第15話 天井裏の干からびた猫

 工事責任者が脚立を置いて、助手の男とコーヒーを飲みながら一休みしている。


工事責任者が龍太郎を見て、


 「ああ、それから天井裏に人形みたいな物が置いてありますね」

 「ニンギョウ?・・・誰が置いたんだろう。ねえ、石田サン」


石田はタバコの火を灰皿に押し付け、


 「知りませんよ、そんな事。でも気持ちワリーっスね」


龍太郎は工事責任者を見て、


 「こう云う古い家には、この「テ」の話はつき物ですよね」

 「ハハハハ、そうですか? 」


二人はコーヒーを飲み終えて、


 「じゃッ、終わりましたんでこれで失礼します」

 「あッ、帰ります? じゃッ、ご苦労さまでした」


二人は事務所を出て行く。

すると、通路から責任者の声が、


 「オメー、脚立は」

 「あッ、すんません」

 「オメー、本当に、大丈夫か? 」


賑やかな二人の『工事担当コンビ』であった。


 龍太郎と石田が天井を見ている。


 「ホラーっスか?」

 「うん。・・・ちょっと見てみようか」

 「そおっスね」


龍太郎がテーブルの上に乗り天井の蓋をそ~と開ける。

中を覗きながら、


 「ほおー ・・・こんなふうになってるんだ」

 「なんか見えますか?」

 「暗くて良く見えないなあ。石田サン、机の一番下の引き出しに懐中電灯があるから取ってくれる」


石田が引き出しを開けて懐中電灯を取り出す。


 「はい、どうぞ」

 「サンキュー」

 「どうっスか?」

 「ええ?・・・うん。あッ! 有った。光ってる」

 「あのバイトのメガネのレンズじゃないっスか?」

 「いや、違う。目だ! 目が光ってる。でも人形か?・・・あ〜あッ!ネコだ。ネコが干乾びて死んでいる」

 「ネコ? 分かったッ! チュー功にやられたんだ」

 「ネズミに? うんなバカな」

 「いや、アイツならヤリかねないっス。一匹、でっかいボスネズが居るんスよ」

「ボスネズ? 石田さん、店長呼んできてくれる」

 「は~い」


暫くして静子と石田が事務所に来る。

静子が渋い顔でテーブルの上に立つ龍太郎を見て、


 「何やってるの?」


龍太郎は静子を見て、


 「マイッタたよ。屋根裏でネコが死んでんの。ッたく、なに考えてるんだろうなあ」

 「ああッ! それだ。それであんなにハエが居たんだ」

 「あ〜あ、そうだったのか。店長、わるいけど隣りの大家サン呼んで来てくれる」

 「分かった。でも、あのお爺さん居るかしら」


静子が事務所を出て行く。


 石田はタバコを吹かしながら、


 「あのスケベジジイ」


龍太郎は天井に頭を入れながら、


 「え? なんか言った」

 「あの大家、人(シト)の尻(ケツ)をやたら触るんスよ」


龍太郎は下の石田を見て、


 「何だい、それは?」

 「この店の女の客、ほとんどが 触られてるんじゃないっスか」

 「ハハハハ」

 「店長も今頃、触られてますよ」


龍太郎は驚いて、


 「え〜え!」


 暫くして、静子と大家が事務所に入って来る。

この大家が「典型的な江戸っ子」。

まるで『歌麿の絵』に出て来る様な顔立ちである。

その大家が、


 「あんだって、ネコが死んでる? ど~ら、ちょっとドイテみな!」


大家は、さりげなく石田の尻(シリ)をさわる。

石田は驚いて、


 「キャッ! またやった。スケベッ」

 「なんだい、子供じゃあるめえし」

 「ナニ言ってんスか! いい加減にしてくださいよ。警察呼びますよ」

 「おお、呼んで来い。オマワリが怖くて団子が食えるかい!」


龍太郎は威勢の良い大家を見て、


 「さすが、江戸っ子ですねえ」

 「浅草の生まれよ」

 「あ、ごもっとも。すいませんねえ、忙しいところ」


大家サンは持参した脚立を開き、身軽に階段を上がって屋根裏を覗く。


 「おうッ! 暗くて見えねえぞ。何かねえのかい」


龍太郎はテーブルの上の懐中電灯を渡す。


 「これどうぞ」

 「良い物のあるじゃねえか。でッ、どこだい?」

 「左の柱の下です」

 「ヒダリ?・・・ああ、アレか。分かった。ちょっとその辺のナガモノ貸してみな」

 「このカーテンレールなんかどうですか?」

 「ダメだい、そんなんじゃ。おう、そこの壊れたモップの柄を取ってくれ」

 「あッ、はい」

 「よっしゃ! 待ってろ。今、取っちまうから。ウッ! チッ、しぶてえ野郎ダ。干乾びてひっ付いちまってるぜ。ヨイショット! おッ、取れた。よ~し、今 落とすぞ、どいてろッ! セーノ、アラヨット!」


干乾びたネコと、ネズミの糞、ハエのサナギが床に落ちて来る。


 「キャ~ッ!」


静子は卒倒しそうな声を上げて事務所から飛び出て行く。

石田もそれを見て、


 「すッげえ!」


騒がしい事務所を、杏子が覗きに来る。


 「何やってんですか?」


石田は杏子をきつい目で見て


 「オマエには関係ねえ。仕事しろ!」


杏子は『ネコのミィーラ』を見て、


 「ウワ~ッ!」


売り場に飛んで行ってしまう。

大家は脚立をたたみながら、 


 「これで一件落着! 参っちゃうよな、こんな所でオッチンじゃいやがってよ。おうッ! これ、ダンボウルにでも入れて燃やっしまいな」


大家は干乾びたネコの死骸を石田の方に蹴飛ばす。

石田は卒倒しそうな声で、


 「ギャーッ!」


石田もどこかへ、飛んで行ってしまう。

龍太郎は感心して、


 「いやあ、コンビニっていろんな事が起こりますねえ」


大家は龍太郎を見てニヤっと笑い一言。


 「賑やかで良いじゃねえか」

                          つづく

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