3-1 合同軍事演習
次の日、リナは合同軍事演習を迎えることとなった。
リナの作戦としては、この演習に見学へ来る市長ザクリアへと迫り、真意を確かめながら、それに応じて対策を講じていくというものである。
彼が奴隷売買に真実関わっていたのであれば即座に逮捕だ。
市長と言う立場を考えると、彼が黒幕である可能性は非常に高く、そこを皮切りにできればおおよその全貌が明らかになるはず。
今のところリナの中での関与者はミコトを捕えた警備隊、メメリモ通りにいた熊人とそれ以外の奴隷商、市長、そしてレイナとなる。
よって、まずはこの合同演習で市長を何とかしてしまい、その後にレイナと対峙しようという算段である。
本当はレイナから対処すべきなのだが、彼女は昨日から詰所に帰ってきておらず行方不明となっている。
合同軍事演習はシュジュベル近郊の丘陵地帯にて行われる。
草花の多く生えたこの丘はところどころに生えている木々が視界を遮るため地形全体の状況が把握し辛い。
普通軍事演習というと何かしらの技能を習熟することが目的とされるのだが、今回の演習はきわめて実戦に近い対戦形式での戦いが執り行われることとなっている。
合同演習には珍しい形態であるが、これにより互いの隊にないことを学んでいくことが目的だと言われた。
部隊が整列し終えたところで、対戦相手となるスナクさんがやってくる。
「待ってたぜ。今日は楽しみにしている」
「……ええ。こちらこそ」
そんな風に彼へ嘘をつく。
彼には悪いが、市長の警護が最も薄くなるのは恐らく演習中だ。
リナはこのタイミングで市長に単独で迫るつもりでおり、スナクとの演習に本腰を入れることはできないだろう。
リナの態度に何か違和感を持ったのか、先ほどまでの不敵な表情が消え失せ、真面目な声がリナへと飛ぶ。
「どうした? 何かあったのか?」
「……いえ、いろいろ考え事があってね」
「同じ小隊長同士だ。悩みもいろいろとあろう」
「失礼かもしれないけど、あなたはあまり悩みを持たなそうに見えるわ」
「ははっ。そんなことはない。上にどやされ、下にどつかれる日々さ。とくに副官が口うるさいからな。そういえば昨日の連れはどうしたんだ? 副官だろ?」
レイナのことを指されて、一瞬だけ心臓に槍を刺された思いとなる。
「……今は部隊の面倒を見させているわ。警備隊内の方はどう? 何かわかった?」
そんな風に話題を逸らしてしまう。
「まだ何とも言えないな。だがグゼールの部隊が怪しいという噂は掴んでいる。まあなんにしても、これは俺たちシュジュベル警備隊の問題だ。これ以上部外者のあんたを巻き込むわけにはいかねぇ」
こちらは関わっていく気満々なので微妙な苦笑いを浮かべることしかできない。
彼の力も頼るべきかは迷ったが、失敗したときにカナルカへ逃げる選択肢のあるリナに対し、スナクには選択肢がない。
出会ったばかりの彼にそれをお願いするのはあまりに都合のいい話と言えよう。
「……そう。でも、何かあったら手を出すわよ?」
「ふっ。期待している。だが、まずは合同演習だな。手加減なしだぜ」
「そうね。今日も勝ちを譲ってもらうわ」
これに鼻を鳴らしてスナクは行ってしまう。
さて、とリナは具体的な行動方針を脳内に描いていく。
自分の部隊にはスナクさんの相手をできる限り長引かせるような作戦を伝えてあるし、自分にもしものことがあっても、信号弾さえ打てればリナを見捨ててカナルカへと即撤退する旨も伝わっている。
あとはザクリアの出方にうまく対応し、レイナの行方さえわかればこの問題を解決に向かわせる可能性が出てくるであろう。
もちろん戦闘となった際には、リナがそのすべてに勝利することが前提となるし、レイナがリナにどう応えてくれるかもわからない。
加えて、シュジュベルと魔族との関係がどうなるかも路頭に迷ったままだ。
これらに関してはもはや飛び込んでみなければ結果がどうなるかはわからない。
演習開始の花火が見え、行動を開始する。
リナは単独で可能な限り木々の陰に隠れて移動していった。
ザクリアが見学に来ている本営はこの丘陵地帯の中でも一番高台となっている場所にある。
少し時間はかかるが回り道をしながら見つからないようにそこへと近づいていく。
しばらくの移動を経たあと、ようやく遠目にザクリアの姿を捉えることができた。
運のよいことに衛兵はわずか二名。
ザクリア自身も元は非常に強い軍人であるため、油断したのか、あるいは予算をケチったか、いずれにしてもリナにとっては好都合だ。
現在この領域は連絡魔法が使用不可能となっているため、応援を呼ぶためには口伝が必要となる。
この状況で応援など呼ばれてしまった日には目も当てられないが、逆にあの衛兵さえ無力化できれば、ザクリアと一対一で話す時間は十分に取れるであろう。
もっとも近づける位置の茂みに入り、覚悟を決める。
――大丈夫。失敗してもたかだか死ぬだけ。レイナと決別したままなんかよりはずっとマシ。
高鳴る心臓の音を聞きながら魔法陣を展開する。
魔法剣を右手出現させ、左手には予め用意しておいた魔法威力を高めてくれる杖を握りしめて、その目を見開く。
――よし。
「【アクセルバースト!】」
その瞬間、空気が跳んだ。
加速魔法をまとって一気に衛兵のところへ突っ込んでいく。
認識外から距離を詰めて感電失神させるのは、奇襲のセオリーだ。
相手がリナに気付くも予想外の事態に戸惑い、
「【サンダーショック!】」
電撃で一人目を気絶。
背後から槍が突き出されるも杖を合わせて弾き。
「【ウェーブクラスト!】」
超音波で鼓膜を破壊。
そのまま三半規管を狂わせて二人目が地に伏した。
――よし、第一関門突破。
ザクリアの方を見ると、彼は余裕の表情で剣すら抜いていなかった。
その様子を見て、背筋に嫌な汗が流れる。
「これはこれは。カナルカの小隊長殿はずいぶん血気盛んなことで。私を暗殺にでも来たのかな?」
それでもリナは静かに彼をねめつけ、剣を向ける。
「市長。いくつかお聞きしたことがあり参りました。手荒な対面となったことご容赦ください」
「構わないさ。私の方も我々が行っている奴隷売買の件で君に聞いておきたいことがあった。こうして会いに来てくれたことでいろいろと手間がはぶけたというものだ」
もはや取り繕うつもりもないようだ。
馬脚を露したザクリアが何をするのかと思ったら、片手を上げて合図を送る。
すると、周囲に隠れていた伏兵たちが大量に姿を現し、リナはあっという間に四面楚歌となってしまった。
「ふっ、これがあったからそんなに余裕な態度だったのね」
冷や汗をたらしながら杖をしっかりと握る。
つまり、リナの行動は先読みされていたというわけだ。
わざと護衛を手薄であるかのように見せかけて、攻撃を仕掛けたところで伏兵が包囲すると。
これならばリナは逃げられないし言い訳もできない。
「ああそうさ。あの金髪の魔族のことが知られてしまった以上、君が私の正体に気付く可能性は極めて高い。演習中に仕掛けてくることは容易に想像できた」
「レイナはどうしたの!?」
「なんだ君も知らないのか。あの魔族は高値で売れるだろうから、何としても確保しておきたかったんだが」
その言葉を聞き、リナの敵意は殺意へと変貌する。
この男はレイナを害そうとしている。
そんなこと考えているというだけで、体を流れる血が逆流しそうなほどの激しい怒りが湧き上がってきた。
「レイナに手を出したら、絶対に許さないわ!」
「安心しろ。君らは二人で仲良く奴隷となって、人族に売られるだけだ」
「……あなたがすべての黒幕ってことね」
「そうだ。商人に人族の奴隷搬送を指示したのも、それをメメリモ通りで売買させたのも、カナルカであの金髪の魔族に仲介をさせたのも私の指示だ。……まあもっとも、あの魔族は自分から申し出てきたところもあったがな」
リナの中にある可能性だったものが、すべて事実へと変わっていく。
これだけのことをつまびらかにするということは、彼もこの場でリナと決着をつけるつもりなのであろう。
元々逃げるつもりもないので構わないが。
「もはや言い訳もしないのね」
「ああ。どうせ君も今日から奴隷だ」
周囲にいる兵士たちが槍をちらつかせてくる。
「せっかく魔族との関係を築いてきたのに君のせいで台無しさ。シュジュベルはやむを得ず人族へとつかなければならない」
「勝手に人のせいにしないで欲しいんだけど」
「いや君のせいだ。君があの不死身の奴隷を手にして、長くい過ぎたせいさ」
「ミコトと一緒にいて何が悪いっていうの!」
「どうも君は自分のことをわかっていないようだな。君は魔王と目されている。魔族たちにとって君は重要人物なのだよ」
――またそれか。私の気も知らないで。
「通常なら、君とあの奴隷を始末すればそれで片が付いた。なのに、どちらも殺せない上に君に至っては拘束することすらリスクをはらむ。もはや我々は魔族を見放す選択肢しかなくなってしまったのだよ。君によってね」
厭味ったらしく言ってくる言葉は真実であろう。
ミコトの忠告していた通りだ。
スナクと初めて出会った際に、ミコトは自分の身柄をあの熊人に引き渡せと言っていた。
そうすればシュジュベルが人族に転封するまでには至らなかったのであろう。
でも、そんなミコトだからこそ守ってあげなければならない。
自己犠牲なんて許さない。
「だからもう仕方がないのさ。我々はこれまでとは逆の商売を行うこととなる。魔族を仕入れて人族に卸す。まあ実にいい商売だがね」
汚らわしい発想。
人の人生を何だと思っているのだろうか。
「やめるつもりはないの? 奴隷たちだって必死に生きている人よ」
「だからなんだ。所詮は他人だろう? 人は己のために生きる。他者がどうなろうとどうでもいいことじゃないか」
「あり得ないわ。そんな考え方」
「君のその発想は教育の賜物だよ。たしかに他者を気にせず横暴をやり過ぎれば、結果として他者から疎まれたり妬まれたりして損をすることになる。現代ではそれが『罪』という形態になっていて、だからやり過ぎないようにしろと社会が君に『教育』したんだ。だが実際は、やり過ぎても逃げる方法があるし、逃げずに済む権力も存在する」
「それが他者を虐げていい理由だって言うの?」
爪が食い込み血がにじむほどのマグマが胸の中で湧きたつ。
「いや違うな。人は基本互いに虐げ合うものだと思っている。それを教育や法律によって我慢しているだけだ。それらに勝る利益があれば、己を優先するのはむしろ普通であろう」
「利益があれば虐げてもいいですって? そんなの絶対に違う」
確かにそう言った一面が社会に存在することは認めるが限度がある。
この男はそれを反省するわけでも、悪いことだとも思っていない。
「なるほど。今代の魔王はどうやら聖人君子のようだな。人が他者を虐げることなど、どこにでもありふれた出来事じゃないか。子ども同士のイジメも、そいつらが大人になって人族と魔族に分かれて戦争するのも同じことだ。それとも、そんな人の弱さすらわかっていない魔王なのか?」
ザクリアが子馬鹿にしたようにリナを笑う。
彼の言う通り、確かに人は弱い。
レイナは残念ながらそのいい例だ。
彼女がこの件に関わっていたのは、恨みある人族ならば物のように扱ってもいいという発想からであろう。
レイナの中にある強い怨嗟が彼女をそうさせてしまっている。
――でも違うんだ。
溺れるような苦しさを抱きながら、ザクリアへと向ける敵意は変わらない。
「いいえ。だからこそ、それを諦めてはならない。私はそれを絶対に諦めない」
ザクリアと視線がぶつかり合う。
「……そうか。君は強いんだな。奴隷となって惨めな生活を送っても、その強さを保てることを願っているよ」
――確保しろ、という彼の言葉と共に、衛兵たちがさらに距離を詰めてくる。
推定人数二百名ほど。
武装は槍と弓、魔法兵と思われる者もいるが、人族のみで構成されているため肉弾戦が主体であろう。
いくら魔法力に自信があるリナであっても多勢に無勢だ。
死角からの攻撃をもらえばそれで終わりとなる。
でもだからと言って抵抗をやめるわけにもいかない。
負けてしまうことの恐怖なんかよりも、この場で屈してしまうことの方がよほど怖い。
決意を新たにとリナは武器を構える。
まだこの先に愛する親友が待っているんだ。
私は魔王と思われている。
二百人相手くらい、朝飯前でこなして見せる……!
「かかれ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます