第17話 挑戦、茶会
カルメンは、ユウが聖獣をすべて彫る意気込みを示したのを、挑戦とみなした。
それもユウ自身で完結するのではなく、競争と対決、評価をもって展開される種の挑戦だ。
つまり、新年祭のために神樹の里側が選ぶ聖獣をユウが独占しようとしている、とカルメンは解釈したのだ。
私はカルメンの人柄をよく知らない。
けれど彼女の険しい形相から察するに、ユウが他の候補生たちを軽んじて牽制する態度をとっていると本気で誤解している。
彼女たちは外部から注文を請け負い、それに応えるやり方を経験してきた工房所属生だから、ユウの思いつきを聞き流せなかったのかもしれない。
それになにより、彼女たちは普段のユウを知らなさすぎるのだ。
たとえば、禁止を言い渡したはずなのに「リラだって寒いのは嫌だよね?」と図々しくも私のベッドに毎晩侵入してくる彼女を知ったら考えが変わるはずだ。
それともそんな厚かましいエピソードではなく、微笑ましいのを教えてやるべきか。
とにかく、ユウが彼女以外の候補生全員に宣戦布告だなんてあり得ない。
「ねぇ、リラ。センセンフコクって?」
まず意味がわかっていなかった。
ほれ見たことかとカルメンをなじってやりたかったが、それを堪えて、先にユウを諭す。
「ええと、よく聞いてユウ。あなたに聖獣を九頭分彫る気があること自体は悪くない。ただ、それは周りから独り占めする気だって勘違いされるかも」
「そうなの? どれか一頭だけ選んで彫るよりぜんぶ彫っちゃえと思ったんだけど、やっぱり難しいかな」
どうも私の言いたいことが伝わっていない。それなら、話を合わせてみよう。
「うん、難しい。だって期限はたったの十五日なんだから。いくらユウでもその時間で大掛かりな木彫りを九つもなんて無理だよ。一頭を選びなよ」
「そっかぁ。じゃあ、しかたないね」
露骨に落胆しつつも、聞き分けのいいユウだった。そうだ、こんな素直な子なのだ。それがカルメンたちにも伝わればいいのだけれど……。
「歌姫さんたち、お待ちなさいな」
カルメンの薄ら笑いは、事なきを得るにはまだ早いのだと私に確信させた。
「掲示板をよくお読みなさい。新年祭の課題は特別に、集団制作が許されているのよ」
「集団制作?」
「そうよ。現に私たちはここに来た一年目に四人でどうにか九頭分を彫り上げ、そのうち七頭が選ばれたのだわ」
「わっ、そうなんだ! すごいね! あれ?でも九を四で割ると一余るよね」
指折りで計算を確かめるユウ。
「……そうじゃないよ。個人が二体か三体を担当して彫ったのではなく、四人でおそらく一体ずつ彫り進めたってこと。大きな作品だからそれができるの」
「面白そう! リラってば、どうして教えてくれなかったの?」
「私だって読み落とすことはある」
嘘だった。
掲示板に集団制作の許可が記載されているのを実は読んでいた。
それをユウに伝えなかったのは、一緒に造ろうとこの場で頼まれたら、返事に困る自分が容易に思い浮かべられたからだ。
けれど隠し通せないとも思っていた。後で部屋や食堂でエルダと合流して話題に上がるだろうから。
「協力者がいれば、期間内に複数体の制作もできるのよ。だから歌姫さんがどうしても九頭彫りたいなら誰かに声をかけてみてはどうかしら? もっとも、あなたの伴奏者たる木彫り師が候補生の中にいるかはわからないけれどね……ふふっ」
胸の前で腕を組んだカルメンが意味深長にそう口にした。
伴奏者。言い得て妙だ。
ユウが歌い刻むのを邪魔せず、むしろ寄り添い、さらなる高みを望める相手でなければユウと共同作業はできない。
歌姫と伴奏者。それは歌姫が二人、三人と増える光景よりはまだ想像ができる。
「教えてくれてありがとう、カルメン!」
「……どういたしまして。もし本当に彫る気になったら、なるべく早めに私たちの誰かに教えてほしいわ。今日中、遅くとも明日中にはね。そうしたら――」
そこで一旦、カルメンは言葉を切ると周囲をわざとらしく見回した。
あたかも、その場にいる候補たちがきちんとこの会話を耳に入れているのかを確かめるように。
「今度こそ宣戦よね。私たちと歌姫たちの大勝負。一年の締め括りには悪くないわ」
唖然とする私、それから「よーし!」とやる気を出しているユウを残して、カルメンたちは去っていくのだった。
「聞いたわ、新年祭課題の件」
掲示板前のカルメンたちとの応酬から三十分後、私とユウとエルダの三人はエルダの部屋にいた。
エルダが部屋に招いてくれたのはこれが二度目だ。部屋がいくつも余っているおかげで、元々は二人部屋と思しき部屋を彼女は一人で使っている。荷物や家具類は私たちより多い。二年の間に運び込まれたものなのだろう。神彫院に入る前はそういった外界とのやりとりは固く禁じられていると思っていたが、実状は別だ。
「それじゃぁ、エルダは協力してくれる?」
「ええ、いいわ。うまくいくって約束はできないけれどね。……リラさん?何をそんなに驚いているのよ」
「いや、それは、その」
読みが外れたからだ。
エルダはつい三日前、噂になっているユウが歌い刻むその姿をついに見聞きしたのだ。そして私よりは取り乱さなかったといえども、やはりその心の揺らぎは表に出ていた。
翌日の丸一日は私たちと一切話さず、そもそも顔を合わせもしなかったのだ。
そんな彼女があっさりと承諾した。
約束はできない、と口にしたその顔に翳りはなかった。
「ねぇ!エルダが協力してくれるならリラもしてくれるんだよね」
「へぇ、そういう取り決めをしていたの?」
「取り決めってわけじゃ。私は……まだ自信がない」
「大丈夫だよ!わたしね、リラやエルダといっしょに彫れるってだけですっごくわくわくしている!リラはしない?」
「どうだろう」
前にエルダが言ってくれたように、木彫り師としての成長なら実感している。
それでもなお、まだユウの隣に立つ特別な何かを見つけていられない。
それは共同作業で見つかるだろうか。
怪しい。心許ない。
「ユウさん、ちょっとお願いしていい? これに、お湯を入れてきてほしいの」
唐突にエルダが部屋の片隅にある彼女の腰までの高さのキャビネットから、銅製ケトルを取り出した。
彼女の所持品にしては高級感はなく、私の村で使われていた品と見た目は同じだ。
「うん、いいよ」
「ありがとう。水を入れて直火にかけてしばらくした後は絶対に取っ手以外に触らないで。火傷するわ。急がず慌てず戻ってきてね。誤って誰かに浴びせたらいけないわ」
「リラ、ついてき……」
「いいえ、リラさんはここにいて」
エルダが笑顔でユウの話を遮った。
「手伝ってほしいことがあるの。ユウさんがどうしても一人では無理そうならついていってかまわないけれど」
「エルダの意地悪。わたしはリラよりお姉さんなんだからね、いちおう。じゃ、行ってくる。……厨房でいいの?」
ユウが私へと頼りなさげな眼差しを向けてきて、私は肯いた。
そして彼女を送り出すと、「さて、と」とエルダが別のキャビネットから今度は高級な箱を取り出した。中に入っていたのは陶器製のティーセット。
「これってパンフィーネ家の宝?」
「まさか、ありふれた品よ」
「そうは見えない。ううん、それよりも……何か話があるの?」
わざわざ二人きりになるようにした。それは私の思い違いではないはずだ。
「この前、話したわよね。私も貴女も神樹の彫り人に選ばれるのを諦めていない。これからも諦めない。だったら、あの子は避けて通れないんだって思い知ったのよ」
きっと三日前に、だ。
エルダがテーブル上にカップを注意深い手つきで並べる。
「エルダさん、あの歌を聞いてあなたは何をどう感じた?」
「さあね」
素っ気ない返事だが、それで終わりではない。
「今ここでそれをどうにか言葉にしても、次にあれを聞いた時には間違いだったと思うかも。それより、私が言いたいのは貴女も逃げるのをやめるべきってこと」
空のポットを覗き込んで彼女は言う。
この人はユウとの集団制作を選んだ、あの歌と向き合うのを選んだのだ。
「私はね、木彫り師として己を高めたい。もっと、もっとよ」
「――それが、聖獣造りに協力する理由?」
「ええ。いい? これはチャンス。そう信じるのよ。私はそうする。あの子に圧倒されたままここを去るだなんて嫌だから」
伴奏者と歌姫。
もう一度、私はその二つの語を頭に浮かべる。私が真に目指すのは、ユウに協力する中でこの手に掴まないといけないのは……。
「さぁ、リラさん。もし貴女に今回の件であの子と共闘する気がないなら、部屋から出て行って。二人でお茶会に興じるわ」
挑発ではなく優しさ、いや、エルダなりの信頼か。
私は部屋を出なかった。
ユウが帰ってくるのを二人で待つ。
エルダに勧められて嗅いだ茶葉の匂い。それはまだ芳醇さと縁遠く、湯に溺れて蒸らされた後の香りを私はまだ知らない。
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