適合者 ー Ⅱ


「人間じゃないってどういう──」


 振り下ろされた小太刀を反射的に避ける。

 そのまま再び持ち上げられる前に、小太刀の切先を地面に押しつけるように踏みつけた。


「びっくりした……」


「話の邪魔だね」


 シンの冷えた声が聞こえる。


 たしかに……、ちょっと邪魔かもしれない。

 母もよく言っていた。

 人の話にはきちんと耳を傾けなさいと。


 シンは私の話をちゃんと聞いてくれる。

 でも、この少女はそうじゃない。

 それならどちらが邪魔なのか。


 答えはとても、簡単だった。


「……っ」


 少女から初めて、焦ったような息が漏れる。


 宙を舞う小太刀と、つかの部分にくっついたままの手首。

 よろけながらも後ろに退がった少女の目には、わずかに動揺が浮かんでいた。


「シン、どうすればいい?」


「再生力も大して無さそうだし、選択肢としては首をはねるか、融合部分を破壊するかだね。僕としては前者をお勧めするよ」


「首を切ればいいんだね」


 刀をクルリと手の中で回す。


 少女は飛んでいった小太刀の所まで駆けていくと、地に突き刺さった小太刀を引き抜いている。

 どうやら、まだ戦う気はあるらしい。


 引く気がないのなら、これ以上被害を出す前に始末した方が良いだろう。


「最後に聞くけど、逃げるなら今しかないよ」


「……」


「そっか」


 向かってくる少女の小太刀を刀で受け止め、斜めに弾く。

 バランスを崩した少女の隙を見逃さず、もう片方の手も切り落としておいた。


 武器もなく、戦うための手もない。

 斬られた断面から血が流れることはなかったが、少女はこれから自分が死ぬことを悟ったようだった。

 私の方を静かに見つめ、その場でピタリと動きを止める。


 その姿は、さながら野を生きる獣のようで。

 負けを認めることは、死を受け入れることを意味する。

 そんな考えを体現するかのような、凛としたたたずまいだった。


 ためらうことなく少女の首をはねる。


 恐ろしいほどの速さで走った一閃いっせんは、一瞬で少女の首を分断した。

 頭部がぽとりと地に落ち、体がふらりと倒れていく。


 やはり血の一滴も流れないその体は、頭が無くなった後もピクピクと動いている。

 転がった頭から覗く少女の目は空を眺め、唇が薄く開かれるのが見えた。


「……ネームドの、適合者……」


「ネームド?」


「気にしなくていいよ永遠。ただの戯言ざれごとだ」


 ぽそりと呟かれた言葉も、今の私にははっきりと聞こえる。

 じっと空を眺めていた少女の目から、だんだんと生気が抜けていくのが分かった。


「首が落ちたくらいで死ぬなんてね。出来損ないはもろすぎる。まるで泥人形みたいだ」


「いや、首が落ちたらみんな死んじゃうよ……!?」


 思わず自分の首を抑える。

 シンはおかしそうに笑い声をこぼしていたが、私を安心させるよう、優しく声をかけてきた。


「大丈夫だよ。そもそも、そんなことは起こさせないからね。僕のこと、信じられない?」


「ううん。でもシンは……、人間がいくら死んでもいいって思ってるんだよね……?」


「思ってるよ。じゃあ永遠は、何故人間が死んだら駄目だと思うの?」


 何故って……。

 それは……どうしてだろう。

 あまりにも日常のように馴染みすぎていて、こうして聞かれるまで深く考えたこともなかった。


 人を殺しては駄目。

 暴力を振るっても駄目。

 言葉で傷つけても駄目。


 人として生きていくために、絶対守らなければならない事だと教えられてきた。


「……人間はみんな、協力し合って生きてるから。同じ人間として、思いやりを持って生きていかなきゃいけないんだってお母さんが……」


「なるほどね。でも永遠は人間じゃないから、その考えはもう当てはまらないんじゃないかな?」


「たしかに……言われてみれば……?」


 母が教えてくれたことに、私が人間じゃなくなった時のことは含まれていなかった。

 つまり、どうすればいいんだろう……。


「というか、人間じゃないってどういうこと!? 私いつのまに人間じゃなくなったの!?」


「契約した時だよ。正確には、心臓を貰った時からかな」


「心臓をもらった……?」


 もうめちゃくちゃだ。

 頭の中で、文字が大洪水を起こしている。

 言葉にならない文字たちが暴れ回る中、身体からシュルリと紋様が抜け出てくるのが見えた。


「そろそろ行こうか永遠。後のことは、歩きながら話そう」


 紋様が示す方に目を向けると、怯えた表情でこちらを見ている住民たちの姿が映った。

 少女がいたはずの場所には、水が染み込んだような跡が残っている。


「そうだね。行こう」


 湿った跡の横を通り、震える住民たちの視線の中を進んでいく。


 化け物。恐ろしい。人の皮を被った悪魔。

 あのおぞましい紋様は、悪魔を宿している証拠に違いない。

 口々に聞こえてくる声は、私が人間じゃないのだと伝えてくるものばかりだ。


 フードを目深まぶかに被り、黙々と足を進める。

 走って通り抜けてもいいのだが、何故だかそんな気にはなれなかった。


 少女が裂いた死体の近くを横切ろうとした時、幼い子どもがこちらに向かって走ってくるのが見えた。

 あの時、死体の側で泣いていた子どもだ。


 紋様で弾こうとするシンを制し、その場に立ち止まる。

 一直線に走ってくる子どもがふところに飛び込んでくるまで、ただその様子を見つめていた。


「よくも……、よくも父さんを……っ!」


 周囲で息を呑む音が聞こえる。


 子どもの手には、包丁が握られていた。


 

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