第六話 お祭りで乾杯!

 雨上がりの濡れた歩道に夕日が差している。

気温はみるみる上昇して不快な湿度が織畑正義と早乙女沙月の襟元を撫でる。


「正義さん、なんか蒸し暑くありません?」

「さっきの通り雨で汗ばむね」


 歩道の茶色のレンガはほぼ乾いている。



 二人は駿河台下交差点を渡り靖国通り沿いの歩道を神保町方向に歩いた。

浴衣姿の男女とすれ違う。


「ああ、今夜はみたま祭りだね。

ーー すっかり忘れていた」

「正義さん、盆踊りしたいのでは?」


「いや、今日はお互いジーンズだからやめておこう」

「そうね、でも見たいわ」


「そう、じゃあ、ちょっと覗いて見る。

ーー でも、その前に腹ごしらえしようか」

「正義さん、何が食べたい?」


「特にないよ。沙月さんは」

「わたしもないわ」


「じゃあ、ファミレスにしようか」

「決まりね」



 正義と沙月は、流行りのファミレスファンタジーを選び中に入り案内された。


「正義さん、グラスワインを飲見ませんか」

「沙月さん、ワイン好きですか?」

「いいえ、お友達がね、ここのワインをめていたから」


「そうか。じゃあ、俺もワインとピザにするよ」

「じゃあ、わたしは、唐揚からあげとワインとサラダ」


 オーダーを注文して二人は乾杯した。


「今日は、沢山の出費で大変だったね」

「衣類は邪魔にならないし、これでいつでもハイキングに行けるわ」


「そうだね。最低限の装備あれば大丈夫だけど。

ーー 最近は、熊の出没をよく耳にするから、熊けの鈴も必要かなと思ったよ」


「熊けの鈴ですか?」

「人間と熊が出合い頭に遭遇しないために人間の所在を知らせてあげるわけ」


「でも、それって人喰い熊には効果なくありませんか」

「それは、そうだけど、まあ、それはないよ」


「うん」

 沙月は納得いかない表情で口をとがらせた。


「正義さん、わたし、ちょっと、御手洗いに行くわ」

 沙月がテーブルを離れてから正義はスマホで山の地図を見た。


 沙月と入れ替わり正義も用を済ませ会計を済ませた。


「正義さん、割り勘よ」

「今日は、俺に任せてくれ」


「高いお店で任せたいわね」

「沙月さんって、結構、面白いね。

ーー じゃあ、次は、高いお店で」



 二人は、神保町の駅から地下鉄に乗り隣の九段下で下車した。

駅構内は浴衣姿の男女であふれている。

出入り口はロープが張られて規制されていた。


「正義さん、みたま祭り初めて?」

「俺は、初めて」


「そう、私もよ」


 地下鉄の上りエスカレーターを出ると歩道が急坂になっている。

信号を渡り、右手に行き、大鳥居の前で一礼した。


 大通りと変わらない神社の大きな参道を進み、中央の大村益次郎の銅像下に出る。



 沙月と正義は、人の流れに違和感を覚えた。

戻るカップルが多い。

銅像下を沙月が指を差す。


「あら、盆踊りは中止みたいよ」

「いや沙月さん、俺が確認不足でした」


「じゃあ、正義さん、お参りだけして帰ろうか」

「そうするけど、なんか悔しいね」


「明日、出直しますか?」

「俺は、そうしたいけど、都合大丈夫」


「大丈夫よ。予定ないから」


「じゃあ、明日の十七時半に九段下駅の改札口でどう」


「分かったけど、どっちの改札口」

「沙月さん、今日の地下鉄のエスカレーターの出口にしよう」


「その方が分かりやすいわ」



 翌日、織畑正義は、神田駿河台下のスポーツ店に寄り熊避けの鈴を二人分購入した。


 九段下の地下鉄出口に少し早く到着すると沙月が待っている。


「沙月さん、お待たせ」

「わたしは、紗央莉よ。沙月は遅れるって言ってたわ」


 十八時前、早乙女沙月が現れた。

「正義さん、お待たせ」

「沙月、遅いわよ」

「紗央莉、悪い悪い」


「本当に調子いいんだからな」

 言葉とは裏腹に姉の紗央莉が笑っている。


 正義の安物の青い浴衣と違い、二人とも藍色あいいろしぼりの浴衣ゆかただった。


 三人はみたま祭りで混雑する参道の人混みの中に消えた。



 大村益次郎の銅像下で女性が手を振っている。


「あっ城山先生、どうしたんですか?」

「あなたたちこそ、どうしたの?」


「昨日、中止で出直しました」

「じゃあ、一緒ね。ここは私が所属している民踊連盟があるのよ」


「知りませんでした」

「ここの盆踊りは、あなたたちには教えてあるから大丈夫よ」


「先生の太鼓判があれば、心配無用ですね」

「じゃあ、織畑さんあとでね」


 民踊連盟の白い浴衣の城山玲子は民踊連盟のテントに戻る。



 正義、沙月、紗央莉は、盆踊りの開始時間を待っている。


 屋台から焼きとうもろこしの香ばしい匂いが流れてきて鼻をくすぐる。

たこ焼きとソース焼きそばの青のりの匂いも混ざっている。


 子供たちが綿飴わたあめめている。

別の浴衣の女の子はカキ氷だ。


「沙月さん、食欲そそる匂いだね」

「盆踊りが終わるまで、お預けかな」


「紗央莉さんは?」

「姉さんの目的は屋台だから、きっと並んでいるわよ。

ーー ほら、あそこ」


沙月が指を差した先に紗央莉がいた。


 しばらくして、紗央莉が戻ると紗央莉の手には缶ビールが三本と枝豆があった。

正義と沙月は受け取ると盆踊りのやぐらたもとで飲むことにした。


「やっぱり、夏祭りといえば、ビールと枝豆ね」

紗央莉が正義を見ていた。


「じゃあ、よくわからないけど、紗央莉さん、沙月さん乾杯!」

三人の缶ビールがコツンとぶつかる小さな音が心地よく響いた。

「乾杯!」

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