第2話 ダストボックスの『招き猫』

 路上生活者が歩道にしゃがみ、手配師のさばく順番を待っている。


 店の外のダストボックス(ゴミ箱)の上に、一匹の『雉(キジ)トラ(猫)』が膨らんで座っている。


男(具流氏)は店内のブックコーナーで立ち読みをしている。


 「ピンポ〜ン・・・」


元気良く「店」に入って来る中年の女性。

『百地静子(モモチ・シズコ)』。

新店長である。


 「おはよう御座いま~す」


レジカウンターには茶髪にピアスの青年Aが居眠りをしながら、風に揺られる様にして立って居る。

青年Aはポケットに手を入れて、


 「セ~(いらっしゃいませ)」


外では店の壊れたサインボート(看板)を見上げ、溜め息まじりで佇(タタズ)む『百地龍太郎(モモチ・リユウタロウ)』。

この店の新オーナである。


店内から静子の声が。


 「アンタ! 何してるの」

 「うん?・・・割れてるなあ・・・」


ため息まじりに店の中に入って来る龍太郎。


 「サインボードが割れてるぞ」


静子は無関心に、


 「そう」


バックルームのドアーが開いて、売り場に無精髭の青年Bがダンボール箱を抱えて出て来る。

静子を見て、


 「あッ、オーナーさんですか?」


静子が、


 「私は店長。オーナーはあちら」

 「あッ、失礼しました」


青年Bは急いで龍太郎のそばに進み出て、


 「オーナー、はじめまして。杉浦です」


青年Bの『オーナー』の言葉に戸惑う龍太郎。


 「オーナー? オレ? あッ、オーナーの百地(モモチ)です。よろしくお願いします」


 「こちらこそよろしくお願いします」


杉浦くんは汚いスニーカーを履いた、どことなくアカ抜けない青年である。

売り場の奥で気になる商品を整えている店長の静子。

龍太郎は静子を指さし、


 「あ、あそこに居るのが僕の妻です」

 「え? オクサマですか」


杉浦くんは静子の前に駆け寄り、


 「先程は失礼しました。杉浦です。宜しくお願いします」


静子は振り向き、


 「あら、アナタが杉浦クン? 伊藤サンから聞いているわ。『リーダー』でしょう。頼りになりそう」


龍太郎は杉浦くんのだらし無い後ろ姿を見て、急に気安い言葉に変わる。


 「そりゃあ、ベテランだもん。なあ、スギちゃん」

 「いやあ、ただ長く居るだけですよ」


 「おッ、そうだ。初めてだからチョコット面接でもしようか」

 「あ、はい。じゃ、この荷物を片付けてから」


龍太郎はレジカウンター内で無気力に立って居る青年を見て、


 「それから、あのカウンターの・・・」

 「林ですか?」

 「ああ、彼が林クンか。林クンにも伝えて」

 「はい」


 龍太郎と静子が奥の事務所に入って行く。

突然、通路の端を一匹の大きなネズミが走って行く。


 「キャ~、ネズミ!」

 「ネズミ? おお、ネズミだ。懐かしいねえ。古い店だし、隣が米屋だからな」

 「何言ってるの。ネズミなんかと一緒にお店なんか出来ないわよ」

 「ええ! キミだって鼠年じゃないか。ネズミは縁起が良いんだぞ」


龍太郎は通路に漂う『異様な臭い』に立ち止る、


 「なんか臭(クサ)くないか? この店」

 「そこの廃棄物の袋じゃないの」

 「ああ、そうか」


龍太郎は天井の蛍光灯を見て、


 「・・・あの蛍光灯に停まっているの、あれって『ハエ』じゃない?」

 「そうね」

 「ソウネって、冬なのに、何であんなに沢山居るんだろう?」

 「そんなのアタシに聞かれても分らないわよ。ハエに聞いて。後で、殺虫剤で皆殺しにしてやるから」


 龍太郎と静子は事務所の中に入る。

うす暗く狭い事務所。

二人は事務所の中を見回す。

錆(サビ)て破(ヤブ)れたシートの折りたたみ椅子。

落書きだらけテーブル。

奥には傘の忘れ物がビニールの紐で縛り、四束立て掛けてある。

椅子に腰かける二人。

周囲を見回し、


 「・・・こんな所で仕事するの?」

 「慣れればなんて事ないよ」

 「慣れれば?」


静子は龍太郎を不安そうに見る。

                          つづく

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