忘れちゃってごめんね、分からなくてごめんね。

ソノハナルーナ(お休み中)

第1話 俺の名前は一ノ瀬タイガ。

『タイガ、今日も彼女さんのところに行く予定なのか。今日はシフトの確認のために来たのか?』

彼は言葉に詰まったが、愛想笑いで言った。

『そうっす。確認に来ただけです。えっと、立花さん、俺...なんでもないです。それじゃ、また今度』

彼は立花さんに手を振るようにコンビニを後にした。

彼は何かがおかしいと気がついていた。

でも、言葉には出来なかった。

言葉には出来ないのは、彼女への優しさでもあったからだった。

一ノ瀬タイガ、それが俺の名前。

俺の名前のはずなんだ。

わかっているはずなのに、わからないなんて俺は小学生になっちまったのかよって思ったけど、やっぱり違うよなって思った。

でも、なんでこんなにも思い出せないのかさえ分からなかった。

俺は俺が誰かなんてわかる問題がなんで分からないんだろう。

俺は今年で18になる。

大学は推薦でもう入るところも決まってる。

俺は家に帰る時に仮面を被ってた。

俺の家族には別に問題なんてなかった。

ただ父さんと母さんの喧嘩が激しいだけ。

それだけだ。

今日もまたドア一枚を隔てて聞こえてくる父さんの母さんに対する怒号は今日で23回目だろうか。

俺は皿か何かがドアにぶつかる音を聞きながら、声が沈み込んでいる瞬間を見計らってドアを開けて、開口一番に言った。

『父さん、母さん、ただいま!』

父さんと母さんは俺を見るなり言った。

『『うるさいわ』』

俺は分かったように笑って言った。

『だよなー、今日もお疲れ〜』

そういって、俺は2階の自室に引き篭もった。

2階に俺が上がると父さんと母さんの喧嘩は一時停止から再生されるようにまた喧嘩を始めた。

俺は1回だけ止めに入ったことが昔あった。

その時、俺は父さんに頭を殴られてその場に倒れた。

それ以来、俺は喧嘩を止める側ではなく、ただひたすらに中立な立場として傍観者となった。

夕飯の時間になっても喧嘩は絶えず続いていた。

『今日は長期戦か』

俺は下で家族の喧嘩を止めるほどの力を使いたくなくて、携帯で主に使う欄にある110番をタップした。

『もしもし、警察ですか。家族の喧嘩が収まらなくて来てもらえますか?』

15分後に警察官が2人来た。

いつもの警察官だった。

彼らは俺を見るなり、察したように父さんと母さんの喧嘩を止めに入った。

今日の父さんと母さんは酒が途中で入っていたのか、公務執行妨害で逮捕された。

これで、2度目だ。

俺は父さんと母さんの後ろ姿を見て、ただなんの感情も抱かなかった。

台所は割れた食器で足の踏み場がなかった。

俺はずっと食器を見ていると後ろから肩を叩かれた。

後ろを向くといつもの警察官が俺に言った。

『今日は食べるものあるのかい?』

『あー、食器は全部ないですけど、たぶん喧嘩すると思ったんで、コンビニで弁当買ったんで、大丈夫です』

『そうか。食器の片付けはしなくていいからな。危ないし、危険だから』

警察官は俺にお辞儀をして、母と父を連れて出て行った。

俺はドアが閉まると同時に廊下で周りがぐらついて倒れるように眠ってしまった。

気がつくと、朝になっていて俺を見て心配そうにしていた。

母さんは俺に言った。

『食器、全部片してくれてしかも朝ごはんも作ってくれるなんて、タイガすごいわね』

『えっ、そんなわけ⁈』

台所を見ると整頓された食器にスクランブルエッグがフライパンに乗っていた。

俺は知らないのに。

またかと思った。

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