傍観者ネレグの観測 〜明日の無い人達〜
名無し@無名
第1話 観測対象001:室井コウジ
『明日は来ない』
「……は?」
いつも通り朝飯を食っている最中だった。
散らかった部屋に現れたのは、幼稚園が着ていそうな服(スモッグだっけ?)を纏った金髪のガキだった。
器用に朝飯を避けて机の上に立ちながら、小生意気な視線を俺に向けている。セミロングくらいの髪と色白の肌、声色も相まって、男か女か分からない中性的な印象を受けた。
「どっから入ったクソガキ」
『割と冷静だね』
「あ? こう見えて驚いてるよ。お前の言ってる事と存在にもな」
ゴリゴリの不法侵入だぞ。
いや待て、ここはアパートの二階……玄関の鍵は閉めている。
「お前、どうやって部屋に入った?」
『どうやってって、普通に屋根からすり抜けてきたけれど?』
「……意味が分からん」
『それより明日は来ないよ。今日でお終いだからね』
「はいはい、そりゃ怖いなー」
明日が来ない? おいおい世界でも崩壊するっていうのか? 馬鹿げてる。世界崩壊の与太話なんて定期的に聞くが、あのノストラダムスの予言だって外れたじゃないか。
どう見ても世間は平和そのもの。しかもこんな訳の分からないガキの妄言を信じられるものか。
『嘘だと思ってる?』
「当たり前だろうが。それよりそこ退け、醤油が取れねえ」
『気楽なものだね。せっかく君は選ばれたのに』
「あン?」
『そ、残された時間を有意義に使う事が出来る【モニター】に選ばれたのさ』
「モニター?」
『ネレグは傍観の神。君たち人類の終わりを見届けに来た』
「神様って……お前みたいなチンチクリンが?」
『神という概念にとって外見は器でしかないよ。そもそもネレグは一人だけじゃない。今こうしている間にも、モニターに選ばれた人間の数だけネレグが存在しているからね』
なんだコイツ。
初めは何かのイタズラだと思っていたが、言葉にし難い妙な雰囲気を纏っていやがる。
そもそも背中にカラスみたいな羽が生えてるし、なんならちょっと浮いてないか?
「……その話、マジなんだな?」
『ネレグは嘘はつかないよ。本当はもっと緩やかに、俯瞰的に人類を観察しようと思ったんだけれど、傍観の神としては色濃く、新鮮で、有意義な情報が欲しいんだ』
「情報って……つか明日が来ないってのはどういう意味だ? 世界はどうやって滅ぶ?」
『それはネレグの口からは言えない』
「はあ? アホらし。やっぱ何かの間違いだろう。こりゃ夢だ、そうだ夢に違いない」
そういや昨日は深酒して爆睡したからな。きっとまだ寝ぼけているんだろう。たまにあるリアルな夢の類だ。
「おら、二度寝するからどっか行けクソガキ」
『ふうん、まあそれが君の選択ならネレグからは何も言わないよ。とりあえず観測は続けさせてもらうね』
「おーおー好きにしろ」
『そうするよ。じゃあね、観測対象001:室井コウジ』
「は? なんで俺の名前ーーーー」
パッと視界が瞬くと、さっきまで机の上に居たガキの姿は消えていた。
俺は茶碗の中で冷めた白米を一口頬張り、あまりに突然の出来事を頭の中で咀嚼した。
「……明日は、来ない」
ポツリと溢し、非現実さしかないガキの言葉を飲み込んだ。
◆
午前 十時三十分。
「ふぁ……んん」
ATMから三万円を下ろし、ヨレヨレの二つ折りの財布にねじ込む。
給料日前の金欠。普段なら絶対にこのタイミングで金は下ろさない。
(借金の返済用の金だけど……)
『明日、世界が滅びる』
あのガキの言った言葉がもし本当だとして、世界が滅びるなら、明日以降の事を考えても無意味じゃないか?
この三万だって無駄に寝かせておくより、今日一日を満喫する為に使った方が有意義に違いない。うん、きっとそうだ。
「……久々にパチンコでも行くか」
かれこれ二年はやめていたギャンブルだが、どうせ最後なら楽しい思い出のひとつも有った方がいい。
彼女もいない俺にとって、自分への投資が一番の財産になるだろう。
そうと決まれば善は急げ。俺は早速、最寄りのパチンコ屋へと足を運んだ。
◆
「うわ、新台ばっかりだ……ってそりゃ当たり前か」
一歩店に足を踏み入れると、光と音の世界が目の前に広がった。
二年前は当たり前の光景だったが、こうして間隔を空けてみるとどこか新鮮でもある。
「えーと……お、エ◯ァの新台か。台も随分と派手になったなこりゃ」
借金の元凶になったパチンコ。
かつて依存症だった俺は、カウンセリングを続けてギャンブルから足を洗った。
不思議なもので、人間なにかキッカケがあれば、どれだけ熱中していても興味が逸れるらしく、俺の場合は父親の死がそれに該当した。
「……そういや、大当たりした瞬間だったな」
大金を入れて、やっと手に入れた初当たり。ここから伸ばすぞと意気込んでいた矢先、スマホが震えたのを覚えている。
着信は一回無視したが、何度も掛かってくるので煩わしく思っていた。画面をチラリと見れば母親で、どうせ俺がパチンコに行っていないか確認の電話だろうと鼻で笑っていた。
しかし、電話が鳴り止むと、画面には通知が一件表示されていた。
そこにはーーーー
『お父さんが亡くなりました』
思い出した。
あの文字を見た時、全身から熱が引く感覚を。
え? 親父が? 嘘だろ?
頑丈さだけが取り柄の親父が死ぬ訳がない。そうだ、きっとお袋の作戦だ。親父をダシにして俺を炙り出そうとしているに違いない。
結局、俺はそのまま夜になるまでパチンコを続けた。その間もスマホは鳴り続けるので、途中から電源を切っていた。
そして閉店時間を過ぎ、実家に帰ると、疲弊しきったお袋の背中と、その奥で白い布を被せられ布団に横たわる親父の姿があった。
「は……嘘だろ」
「コウジ、何で、電話にでなかったの?」
「いや、その……」
この状態でパチンコなんて言える訳がない。
俺は咄嗟に嘘をついてしまった。
「き、急に会社に呼ばれて……スマホも電池が切れてた」
お袋は俺を一瞥して、再び視線を親父の遺体に向けた。
「そうなんだね、ご苦労さま」
「……あ、おう。それより親父はーーーー」
「子供を庇って車に轢かれたの。外傷はあまり目立たないけれど、打ち所が悪かったみたいでね」
「……親父」
ガラにも無い事してんじゃねえよ。
俺の中で吐き出された言葉はまさにそれだった。
昔から飲んだくれて、暴れてお袋を泣かせていた奴が人助けで死んだだと? 出来の悪い冗談話じゃないか。
「コウジ」
「!?」
「お父さんの顔、今の内にちゃんと見てあげてね」
◆
「あーダメだ、調子でねえ」
二千円を使った辺りで手が止まった。
親父の事を思い出すと、とてもパチンコをする気にはなれなくなっていた。
あの時は嘘をついて、親の死に目にも会えなかった。その時の光景が有り有りとフラッシュバックし、それと同時に、無性にお袋の顔が見たくなった。
次の瞬間には店から出て、お袋に電話していた。
「お袋、今から帰るわ」
◆
実家までは片道二時間の距離だ。
車の免許は持っているが自家用車なんて持てるはずも無く、いつ壊れてもおかしく無い原付に頑張ってもらっている。
見慣れた街並み。真新しいのは出来たばかりのスーパーくらいだ。小洒落た所も無く、若い頃は遊ぶ場所に困っていたのを思い出す。
「そうだ、今日ってお袋の誕生日じゃん」
ブレーキをかけ辺りを見渡す。
「……ケーキと、あと何か買ってくか」
お袋に何かを買うなんていつ以来だろうか。少なくとも、あのガキの言葉が無ければこんな事はしていない。世界が滅びるなら、最後くらい親孝行してもバチは当たらないだろう。きっと死んだ親父もあの時の事は許してくれるに違いない。
こんなの自分を納得させる為の都合のいい解釈だ。
だが今はそれでいい。財布の中の元々入っていた三千円と軍資金の残りを確認する。パチンコで散財するなら、これは生きた金の使い方だろう。
お世辞にも大きいとは言えないデパートに寄り、誕生日プレゼントとケーキを買って実家へ向かおうとした。
「えっと、確かちょっと行った先にーーーー」
その瞬間だった。
少し遠くで、不規則に動く乗用車が見えたのだ。
「なんだアレ、壁にぶつかりながら走ってやがる……ってオイオイオイ!」
暴走する車の前には三輪車で遊ぶ子供の姿。
親は近くにいない、このままだとーーーー
「ちッ!」
考えるより身体が動いていた。
プレゼントで買ったネックレスとケーキを放り投げ、原付を走らせ、子供の方へとハンドルを切る。
間に合え、間に合え!
暴走車両は壁に勢いを殺されながらも前進を続け、子供に接触する瞬間、なんとか俺は子供を抱き抱えて地面を転がった。
激しく頭を打ったが子供は無事らしい。めちゃくちゃ泣くが生きているだけ有難いと思えよ。
「いってて、もう泣くなってーーーー
ドンッッッ!!!
◆
『ふむ、人間の感情はやはり興味深いね。観測対象001は実に人間らしい最期を迎えたと言える』
ネレグは静止した世界で、横たわって動かない室井コウジを見下ろした。
『やはり残された時間が無いと分かると、かつて自分が目指した筈の“在りたい自分”へ向かう習性があるらしい。まあもっとも、これはひとつの結果に過ぎないのだけれど』
ふわりと空へ舞い上がり、パチンと指を鳴らす。すると再び世界の時が動き、悲鳴とサイレンが鳴り響いた。
室井コウジ、享年三十四歳。
子供を庇った際、暴走車両に轢かれて死亡。
子供は数針を縫う怪我のみだったという。
『さて、次の観測対象はどんな結末を見せてくれるだろうか。他のネレグ達が持ち帰る情報が愉しみだよ』
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