第11話 鬼人族の村と問題
鬼人族の村は比較的平均的な村だと思う。
家の壁は土壁で屋根は藁ぶき。
板張りなのは一部でそう多くはない。
一応石造りの建物もあるようだけど、それは蔵なのだという。
飢饉に備えての備蓄蔵になっているのだそうだ。
まぁこの異世界の日ノ本は一定額の金銭を納める納税方式になっているので、私たちの世界の江戸時代のように年貢を納める必要がないわけですが。
軽く調べてみたところ、異常気象によって食料を納める方式が使えなかったという過去があるようです。
大昔は年貢を納めていたようですが、欲張りな領主が収穫の少ない時期に増税をして苦しめ、さらに異常気象によって食料備蓄が壊滅。
国が亡ぶかと思うほどの餓死者を出したらしい。
当然その領主は処刑され晒し首に。
その後金銭を納める方式に変更になったのだという。
そのせいか、小さな村であっても商家がそれなりの数あるらしいです。
例えば……。
「あちらの建物が村にも設置されている【養生所】です。薬などを処方したり病気の診療や治療をしたりするところですね。一応補助金も出るとのことで支払いはある程度待ってくれます」
今私を案内してくれているのは狐耳の狐人の巫女さんだ。
名前は【香菜(かな)】さん。
先ほどまで一緒にいた村長さんの娘さんだ。
「村にもあるんですか? それに補助金まで出るって……」
まるで現代日本か何かのようです。
たまたま? 偶然?
「私の祖父が提案して私の代でやっと実現しました。まだ十年くらいですけど、少しずつ全国に設置されているようですよ」
「へぇ~」
そう説明する香菜さんは私の方をチラチラ見てくる。
なんだろう?
「あの、つかぬことをお伺いしますが……」
「はい?」
香菜さんは私のほうに向きなおると、真剣な表情をして私を見つめてきました。
「【伊織(いおり)】という名前に聞き覚えはありませんか?」
「うん? 伊織? え~っと……」
香菜さんから突然伝えられたその名前。
該当する人がたった一人だけいました。
しかしその子は高校一年生になる前に事故で亡くなってしまっています。
私はそこまで付き合いが長かったわけではなかったですが、巫女の杏にとっては付き合いの長い幼馴染だと聞いています。
その時の杏ちゃんの落ち込みようと言ったらすごいものだったのでよく覚えています。
ただ私にはそれからが見えていたのであまり亡くなってしまったという感覚はありませんでした。
まさか?
「杏ちゃん、元気ですか?」
「あー、えっと、杏は元気ですよ」
「まさか私も知っているお狐様がこの世界の神様だとは思いませんでしたけど……」
「よくわかりましたね? 変化しているときとは少し違うと思うんですけど……」
学校に通っているとき、普段遊ぶときなど、私は髪色を変えたり耳や尻尾を隠したりしています。
でも杏と付き合いの長い伊織さんは私がお狐様だということを知っていました。
「この姿に生まれ変わってから、何となく色々わかるようになりました」
「【巫女】ですもんね。それなら私たちと繋がりが深くなるのは当たり前ですよね。ところでラティス?」
「!?」
ラティスの説明ではこの日ノ本に日本からの転生者はいないとなっていたはずです。
それがどうして?
「私は悩んだんです! でもでも、【白百合(しらゆり)】様が……」
「お母様の仕業ですか。ということは他にいてもおかしくなさそうですね……」
「ご、ごめんなさい!」
ラティスが私に縋り付いて涙目で謝罪してきます。
「お母様が関わっているなら仕方ありません。だから泣かないでください。許しますから」
ラティスの涙を見て私もこれ以上叱ることはできませんでした。
まぁ言えない理由もわかるのでこれ以上は言いません。
「あ、あの……」
「あ、香菜さんは気にしないでください。身内のごたごたですから」
「わ、わかりました」
突然泣き出して謝罪するラティスを見て気になったようです。
「ほら、泣き止んでください。香菜さん、どこか休憩できる場所ありますか?」
「は、はい! こんな村ですが茶屋があるので行きましょう」
「茶屋なんてあるんですか!? やっていけるのですかね……」
「はい。この村、そこそこ居住者多いんです。それに産業もそれなりにあって……」
「なんと」
どうやらこの村は隠れ村な割にそこそこ発展しているようです。
もう少し外部にも何か出せればいいんですけどねぇ。
まぁ今は無理でしょうけど。
しばらく村を歩いていると、村の門から続く固められた地面の道の脇に長椅子と日よけの傘が設置されているのが見えます。
一見するとただの休息所ですが、近くにある家に数人の武装した鬼人が入っていくのが見えました。
どうやらあれがそのようです。
「ここが隠れ茶屋【毬栗(いがぐり)】です。農家さんが農作業の休憩に使ったり門番さんが軽食を取ったりするところですね。食堂はないのである意味唯一の食事処といったところでしょうか」
「ほえー」
案内された場所は本当にただの民家のようでした。
「では入りましょう」
「はい」
香菜さんの案内で隠れ茶屋の中に入ります。
入るとすぐに見えたのはむき出しの土の地面。
そしてその地面の上に設置された長椅子と長椅子の上に置かれたお茶とお団子でした。
どうやら普通の茶屋のようです。
「あら巫女様。それと……」
お店の奥から出てきたのは角の生えた鬼人族の女性でした。
鬼人族の女性は香菜さんに挨拶をすると
私のほうを見て首を傾げています。
「こんにちは。あ、えっとこちらの方は……」
「通りすがりの狐人です!」
変な紹介をされる前にサクッと噓を吐きました。
ごたごたするよりはいいでしょう。
「あらそう、狐人なのね? とっても可愛らしいけど巫女様と比べると少しだけ雰囲気が違うような……。そういえば忙しくて見に行けなかったけど広場で何かごたごたがあったような……」
「あ、それなら大丈夫ですよ? 問題はありませんでした」
「そう? ならいいけど」
「そうですそうです。あ、今日のおすすめを3人前お願いします!」
「あいよ。今日は三色団子だよ」
どうにか誤魔化してくれた香菜さん。
ついでにあっという間に注文もしてくれました。
頼もしい!!
「ところでこの茶屋ですけど、何か奇妙なことに気が付きませんか?」
「奇妙なこと、ですか?」
香菜さんに言われて周囲を見てみる。
すると武装した鬼人の男女がいるのが目に入りました。
門番……ではなさそうですね。
「武装した男女がいることですか?」
「そうです。実は彼らは悪鬼狩り人たちなんです」
「なるほど、悪鬼狩り……」
香菜さんに言われて思い出しました。
悪鬼と言えば悪い鬼のことというよりは疫病や厄災といった良くないもののことを指します。
となると、そういった何かと戦う人たちということになります。
この世界、特に西方世界には魔物が多く存在し、東方世界にも西方世界ほどではありませんが一定数の魔物がいます。
しかし、この周辺には魔物の気配はありませんでした。
そういえば、門を通るときに悪鬼がどうとかって聞いたような……。
「ご主人様。この世界の悪鬼は悪い付喪神や怨念に取りつかれて悪鬼と化した人間族のことを指しています。彼らはそういうものを狩る専門職ですよ」
「さすがラティス様です。その通りです」
「むむむ。この世界のことは知っていたはずなんですけどね……」
「悪鬼はしばらく後に出現した存在なので覚えてなくても仕方ありませんよ」
「むむむ……」
私としたことが何たる失態。
そういう存在がいるっていうことを失念していました。
それにしても悪い付喪神と怨念に取りつかれて悪鬼と化した人間ですか。
なんだか厄介そうな話ですね。
「悪鬼の数は多いんですか?」
お茶とお団子が来るまでの間暇なので聴いてみることにしました。
私の周りでは付喪神をよく利用しているので気になる話でもあります。
「悪鬼と化した人間は多くないですけど、悪い付喪神はそれなりにいますね。魔物よりは少ないですけど、集落跡地や戦場後には多くいると聞いています」
「ふむ……」
どうやらこの世界はやはりただの再現世界ではないようです。
完全に異世界日本ファンタジーって感じですね。
「はい、お茶とお団子おまちどうさんね」
「待ってました! ありがとうございます!」
「いいのよ。しっかり食べていきなさいね」
「はーい!」
お茶とお団子を受け取った香菜さんはとっても嬉しそうな笑顔で返事をするのでした。
それにしても付喪神ですか。
ちょっと考えますかね。
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