03:だんまり

「だんまりだ」

 と、デスクに戻ってきた城守キモリさんは苛立ちを隠さない。その長くしなやかな指先が、しきりに机の天板を叩いている。

 城守さんは私たちのリーダー。年齢と刑事という肩書には似合わないやたら綺麗な顔をしていて、抜群に頭の切れる人だとも思うのだけど、何せいつもどんな時でも不機嫌な態度なもんだから、近寄りがたいにもほどがある。「常時」そういう状態である、と認識できたおかげでかなり慣れてはきたのだけど、今日の城守さんはそれに加えて心底虫の居所が悪いらしい。

 できれば今日一日は関わりたくないなあ、とは思うが、残念ながら上司なので、話をしないわけにもいかない。

「マジで何なんだあれ、意味わからん」

「情報提供者、にお会いしてたんですよね」

 例の大槻オオツキさんがバラバラにされた事件について、どうも何かしらを知っている素振りの人物が署に現れたらしい。それで、城守さんと、部下の――事実上城守さんの「副官」である甘池アマイケさんが話を聞きに行ったようなのだが……。

「そう、『話をしたい』って来てんのに、あの事件には全く触れずに、クソつまんねーオカルトばかりベラベラくっちゃべるもんだから、甘池だけ置いて帰ってきた」

「オカルト?」

「なんでも、零細オカルト雑誌の記者なんだと。ろくな奴じゃねーよ」

 私も、オカルト、と名の付くものにはとんと疎い。そもそも刑事がオカルトを信じていたら仕事にならない。甘池さんあたりは、信じる信じないにかかわらず、楽しく話を聞きそうな気もするから、城守さんは甘池さんに場を任せたのかもしれない。……単純に、苛立ちが頂点に達してしまって不機嫌をまき散らしたあげく、甘池さんに追い出された、という方が正しい気はするけれども。甘池さんは他の誰よりも城守さんの扱いを心得ている。

 しかし、どのような人であろうとも、あの事件に関わっている可能性があるとすれば、気にならないわけがない。一体、どのような人なのだろう。そして、何故、わざわざ情報提供をしに来たのに、城守さんたちの前では黙っているのだろう?

「私も、お話しを聞いてみたいところですが――」

 先程、自販機で買った珈琲の缶を開けたその時、居室の扉が開く。片手にバインダーを抱えた甘池さんが、がりがりと頭を掻きながら言う。

「うーん、やっぱろくな話してくれませんね。例の事件の話を聞きつけて、こっちの情報を求めて寄ってきただけかもです。どうします、城守さん」

「とっとと追い返せ。二度と顔を見せるなって言っとけ」

「はいはーい」

 甘池さんがそのまま部屋を出ていこうとしたから、席を立つ。

「甘池さん、私も、その方にお会いしていいですか?」

「僕は構わないけど。いいですよね、城守さん」

「好きにしろ。くれぐれも、余計なことはしゃべるなよ」

 城守さんは舌打ちと共にそう言うだけだった。

 甘池さんについていくと、そこにいたのは一人の女性だった。しかし、それは「オカルト雑誌の記者」という言葉から想像されるイメージとはまるっきりかけ離れていた。

「あっ、ひどーい刑事さん! 話の途中だったのに!」

 甲高い声を上げるのは、白いフリルをふんだんにあしらった、ドレスとも見紛う水色の服をまとい、金色に近い明るい茶色にピンクのメッシュを入れた髪を見事なまでに巻いた――まさしく「ドリル」と形容すべき髪型である――女性であった。その顔は華やかな化粧に彩られており、長すぎる睫毛をばしばしさせながら、こちらに視線を向けてくる。

「あれっ、こんなかわいい刑事さんがいるなら、紹介してくださいよ~! さっきのあのおじさんはいただけませんでしたよ、確かに抜群にイケメンでしたけど、人として最悪っていうか~」

「いやあ、その、人として最悪なおじさんが僕らの上司なんですよね~。そこはもう仕方ないっつーか諦めの境地っていうか」

「甘池さん……、今の言葉、まるっと城守さんにお伝えします?」

「あっダメダメ、それは俺が死んじゃう」

 なんなら死ぬより嫌な目に遭わされるかも、と言いながらも、甘池さんはいたって朗らかに笑っている。この暢気さと、ある種の図太さがあってこそ、気難しい城守さんの「副官」たりえている、ともいえる。

「で、そのクソ上司から、今日のところは帰ってほしい、って言伝がありまして。わざわざ来てもらったのにごめんなさい」

「えー? もう、頭の固いおじさんっていっつもこうなんですから~! 警察ってほんとろくなもんじゃないですよね!」

 ぷんぷん、と口で言いながら頬を膨らませる記者の女性。そして、女性の派手なネイルアートを施した指先が、私の腕を掴む。

「それじゃ、かわいい刑事のおねーさん、外までエスコートしてくれません? ここ、こわーいお顔のおじさんばかりで、息苦しいったらなくて」

 好き勝手なことを言うものだ。助けを求めるように甘池さんを見たけれど、甘池さんは「ごめんね、頼みます。城守さんの機嫌はとっとくんで」と片手を挙げるだけだった。うーん、城守さんの機嫌を天秤に掛けられると、この女性の相手の方が数百倍マシというのはわかりきっているわけで。

「わかりました、外までですよ?」

 仕方なく、女性を連れて廊下をゆく。女性はつやつやと輝く厚底の靴を履いていることもあるが、私よりもかなり背が高い。愛らしい姿の一方で、結構肩幅や体つきはしっかりしているように見えた。

 そんな風に、ついまじまじと観察していると、女性がにっこりと笑いかけてくる。

「いやー、怖かった! 甘池さんはまだまともだったけど、あの城守って刑事さん、あなたの上司なんですよねー? めちゃくちゃ態度悪いのなんの。舌打ちするわ怒鳴るわ机蹴飛ばすわ、やりたい放題にもほどがあるって」

「それは本当にすみません、あの人、誰にでもそうなんです」

「ええー? いつかパワハラで訴えられるんじゃないですー? っていうか訴えないの? 勝てそうですけどね~」

 それは私も常々思ってはいるのが、今のところ実行に移した猛者はいないらしい。つまり、城守さんの恨みを買うのと日頃の仕打ちに耐えるの、どちらを選ぶと言われて悩まない者はいない、そういうことなんだろう。私も含めて。

 そんな他愛のない話をしながら、署を出たところで、くるりと女性が振り返る。明るい色の縦ロールが肩の上で揺れる。

「ありがとです。おじゃましました! あ、そうだ、刑事のおねーさん、お名前は?」

「私は薊ヶ原といいます。薊ヶ原メイ」

「アザミガハラ。初めて聞いた、かっこいー苗字! これ、あたしの名刺! あたしが記事書いてる雑誌もよろしくおねがいしまーす!」

 と、名刺を差し出されたので、社交辞令として受け取った――ところで、ぐいっと手首を引かれた。思わず体勢を崩して、女性の肩に体重を預ける形になったが、女性は私の体を受け止めて、耳元でぼそりと言った。

「明日、メモの場所で。話があります。あと……」

 ――気をつけて。

 それは、今までのハイテンションが嘘のような低い声。

 呆気にとられる私をよそに、女性は「だいじょぶです?」と今までのノリを取り戻して笑いかけ、私の体を押し戻す。

「それじゃ、またね、、、、アザミガハラさん!」

 ぶんぶんと手を振りながら、女性は颯爽と駆け去っていってしまった。あんな靴と動きづらそうな服でも身軽に走れるのだなあ、と、変なところで感心してしまう。

 そして、彼女の姿が見えなくなったところで、握らされたものに視線を落とす。彼女自身の見た目に反し、ごくごくシンプルなデザインのビジネスライクな名刺の裏には、彼女の言ったとおり、走り書きのメモが書かれていた。

 

      *   *   *

 

「……ってことが、あったんだよね」

「へえ」

 サンゴくんは、今日も今日とて私の晩酌に付き合ってくれる。

 今日のサンゴくんのコップの中身は、ちょっと奮発してコンビニで買ってきた缶のスパークリングワインだ。代わりに私の分は炭酸水。どうせ味がわからないなら安いもんでいい、冷たくてしゅわしゅわしてれば十分でしょ、と言った私に、サンゴくんは苦笑いとともに「アザミさんはたくましいな」という感想をこぼしたのだった。

「メモには何が書かれていたんだい?」

「時間と、住所。マップで調べたら、植物園みたい」

 大槻さんの死と、植物園に何の関係があるんだ、とは思うが、手がかりの可能性をちらつかされて、無視するわけにもいかない。仮に何もかもが不首尾に終わったとしても、「行かない」という選択肢は私にはないのだ。

 うっすらピンクがかったロゼのワインを、ちまり、と吸ったサンゴくんが、ストローから口を離して言う。

「それは、気になるな。俺も連れてってくれない?」

「いいけど、鞄に詰めるよ」

 生首を抱えているところを見られたら、それこそ大騒ぎになってしまって、人から話を聞くどころじゃない。サンゴくんをここに連れてくる時だって、上着でぐるぐる巻きにして、何とか運べるようにしたのだから。あれはあれで不審極まりなかったと思うけど。

「中から話が聞こえれば十分。頼むよ」

「オーケイ。リュックでいっか」

 普段の鞄では、さすがにサンゴくんは入らないもんね。遠出用のリュックがあるから、それに詰めていけば何とかなるかな。

「ああ、あと……、その、情報提供者のお名前って聞いたのかな? 随分特徴的な人だったみたいだけど」

「名前は聞いてないけど、名刺に書いてあるよ」

 あの、記者という言葉もオカルトという言葉もさっぱり似合わない、派手な巻き髪にばしばしのメイク、フリルのドレスを思い出す。かわいいとは思ったけど、それはあくまで非現実に属するかわいさであり、あんまり現実にいてほしくはない、そんな人。

 その人から預かった名刺を、サンゴくんにも見える場所に置く。

 月刊誌『幻想探求倶楽部』記者、樋高ヒダカヒカル。名刺にはそう書いてあった。

 すると、何故かサンゴくんは、得心がいった、という顔をするのだ。

「そっか、やっぱり勘がいいな……」

「『やっぱり』? あの人のこと知ってるの?」

「うーん、俺も、不確かなことは言いたくないから」

 企業秘密、とサンゴくんが微笑む。もしサンゴくんに手があれば、口の前で人差し指を立てていたに違いない。

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