第2話 花言葉
最近知ったことだが、それぞれの花には深い意味があるらしい。人はそれを『花言葉』と呼んだのだ。
白百合といえば純潔。
なぜかそう言われると、すんなり納得がいく。
しかし、彼岸花の花言葉はさっぱりわからない。私にとって彼岸花は懐かしくて美しいが、他人はどう思っているのだろうか?
母ならわかるはずだが、私の居場所をばらすわけにはいかない。
つまり、自分で調べるしかない。が、それは言うは易く行うは難し。
私の家族はパソコンさえ持っていないので、結局学校図書館に行かざるを得なかった。
そう、私は現在進行形で開架の合間を縫っているのだ。図書館特有の鼻をつく空気を最低限に吸うようにしながら。
クラスメイトがラノベのページをめくったり、好きな本について熱弁を振るったりしている。
図書館にしては随分騒いでいるのではないか。
とにかく、早くパソコンを見つけないと誰かに先んじられてしまう。私は足を速め、
ようやくパソコンにたどり着くと、徐々に腰をかけようとして……。
「ちょっと!」
どうやら、誰かの背中にぶつかったらしい。
私が間髪入れずに謝ろうと振り返ると、同じ身長の女性が仁王立ちしてこちらを
彼女の髪の毛は金髪で、かろうじて脇にかかる長さのツインテールに結んでいる。
「これ、あたしが使ってるパソコンだよ。席を奪うつもりだったの?」
「いえ、その……調べたいことがありまして……」
彼女は相当怖いので、念のため丁寧語で弁解した。
「はぁ? 一体何が調べたかったの?」
それでも、彼女の態度には変わりなかった。その声は未だに
「あの、と、図書館だし、あんまり叫ばないほうがいいかもしれないですね」
――もう、五分くらいパソコンを使いたいのに。
そう思ったが、もちろん口には出さなかった。
「やめてください、
意外なことに、私は誰かに
その朗々として凛々しい声の持ち主を見つけようと視線を泳がせていると、同じクラスの
彼女の茶色い髪が姫カットで背中にかかる。落ち着いた青い
全生徒の中で、学校の制服を一番着こなせるのが正に彼女なのである。
私たちは同じクラスなのに、喋る機会が少ない。それでも、彼女がさっき私を庇ってくれたということは、私たちがまだ友達だということでもある。
「ありがとう、恵梨華。でもいいよ、全部私が悪いから……」
「もう、あたしの席を奪おうとしてただじゃ――」
「やめてくださいと言ったでしょ、石川さん。もしかして、生徒会にこのことを報告してほしいのかしら?」
堂々と釘を刺す恵梨華に、石川さんは突然言葉を失った。
「そ、それだけは嫌だ!」
「なら彩夏に席を譲りなさいよ!」
石川さんは溜息を吐き、しぶしぶ立ち上がる。最後に私を睨みつけてから、図書館を後にした。
「ごめんね、彩夏。最近いじめが多くなってて、生徒会がすごく忙しくなったの」
そういえば、恵梨華は生徒会に入っているのだ。
「いや、私を庇ってくれて本当に嬉しい。そういう人はちょっと苦手なので……」
「ところで、言いたくないならいいけど、何が調べたかったの?」
「あ、それはね……。花言葉ってことを知ってるの?」
「そう、花言葉にすごい興味があるよ!」
そう言いながら、恵梨華は久しぶりに目を輝かせた。
「それなら、最初に恵梨華に訊いておけばあのご機嫌斜めの女性と喧嘩しなくてすんだんだよね?」
正直言って、少し腹立たしい。とはいえ、恵梨華のせいではないので、できるだけ笑顔を取り繕おうとした。
「あはは、そうかもね。それより、花言葉について知りたいこととは何かしら?」
「まあ、薔薇イコール愛情という程度は知ってるけど、彼岸花の花言葉はまだ知らないから」
「彼岸花の? なぜ数多くの花の種類の中で、彼岸花の花言葉が知りたいの?」
「それは、私のイ――」
その言葉に、私は危うく居場所のことを明かしそうになった。
とにかく、言いさした言葉を完成させないと、恵梨華に怪しまれることになってしまうだろう。
私はしりとりをやっているかのように、必死に「い」から始まる言葉を考えようとする。文脈に合わないと駄目なので、いつもより難易度が高い。
いけそうな単語を思いつくと、私は咳払いをして言葉を続けた。
「イトコは彼岸花が好きだから彼女に教えてあげたいんだよ」
「そうなの? ちょっと恥ずかしいけど、彼岸花に詳しくないんで……」
「それなら一緒に調べようか!」
私は恵梨華に席を譲り、もう一つの椅子を引き寄せる。
気のせいかもしれないが、鼻が少しずつ図書館の匂いに慣れてきた気がする。
恵梨華は『彼岸花 花言葉』というキーワードを検索して、しばらく待った。パソコンを使ったことがほとんどない私には知る由もないことだが、この図書館のパソコンは動作がかなり遅いらしい。
何十秒か後、彼岸花についてのサイトが続々と出てきた。
恵梨華は深呼吸をして、一番最初に出てきたサイトの内容を読み上げ始めた。
「彼岸花は『別れ』や『悲しみ』を象徴する不吉な花です。そのため、色々な都市伝説のネタにもなっています。例えば、『赤き花の呪い』。この都市伝説によると、彼岸花に触れると呪われてしまうそうです。呪いの効果で
その言葉に、私は思わず口をぽかんと開けた。
彼岸花に触れると、呪われてしまう。
一度だけならともかく、私は何度も何度もあの彼岸花畑に行っている。つまり、この都市伝説が本当だとしたら、私は必ず呪われている。
しかし、
それにしても、しばらくは彼岸花畑を避けたほうがいい。
「あの、彩夏……顔色がすごく悪くなったんだけど?」
「な、なんでもないよ! その薄気味悪い都市伝説がちょっと怖かっただけ!」
そういえば、もともと彼岸花の花言葉を調べるためにここに来たのだ。
彼岸花は別れや悲しみの象徴なのか。私が予想していた意味とは雲泥の差だ。そんなに好きだったのに、実は不吉な花だったらしい。
もしも、今まで起きてきた不運なことが全部彼岸花のせいだとしたら……。
私の内心の葛藤を察したのか、恵梨華は笑みを浮かべてこう言った。
「まあ、ただの都市伝説にすぎないよ? 怖いかもしれないけど、花が人に呪いをかけるなんてとても信じられないわ」
恵梨華の言葉に、私は顔を上げた。
きっと彼女の言う通りなのだ。このばかばかしい都市伝説は真に受けないほうがいい。
「そうね……。私、何を考えているんだろう……」
恵梨華はパソコンの電源を切ってから立ち上がった。
「さて、私は生徒会室に戻ろうと思う。彩夏は何をするかしら?」
私が口を開こうとした矢先に、お腹が先に恵梨華の問いに答えた。ゴロゴロと。
「他に用事がないし、お腹がすいたし、学食に行こうと思う」
「そうか。ところで、まだ彼岸花の花言葉をいとこに教えるつもりなの?」
「それは……まだ決めてないんだ」
そう言ってから、私は別れを告げて
もう一度開架の合間を縫い、廊下へのドアを開ける。
しかし、学校図書館を後にしても、鼻を突く匂いはなかなか消えてくれなかったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます