生真面目ですね」
小さな土霊達が一礼してマモンの足下を駆け抜ける。
「あれー。大将。また怪我したんですかにゃぁ?」
娘の猫なで声。少女の頭には言動に相応しく猫の耳が生えている。
「黙れ」
マモンはぶっきらぼうに腕を差し出す。
「しょーがない大将でちゅにゃ」
頭上をかすめた凶刃を意に介さず猫耳少女は呪文を唱えつぶれた指先を修復する。
「今日もモールギス君を呪ってたんですかぁ?」
「貴様には関係ない」
「もぅ」
すっかりもとの形に戻った手を振り、マモンは椅子から立ち上がった。
「また行くんですかぁ?」
「構うな」
「いえ、料金」
「…」
地獄の沙汰も金次第なのだ。
なんとも世知辛い世の中である。
マモンは魔王との付き合いだけは長い。
魔王がまだ魔王になる前からお傍に仕え、支えて来た。
正直片腕的な自負があった。
それがどうしたことか
最近陛下はサハギンの小僧の元に入り浸っていると聞く。
ねたましい。たかだかサハギンの分際で陛下のご寵愛を一身に受けるだと。
と言ったら部下数名にえんがちょされたのが昨日の話である。
「ふ」
マモンは粗末な椅子に腰掛け、自身が考える最高にかっこいいポーズを取りながら陛下奪還に向けて計略を練る。
仮にも軍師であるこのマモンがサハギン如きに遅れをとる筈が無い。
「覚悟しておけ…モールギス…」
🍞
魔王城、玉座の間にて。
「今日は何の御用ですか、陛下」
サハギンのモールギス君は薄々というより濃厚な嫌な予感を隠さず魔王の前で棒立ちになっていた。
「うむ。無事今シーズンの皿もコンプしたのでな。褒美を出そうかと思って」
「パン喰っただけなんで要らないっす」
どうせ昇給とかではないだろうし実際魔王とパンを食べていただけなのでモールギス君は淡白な反応。ついでにサハギンの肉質は白身魚だ。
「そう言うな、夏っぽいこの限定皿は白いお魚プレートなのだ!」
「は、はぁ……」
「貴様に似ているのだ!!」
「はぁ……」
「もうちょっと反応せよ!!」
「ええ……」
例えば猫が猫型のエサ皿を貰って喜ぶかと問われれば何も思わないだろうし人だって人型の皿を景品にしないのだから別に同族の皿を貰っても嬉しくないだろうことは想像に硬くないと思うのだが、モールギス君の疑問は魔王に届く様子もない。
「涼しくなってきたんで皿よりパンの方が嬉しいっス」
「む!そうか!それは……いいな!うむ!」
🍞
「陛下」
「なんだ。モールギス」
シュタインピルツェ陛下は毎週あんこくのぬまを訪れてはモールギス君の家に大量のパンを残し去っていくテロルを続けていました。
「いい加減来ないで下さい。迷惑です」
「な……なに……」
魔王は手に持っていたうさちゃんサンド(いちごじゃむ入り)をぼとりと取り落としました。
「迷惑です」
「ふ……冗談がs「迷惑です」
「…」
「迷惑です」
「え、本当n「迷惑です」
魔王はおろおろと両手を振り、モールギス君はそれをみて更に魚類顔を険しくします。
「本気で迷惑なんです。パンを持って帰って下さい」
「だ、だめか?」
「ダメです」
「どうしても?」
「首を傾げてもダメです可愛くないです」
「ぐ、ぐぬう」
「もう、いいんじゃないですか?」
「何がだ」
シュタインピルツェは首を傾げた。
「皿。結構集まったでしょう。いいんじゃないですか」
モールギス君は正直パンも食べなれてそこまで迷惑ではありませんでした。
しかし、魔王様が雑魚魔物の家に食べ物を持って通っている事実は他の魔物に悪い噂を産んでいました。
最早尊敬はちっともしていませんが、モールギス君なりにこの魔王のことを心配していたのです。
「う、う……」
次の瞬間。モールギス君の部屋の天井が爆砕した。
「………」
「もおおおおおおるぎいいいす!!!」
ぶち
「うるさいマモン」
魔王は片腕を天井に向け、ぶつぶつと古い言葉を唱えた。
「へ?」
一瞬、剣を構えた非常に嬉しそうなマモンの表情がちらついた気がした。
次の瞬間。モールギス君の部屋の天井とあんこくのぬまの半分が吹き飛びんだ。
「…かえれ!!!」
🍞
「陛下。どうしちゃったんだい?」
魔王城の城門が閉鎖されて4月が経った。
冬季が訪れ、城の外観は氷の城になっている。
「ほら、例のサハギン。あいつと喧嘩してからしょげちゃったらしい」
「陛下…おいたわしや」
「いや。良い薬になったんじゃないか?」
「それにマモン様も」
「ああ、半分になって見つかったんだって?」
「よく生きてるものだね。流石」
ゾンビとミイラがそんな会話をしながら城の前を通り過ぎていく。
モールギス君にマジギレされてから、魔王は城に引きこもっていた。
まぁ元々パンを買う以外滅多に外に出なくなっていたのだから、大して変わっていないと言われればそれまでなのだが。
「陛下」
魔王の間の扉を黒い人影が叩いた。
返事はない。
ただ、耳をそばだてると微かにすすり泣きのようなものが聞こえた。
人影はためいきを一つつくと扉を蹴破った。
「おどれいつまで引きこもってるつもりじゃああああああああ」
「うっ…うっ…」
玉座の横、体育座りでべそをかいている魔王を見て人影は肩を落とした。
「うわぁ」
「ううう……入り口は封印しておいたのに……おまえだれ……」
魔王は金の瞳を腕の上から覗かせ、人影に尋ねた。
「お、俺は勇者……オマエを倒しに来た……」
人影がめかくしのマントを脱ぎ捨てる。
でんせつのけんとでんせつのよろいを着込んだ青年がそこにいた。
「あっそ……」
魔王はそう一言呟くと再びさめざめと泣き始める。
「おい……どうしたんだよ……泣くなよ」
「放っておいてくれ…我にだって泣きたくなるときはあるのだ」
「いや、やりずらいというか殺りずらいというか」
「うう……」
「元気出せよ」
「ぐすん、ぐすん」
「事情くらいは聞いてやるから、な?」
勇者。そう、青年は勇者だった。
ナモナキ村を飛び出し、修練を重ね出会いと別れを繰り返し、この世を平和にするためものすごく頑張った。
最強装備を巡るストーリーなどは引退後自伝として出版したいくらいである。
しかし、勇者が国に戻ると魔王の侵略はとまっていた。
パーティを解散して、しかし勇者は悩んだ。
魔王の侵攻がとまり早数年。国は栄え他国とのいざこざはあれど概ね平和である。
今、魔王を刺激することに意味はあるのだろうか
いたずらに今の平和に影を刺すのではないだろうか
ただ、勇者は
正直……最強装備を手に入れて使わずに故郷に帰るのが恥ずかしかった。
そんな、勇者は今。
「そうか…」
「我が…我がパンなどにうつつを抜かしているせいで…」
魔王の玉座の横で体育座りで魔王の話を聞きながら、自分の役目ってなんだっけなと軽く鬱になっていた。
「とりあえずさ、そのモールギスってやつに謝れば良いんじゃないか?」
「だって……だって我、王だし。君主だし……」
「そういう態度がさー。まずいんだよ。多分」
そうして5時間。現代日本の女子高生もウザがるであろう湿気に満ちた愚痴を聴きながら、勇者はこの魔王が良い奴か悪い奴かは知らないが、めんどくさいのでこれ以上関わり合いになりたくないな。と思ったのだった。
「あー!!すっきりしたー!!」
夜も明け始め、蠟燭の灯も落とされた魔王の間唯一の採光口である天井の小さなステンドグラスがささやかに朝の到来を告げる。
勇者は床でいびきをかいている。
「勇者。貴様良い奴だな。我は感動したぞ!!」
しかし勇者は夢の中である。
「そもそもあのパンが飽きが来る味だったのが良くなかった。」
魔王は天高く腕を突き上げた。
「我が彼の店のパンをもっと美味くしてやろう!!」
絶対そうじゃないだろうと勇者は思ったという。
数年の後。新人店員によって人間界のマイナーパン屋チェーン『バリアントブレッド』のポイントブレッドシリーズは味、ネーミングの改良によって大躍進を遂げることになる。
そのパンの味は人間のみならず魔物をも虜にし、更に数年後なんと魔境支店を出すほどのムーヴメントとなる。
これを切っ掛けに人間と魔物の国交が本格化。
魔王が国際会議の椅子に腰描けることとなる。
世界は、パンによって平和になったのだ。
めでたしめでたし?
🍞
そのサハギンはパンの袋をテーブルに置き、魚型の豆パンを取り出しました。
「うめぇ」
魔王が友情の証として彼に贈ったパンは『もーるぎす』と名付けられましたが、共食いっぽいからやめろと怒られたことは国史にも記録されています。
おしまい
魔王城夏のパン祭り(単話) ね子だるま @pontaro-san
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