3-1 メメリモ通り

 翌朝、地図と睨めっこをしながらリナたちはシュジュベル西区にあるメメリモ通りへと入っていった。


 両サイドを背の高い建物に囲まれた通り。

 日は昇っているし、浮浪者やガラの悪い連中がいるわけでもないので別に恐怖すべき対象は何もないというのに、奇妙な違和感を感じてしまう。

 それは一般人がすでに活動をしている時間帯であるというのに、通りを歩いている人が全くいない点や、恐らく事業所と思われる建物からは一切の音が聞こえてこない辺りがそう感じさせてしまう理由であろう。


 そんな中、レイナのふざけた声が響いてくる。


「あぁ~ん、リナぁ~。この通りこわ~い」


 わざとらしくリナの腕にしがみついてくるレイナに半ば呆れながらも、心のどこかではそれをちょっとだけ嬉しいなってしまう。


「少しは勇気出しなさいよ軍人」


 この通りは小さな事業所や倉庫ばかりが並んでいるようで、さすがにどの建物が当たりなのかはわからない。

 いやそもそも、奴隷売買がこの都市で行われているかもまだ確定情報ではないのだ。


 ただ、気になる情報は直接目で見ることでいくつか得られている。

 狭い上に綺麗すぎる通り。

 おまけに大通りには抜けられない作りをしている。

 人通りが極度に少ない静かな事業所と倉庫。

 これらの事実が示していることは――。


「……もし当たりだったら、行政にも関係者がいるんだ」

「え? なにが?」


 ポツリと放った独り言にレイナが反応するも、その言葉に応答するのも忘れてリナは歩きながら考え込んでしまう。


 シュジュベルがどういう体制で都市運営を行っていたか、奴隷売買を行うと誰が利益を得るのか、この現状を成立させるために必要となる人物は誰なのか。

 それらを頭の中で高速に整理しながら、仮説を千思万考していく。


 しばらく歩いたところで一息をついていると、再び友人から声をかかって、

「終わった?」

 と半ば呆れ顔なわけで。


 え? なにが? とリナが返そうものなら、唇を尖らせたレイナにでこピンを返されてしまうのだった。


「あいたっ」

「それ私のセリフ。さっき同じ言葉を言ったのに聞いてなかったでしょう」

「ご、ごめん。考え事しちゃってて」

「答えが出たんでしょう。リナは天才だもんね」


 悪戯ばかりする娘に発されるような嫌味色の声に、リナは顔をしかめてしまう。


「て、天才じゃないって。それに答えなんて出てないよ。現状を整理しただけ」

「ふーん。聞かせてよ。天才じゃないと自称するリナちゃん♪」


 脂下やにさがった様子のレイナに眉を寄せつつも、リナは自身の考えを披露していくことにする。


「むぅ……。まずシュジュベルで奴隷売買が行われているって前提で話すけど、生きた人を誰にも見られずに隠し続けるっていうのはけっこう難しいものよ。だから万が一見つかってしまったときの保険として、シュジュベルの警察機能に権力が及ぶ人物もこれに関わっていないとまずいことになると思うの」

「そんなことできるものなの?」


 問いかけてくるレイナに対して、リナは両手を広げて「この通りのつくりを見て」と周囲に目をやる。


「まるでメメリモ通りを隠すためかのようにこの辺りは区画ができている。大通りから直接ここへは絶対に入れないし、周囲の建物は通りそのものを隠すよういできている。つまり行政の力も及んでいるということよ」

「うーん……、都市計画から奴隷売買を見越していたって言うの? そんなことあるの?」

「それだけ歴史が長いってことよ。たぶんそっちは調べればわかると思う。たとえば過去の奴隷摘発件数がシュジュベルだけ異常に多かったりするとかね」


 はへぇ~、と感心するレイナ。


「恐らくだけど、行政が警備隊に圧力をかけているんだと思う。その方が効率的だもの」

「悪いこと考えるやつがいるんだねぇ」

「そうよ。――それで買い手側だけど、カナルカで奴隷なんて見たことないから、恐らくそれを隠し通せる財力を持つ者が購入者になるわ。加えてカナルカに搬入するためには、絶対に私たちカナルカ軍の目を掻い潜る必要がある」


 カナルカは軍隊が警察機能も担っており、都市への物資搬入に対する監視も彼らの仕事となっているのだ。

 そのカナルカ軍の目を盗んで都市に密輸を行うのは至難の業と言え、内通者がいると考える方が自然であろう。


 レイナは自身の髪をいじりながら、無言でその言葉を聞き続ける。

 その姿はややも緊張を伴う顔色。

 恐らく自分たちに関わる問題だとわかったからであろう。

 なので安心させるための言葉を投げておく。


「でもそっちは後回しでいいわ」

「……そうなんだ?」


 クエスチョンマークを浮かべるレイナに対して、リナはその肩を抱く。


「ここにカナルカ輸出入管理メンバーのレイナ・クラウセルがいるじゃない」


 彼女は入隊してすぐに輸出入管理の担当者の一人となっている。

 この役職自体は新人あるいは歳の若い者に割り当てられる、どちらかと言うと面倒で実りのない仕事だ。

 入隊して一年経つレイナが、文句も言わずにこの職務を続けていることに今は感謝しなければならない。


「たぶんメンバーの誰かが関与しているはずだわ。帰ったらそっちも調べましょう」


 そう言うと、彼女はしばらく間リナを見つめる。

 やがて目を細めながらリナの腕から逃れて、微笑みを浮かべてきた。

 そこにさきほどの緊張感は残されていない。


「ええ、任せて。必ず見つけて見せるわ」


 そのまま先へと歩いていくレイナの後ろ姿に、どうしてだかリナはこの通りに似た奇妙な違和感を持ってしまう。

 けど、気のせいだろうと思うことにしてリナも歩を進めていくことにした。

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