これは愛なのか

ねこ

第1話

これは愛なのか


 

 

彼との始まりは、1通のLINEだった。

 

「急にごめんね。2組の高取です。よろしくお願いします。」


受験生の幕開けと同時に届いた、話したことのない彼からのLINEに私は驚いた。彼とは中学の頃から同じ学校に通っているが、同じクラスになったことは1度もない。中学も高校も1学年に10クラス以上あったため、接点は全くなかった。けれども、私は彼を知っていた。理由は単純だ。彼の容姿が整っていたからである。

「他のクラスにイケメンがいる」

と私のクラスでも度々話題になっていた。

そんな彼とLINEでのやり取りが始まった。内容は、好きな音楽やその日のご飯など他愛のないものだ。不思議なことに、毎日やり取りしていたにも関わらず、学校で話すことはなかった。友達にも言っていない。スマホの中だけのやり取りが私にはなんだか心地よかった。

やり取りが始まった1ヶ月後、私たちの関係は形を変えた。彼に告白されたのだ。彼からの好意には薄々気が付いていた。毎日欠かさずLINEを送ってくるし、好きな人がいるのかどうか聞かれたこともあった。けれども私は、「彼に恋をしているのか」と聞かれると、すぐに「はい」とは答えられなかった。にも関わらず彼からの告白にはすぐに「はい」と答えた。その上、「私も好きです。」とまで言ってのけたのだ。

 



私は愛し方を知らなかった。


「大好きだよ。」


これは、毎日彼との電話を切るときにお互い言っていたお決まりの台詞だ。しかし、私にとってこの言葉はただの台詞でしかなかった。気持ちなんてこもっていない。嘘で塗り固められた台詞を何の罪悪感もなく吐いていた。彼の話すこと全てが気持ち悪いとさえ思っていた。だが、別れたいと思ったことは1度もなかった。なぜなら、私は「彼から愛されている」というただそれだけが救いだったからだ。ここで少し、私についての話をしよう。私は、2人姉妹の長女として産まれた。これだけの情報で分かる人もいるかと思うが、つまり、私は愛されたかったのだ。幼少期からなんでも妹優先。どこに行っても妹の方が可愛がられる。分かっていた。私に可愛げがないことなんて。甘えることも苦手だし、目つきも悪い。こんな私が1番に愛されることなんてないんだ。そう思っていた。だけど違った。これが彼と付き合うことにした理由だ。彼は私のことを1番に愛してくれた。何をしても「可愛い」と言うし、何を言っても許してくれた。そんな彼が堪らなく気持ち悪く、同時に絶対に手放したくなかった。だから私は毎日彼に愛を囁くのだ。




彼が誕生日を迎えた。18歳の誕生日だ。


「成人おめでとう。」


ネットで買った3000円のイヤリングを彼に渡す。彼はまるでDiorのイヤリングを貰ったかのように喜んだ。こんなにも愛されたいと思っているのに彼からの愛を素直に受け取れないのはなぜなのか。私には分からなかった。高校3年生の秋といえば、受験の追い込み時期だ。とは言っても私は特別選考で早々に進路が決まっていたので、あまり関係のない話である。だが、彼は違った。彼は一般選考で大学を目指している。そんな彼にとってこの時期はとても重要だ。毎日22時まで塾で勉強をしている。この頃からだろう、私たちがすれ違うようになったのは。元々学校でも話さなかった私たちが電話でもあまり話せないとなるとそうなるのも当然だ。彼も以前と比べ話す時間が減っていることには後ろめたさを感じているようだ。「寂しい思いをさせていたらごめんね。」彼は度々そう言った。だが、私はプライドが高い。「寂しい」なんて言える筈もなく「寂しくなんてない。」そう冷たく言ってしまう。全く可愛げがない。彼の方が少し寂しそうにしているのを感じながら、弱みを見せられずにいた。




始まりも突然ならば、終わりも突然だった。


「別れたい。」


彼からそう言われたとき、私の頭は冷静だった。予想していたわけではない。いや、思い当たることはある。彼に「俺と猫どっちが好き?」と聞かれれば「猫」と答えるし、「俺と結婚したい?」と聞かれれば「適齢期に付き合っていれば」と答える始末。まあ彼の質問もどうかとは思うが、不安にさせてしまった私が悪いのだろう。思い返せば思い返すほど、私のクソみたいな言動が蘇ってくる。よくもまあこんな女と1年近くも付き合っていたものだ。そろそろ彼を解放してあげないといけないのかもしれない。彼にはもっと愛してくれる素敵な恋人を作る資格がある。そう思う程度には彼の事を愛していた。だが、手放す気など毛頭ない。彼は、私のことを初めて1番に愛してくれた人なのだ。そんな彼を手放すことなど私には考えられなかった。別れたい理由を尋ねると「愛されている実感が湧かない」というものだった。ならば、愛しているように見せれば良いのだ。「俺と猫どっちが好き?」と聞かれれば彼の名前を答えるし、「俺と結婚したい?」と聞かれれば、「したい」と答える。それで良いじゃないか。そうすれば、私は彼を失わずにすむ。そう思った私は、目に涙を浮かべなから、今までの事への謝罪と彼の事を心から愛していると言う旨の台詞を次々に口にした。「女は女優」とはよく言ったものだ。彼は、初めて見せる私の涙に心底驚いた顔をして私との別れを思い直してくれた。作戦通り。これで明日からも1番に愛してくれる彼を失わずに済む。



詰まるところ私は、プライドが高いくせに自己肯定感が低いのだ。愛されるということに慣れていないから、本気で自分を愛してくれる人が現れたときにどうしていいか分からなくなり、試すような事をしてしまう。愛されたいという思いだけが強くて正しい愛し方を知らない。いや、「正しい愛し方」なんてそもそもないのかもしれない。でも今はそれが分からない。だから私は、嘘で塗り固められた愛を囁き大事な彼を繋ぎ止めておくのだ。今はこれを愛と呼ぶことにしよう。

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