第十二話 正義と早乙女姉妹の三日目の夜のあと、いよいよ出発!

 織畑正義おりはたせいぎは、紗央莉の水色の寝巻きを来たまま、眠ってしまった。


「余程、疲れているのね。

ーーどうする沙月・・・・・・」


「とりあえず、隣の部屋に寝かせておきましょう」


 三人は川の字になって寝息を立て始めた。


 翌朝、紗央莉が正義を揺さぶり起こす。

「正義、朝よ」

「俺、また酔い潰れてしまって、

ーー ご迷惑をお掛けしませんでしたか」


「大丈夫よ、山小屋と同じ雑魚寝雑魚寝だから心配ないわ」

「そうですよね。雑魚寝ですよね」


「今日は、もう週末よ。

ーー 明日は、丹沢よろしくね。

ーー 沙月が楽しみにしているわ」

「もう明日なんですね」


 正義は、そそくさと着替えて、早乙女姉妹の部屋を後にして自宅に戻った。

朝食を終えた姉妹は、前日と同じくマンションの玄関で正義を拾いJR東中野駅に向かう。

駅舎は様変わりして昔より近代的になっている。

プラットホームは田舎駅のように未だに古いままだった。


 新宿駅に近い東中野は穴場的な地域だ。

芸能人やファッションモデルを街中で見掛けることも珍しくない。

東中野のホームとは裏腹に洗練された人々が行き交う不思議な町だ。


 正義と早乙女姉妹は、仕事を終えた後、三人の自宅があるマンションに戻った。


 紗央莉が正義の手を引いて東中野のスーパーに入る。


「今夜はね、正義さんの部屋に寄らせ頂くわ。

ーー 食べ物とかお酒ある?」


「そこそこですから、補充が必要です」


 三人はそれぞれの好物をスーパーのカゴに入れてカートを押した。

カートの欠点は、気付くと買いすぎていることがあることだ。

その結果、レジ袋がぱんぱんになってしまう。


「紗央莉さん、そのくらいにしないと持てなくなりますよ」

「正義、私がモテない」


「紗央莉さん、誤解ですよ」

「正義、お前は冗談が通じないところが問題だな」


「姉さん、正義さんがお困りよ」

「正義の地酒は寝酒というより睡眠薬だからな」


「最近、多いような」

「今夜は、正義の部屋で飲んだら明日の支度に戻ろう」


 三人は、正義を先頭に正義の部屋に入る。


「ううう、なんか男臭い臭いするな。

ーー 正義、顔が赤いぞ」


 早乙女姉妹は、玄関に置かれた登山靴に一瞥して部屋に上がる。

玄関の上がり口には日帰り登山用の青いザックが置かれていた。

ストックやスキーもあった。


「正義、スキーもするのか?」

「はい、白馬とか斑尾高原とかが好きです」


「蔵王もいいぞ」

「姉さん、私は、志賀高原がいいわ」


「沙月ピッタリだ」

「ところで、紗央莉さん、明日の朝は何処で待ち合わせしましょうか」


「正義、ザックと着替えを持って正義が私たちの部屋に泊まれば大丈夫だ。

ーー 朝が早くてもな」


正義には、嫌な予感しかしない。


 紗央莉と沙月は、レジ袋を持って自宅に戻る。


 正義もレジ袋を持ってあとを追った。

早乙女姉妹のキッチン台にレジ袋の中身を置く。

再び正義は自宅に戻り登山着とザックと登山靴を持って早乙女姉妹の部屋を入った。


[俺、なにしてんかな?]

正義の心の声が聞こえた。


「正義さん、早いわね。先にシャワー浴びておいて」

沙月と紗央莉が食事を用意していた。


「はい、すみません。

ーーうう、女臭いな」

「正義、なんか言ったか?」


「いいえ、独り言です」

「じゃあ、シャワールーム、お借りします」


 紗央莉は、前日、正義が使った水色の寝巻きを渡した。


 食事の準備を終えると正義と代わって沙月、紗央莉の順でシャワーを浴びる。

沙月、紗央莉も明日の登山の準備が出来ていた。


 三人は前夜と同じく寝巻き姿で飲み会を始める。

酒の弱い正義は、この夜も途中でダウンしてしまう。


 織畑正義は三日連続、意識を失って、早乙女姉妹の世話になって隣室に寝かされた。


 翌朝、沙月が正義を起こすと、正義は目をこすりながら沙月を見て質問する。


「沙月さん、俺、またダウンですか」

「そのようね、いいじゃないですか」


「正義、食事したら新宿に向かうぞ」


 やけに張り切っている紗央莉の声だった。


 三人は、登山着姿でマンションを後にする。


「正義さん、新宿についたらどうするの?」

「小田急線の箱根湯本行きの快速電車に乗り換えします。

ーー 新宿始発だから、一本待てば、確実に座れます」


「沙月、大倉尾根は、登山初心者の入門コースだったんだが、

ーー 今は、中上級コースに格上げされているんだ。

ーー 途中にいくつもの山小屋が点在しているから安心感がある。

ーー ダラダラと長い尾根は通称馬鹿尾根と呼ばれている」


「姉さん、そのバカ尾根に行くにはどうするの?」

「沙月、この電車を渋沢という駅で降りて地元のバスに乗り換える。

ーー 終点の大倉バスターミナルで下車したら水筒に水を補充する。

ーー 御手洗いを済ませたら出発だ」


「さすが、紗央莉さん、説明が完璧です」

「そりゃあ、そうよ、わたしの仕事は受付嬢よ」


 正義は、火に油を注いだ心境で頭を掻いて苦笑いを浮かべた。


「沙月さん、帽子はある」

 沙月は新品のザックに手を入れて帽子を取り出す。


「沙月さん、お金と水筒と非常食は上の方にして、

ーー 雨具もすぐに取り出せる位置ね」


「沙月、パッキングは、

ーー 慣れると収納場所が決まっているから頭で考えないでも分かるようになるけど、

ーー 最初は四苦八苦の連続よ」


 三人は渋沢駅に午前六時半に到着した。

神奈川中央交通バスの始発にギリギリ間に合う。

大倉の終点までは、約十五分かかる。


 大倉バスターミナルをあとにアスファルトの道路を進む。

次第に勾配がきつくなる頃、道路脇にはクマ注意の盾看板があった。


「沙月さん、一時間歩いたら一本取るね」

「一本ですか?」

「沙月、休憩のことだよ」


 紗央莉の言葉に沙月は苦笑いを浮かべている。

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