人間観察記『Doya（ドヤ）の店』

第8話 ロンパリの人

客足が止まった店内。

龍太郎が手持ち無沙汰に店の雑誌を立ち読みしている。

ふと顔を上げると、通りを傘の先に風呂敷をぶら提げて肩に担いだ男が通り過ぎて行く。

男は雨でもないのに『赤いゴム長靴』を履いている。

何気なくその男の格好を観ている龍太郎。

龍太郎は店の周囲の環境が気に成り、

　龍太郎「店長！ 俺、チョットその辺を視察してくる」

　静子「視察？ 早く帰って来てよ。これから忙しく成るんだから」

　龍太郎「分かってる。あ、そうだ。石田サン！ 自転車貸してくれる」

　石田「良いっスよ。でもあのチャリ、後ろのブレーキ利かないっスよ」

　龍太郎「危ないなぁ～。ツンノメルんじゃないか？ ジャ、直ぐ戻ってくるから」

龍太郎は自転車に跨（マタガ）り、フラフラと店を出て行く。

　ダストボックスの上で『雉トラ』が龍太郎を見ている。

　静子「大丈夫かしら・・・」

心配そうな静子。

石田が、

　石田「店長。オーナーって、前は何やってたんスか？」

　静子「ええ？」

するとドアーチャイムが鳴り、小太りで背が低い職人風の男が素足に下駄（ゲタ）を履いて店に入って来る。

　静子「いらっしゃいませ～」

下駄の音が店内に響く。

石田は男をチラッと見て品出しの為にバックルームに入って行く。

男はカウンターの前の新聞挿しからスポーツ新聞（東スポ）を一枚抜いて静子の前に持ってくる。

　静子「いらっしゃいませ。百二十円になります」

その男は始めて見る静子に視線が定まらない（ロンパリ）。

　男　「さ、寒いやねえ。やんなっちゃうねえ。山は大雪だってよお。激（ハゲ）しいね～」

静子は昔、何処かで聞いたようなセリフに、

　静子「え？ あ、そうですか」

男は指先に小銭（コゼニ）をつまんで静子の眼の前に出す。

静子は男の仕草（シグサ）を見て、両手の平を広げ男の眼の前へ出す。

男は静子を見詰めながら、手の平に一枚ずつ小銭を落として行く。

静子は奇妙な代金の渡し方を見ながら、

　静子「確かに。ありがとう御座います。またお越し下さいませ」

すると男は、あの「ロンパリの眼」で恥ずかしそうに静子を見詰めて、

　男　「あ、どうも」

店を出て行く男。

男は店の外で立ち止まり静子を見ている。

静子は何と無く変な客と思いながら、目を伏せる。

　外のダストボックスの上で『雉トラ』が寝むそうに膨らみ、男を見ている。

まるで絵に成る様な『ドヤ街』風景である。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　つづく