第十八話 家族旅行と偶然の再会

 東中野のマンションの玄関には、紗央莉と沙月が正義を待っている。


「正義、遅いぞ!」

 正義は、先日の事件以来、更に紗央莉に頭が上がらない。




 この日は、紗央莉と沙月の提案で石和田いさわだ温泉に行く事になった。

商店街の福引で沙月が温泉旅行の家族旅行を当てた。


 正義は早乙女正義ということになって参加させられる。


「正義、会社に行くんじゃないぞ!

ーー その格好、なんとかならんのか?」


 紗央莉はタイトなホワイトジーンズに水色のシャツと青いキャップ姿。

沙月も同じ色のジーンズに黄色のブラウスに緑色のキャップをしていた。


 正義はと言うと、白の通勤用のワイシャツにスラックスで、ジャケットがあれば通勤着と変わらない出で立ちだ。

紗央莉の小言に沙月も大きくうなずいた。




 三人は東中野からJRジェイアール新宿駅に出て中央本線に乗り換えた。

「正義、十番線に行くわよ」


 紗央莉は、先日の丹沢登山で更に下半身が強化され正義より歩行速度が速くなっていた。

「姉さん、もうちょっとゆっくり歩こうよ」


 沙月が紗央莉のブレーキ役になっている。

「沙月さん、次はどれに乗るんですか?」


「あずさ七十五号の松本行きよ。まだ時間は大丈夫ね」

「寝過ごしたら、松本か・・・・・・」


「正義、馬鹿なこと考えないで駅弁でも買って来て」

 紗央莉が正義に三人分の代金を気前よく渡した。


 紗央莉が急いでいた理由が駅弁であるとわかった正義は、十番線のプラットホームへ駆け上がった。




 弁当を買い終えると、紗央莉と沙月が近付いて来た。


「正義、七号車に乗ろう」

「紗央莉さん、指定席ですが」


「チケットに七号車と書いあるから大丈夫だ」

「俺、良く見てませんでした」


「正義さん、意外とそそっかしいんですね」

沙月が口を押さえてクスクス笑いをしている。


 紗央莉は、いつの間にかワンカップを売店で購入していた。


 乗車後、紗央莉が窓側の狭いスペースにワンカップを三個並べた。


正義は、紗央莉に釣り銭を渡し、駅弁を二人分渡した。



 紗央莉からワンカップの日本酒が手渡され、三人の早い宴会が始まる。


「紗央莉さん、なんか修学旅行みたいですね」


「正義さん、違うわよ。

ーー これは家族旅行なのよ。

ーー チェックインは、早乙女正義よ」


「忘れていました。沙月さん、ありがとう」


「今夜は、貸切混浴露天風呂ね。正義さん」


 正義は、先日の嫌な記憶を思い出し顔を赤くする。


「正義、今日はまだまだ始まったばかりだ。

ーー 酔い潰れるなよ」


「紗央莉さん、酔い潰れたら乗り越ししますから、

ーー 頑張って起きています」


 正義は、日本酒の飲むピッチに注意した。




「正義、この特急は八時五十六分頃に石和田いさわだ温泉に着くわ。

ーー 駅にホテルあかね柘榴ざくろの送迎車が来るそうよ」


 出発から約三十分後、特急あずさは八王子駅を出た。


「正義さん、あと一時間くらいで石和田いさわだ温泉よ。

ーー わくわくしない」


 正義に取っては、紗央莉と沙月の部屋も石和田いさわだ温泉も変わらない。

妖艶な双子の美人姉妹の誘惑にハラハラしている正義だった。


 紗央莉は童貞男の純朴さを楽しむのが日々の日課になっている。

紗央莉に取って正義はストレス発散に最適な男だった。


 一方、無頓着で真面目な性格の沙月は、紗央莉の仕草を傍観して楽しんでいた。

奇妙な組み合わせの男女三人に不純異性交友が発生していない不思議が奇跡だった。


「大月を過ぎたわよ。

ーー 次は、塩山、山梨、石和田いさわだ温泉の順に止まるわよ」


「紗央莉さんは、本当に詳しいよね。俺なんかと違い・・・・・・」


「正義さん、姉さんは子どもの頃から電車大好き女子だったのよ。

ーー かなうわけないでしょう」


 沙月は、やんわりと正義にトドメを刺している。




「正義、山と同じで、ゴミはお持ち帰りよ」


「そうですね。

ーー 弁当とワンカップは石和田いさわだ駅の屑籠くずかごに俺が捨てます」


「了解しました!」

紗央莉は、正義に向かって敬礼をした。


正義もおどけて敬礼を返す。




[次は、石和田いさわだ温泉・・・・・・石和田いさわだ温泉]


 到着のアナウンスが案内されて正義、紗央莉、沙月の三人は、手荷物とゴミ袋を持ち、出口のあるデッキに向かった。


 石和田いさわだ温泉駅の一番線に特急あずさが到着した。

正義がゴミを屑籠くずかごに捨て自動改札を抜ける。


 旗を持ったホテルの女性が正義、紗央莉、沙月の三人の姿を見て大きな声を上げた。

三人は一斉に振り返って、赤いミニスカートにピンクシャツの女性を見て驚いた。

 女性は、白いシースルーのガーターストッキングにピンヒールで立っていた。


「あら、京子さんじゃないの」


「紗央莉さんと沙月でしたね。

ーー 双子なのですぐに分かりましたわ」


「ところで、こちらの男性は?」


「京子さん、通勤着だから分からないんですね」


「あっ、もしかして正義さん」


「はい、正義です。先日はどうも。

ーー で、なんで、京子さんが、ここに?

ーー それにド派手な姿で驚きました」


「あら、そうかしら、

ーー 今日は仕事だから長めのスカートなのよ」


「十分、短いと思いますが・・・・・・」

 正義は、目のやり場に困りながら反射的に答えていた。


「私は、このホテルあかね柘榴ざくろの娘なの。

ーー それで、週末だけお手伝いをしているのよ。

ーー ところで、あなたたち三人は?」


 沙月が説明を始める。

「私が商店街の福引で家族旅行を当てたのよ。

ーー 私と紗央莉は姉妹で、正義も家族なのよ」


 京子は白々しい嘘に苦笑いを隠せない。

宿の娘は男女のお忍び旅行を、子どもの頃から散々見せられていたからだ。


「まあ、とにかく、マイクロバスに乗って!

ーー 運転手さん、ホテルあかね柘榴ざくろに向かってください」




 数分後、マイクロバスはホテルの玄関前に到着した。

玄関にはスタッフの女性がずらりと整列して、紗央莉たち三人を出迎えている。


「いらっしゃいませ!」


 何人かが、紗央莉たち三人の元に駆け寄り、手荷物を受け取りに来た。


 京子が紗央莉の耳元に口を近づけて、何やら耳打ちをしている。

紗央莉は小さくうなず妖艶ようえんな笑みを浮かべ、沙月に囁いた。

正義には、その声が聞こえていない。


 長い石和田いさわだの夜には遠い、午前中だった。


「今日も暑くなるね」


「正義のあそこも熱いな」


 紗央莉さおりの下ネタのブレーキ役の沙月さつきは、聞こえない振りをして正義せいぎを見ていた。

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