短編:龍

紅りんご

第1話

 朝、目が覚めたら、龍になっていた。


 眠気眼を擦ろうとして、手が届かない。筋肉痛だろうか。仕方なく起きあがろうとして、足の感覚が無いことに気がついた。代わりに、胴体がそのまま延長されたような変な感覚がある。まるで布団のまま簀巻にされたような感覚。でも、布団は既に視界の彼方にある。転がることはできたので、布団から床へと着地した。その頃には目も冴えてきていて、自分の状況を把握しつつあった。


 うつ伏せになった視界に映っているのは、緑色の筒状の何か。その先から左右対称に細長い紐のようなものが伸びている。まるで髭、みたい。そんなことを考えながら欠伸をして、同時に視界の中の筒が開いたことに気がついた。空気を吸い込んで吐き出す。いつもやっているはずの作業が今日は何となくぎこちない。その原因は間違いなく口先の筒だろう。何をするにもこれを取り除かなくてはいけない。


 相変わらず手は届かないし、足の感覚も無いので、洗面所までは這っていくしかなかった。丸太の様な身体は重く、左右に揺れて、到着した頃にはゼェゼェと息を切らしてしまっていた。よし、今日から運動始めよう。何度破ったか分からない誓いを立てて、私は洗面台についた両手で身を起こした。


 水垢がくっきり残る鏡は、覗きこんだ者を正確に映し出した。魔法の鏡でも何でも無いのだから当然で、だからこそ私は困惑した。鏡に映っていたのは、困り顔の龍だったからだ。緑色の鱗に黄色い髭、眉。大きな口は心なしか、への字に曲がっている。まかり間違っても、上下ジャージでボサボサ頭の大学生ではない。いや、本来は逆なのだが。


「これなら毎日セットしなくてもいいか。」


 ついて出た言葉がこれだった。受け入れ難い状況に平静を保つために出したのか、無意識の言葉だった。確かに、今の私は天パじゃないし、乱れる髪も無い。セットの必要は無いと言えるだろう。この間の抜けた言葉のお陰で何とか冷静さを取り戻した。そして、受け入れざるを得なかった。

 どうやら、私は本当に龍になってしまったらしい。

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短編:龍 紅りんご @Kagamin0707

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