第20話 夏の舞踏会

 とうとう、舞踏会の日がやって来た。

 ヘレナやナナの協力の下、サンドレットのドレス台無し計画を実行する時だ。

 時間も無く、慌ただしく働く家族を頼ることができなかったし、王太子を頼ることは諸々を考慮して心情的に無理だった。

 だが、どうにかしなければ国が恥をかく。

(せめて、初めて王家の紫を使うのが国内限定の夜会であれば……)

 サンドレットのやらかしドレスは王妃の同類扱いで終わり、国賓を招くような夜会や舞踏会では王家の専属デザイナーが恥をかかないよう工夫した仕上がりのものを王家が用意しただろう。

 前例がある王妃がやらかしたので、スムーズにことが運んだはずだ。

(そんなこと、今更思っても仕方がないのは、わかってる。……わかってるんだけど!)

 頭でわかっても、納得できるわけがない。

(なんで、私はこんなことしてるの?いいじゃない、国の恥になったって!王太子と未来の王太子妃で仲良く恥をかけば!?)

 そんな気にもなり、時折苛つきが収まらなくなる。自分から首を突っ込んだのは自覚しているが、やるせなさが沸き上がるのは抑えられなかった。

(いやいや、落ち着け私……。国の恥を晒せば、後々自分や国民が困る事態に陥るのは、想像に難くない。ーーあの子だけが恥をかいて終わるなら、自業自得だから良いけれど……)

 サンドレットだけに恥をかかせて、国の恥を晒さない方法が思いつかなくもないが、それを実行するのは己の矜持を裏切ることに等しい。

(正式な婚約者となったら、王家の夜会は未来の王太子妃が取り仕切る……。あの子、どうするつもり?まさか、現王妃のように、宰相補佐と女官長に丸投げ?)

 ぞっとしない話だ。

 イオリティは収納魔道具でもある腕輪を触った。今日必要になるものは、全てこの中にある。

「お嬢様、王宮の専用控え室に侍女を向かわせました」

 執事がそっと告げてくる。

「ありがとう。あとは、打ち合わせ通りに」

「畏まりました」

 今のイオリティは簡素で上品なワンピースを着て、外套を羽織っている。

(さあ、私は今からシンデレラの魔法使いになるのよ!ーーあれ?フェアリーゴッドマザーだっけ?それとも魔女?)

 その辺りが曖昧だが、物語を踏襲するなら、ドレスをダメにして舞踏会に行かれないと嘆くシンデレラサンドレットにドレスや馬車を貸さなくてはならない。ーーだからこそガラスの靴に見立てたものもちゃんと用意したのだ。

 そうしないと、成功しない気がして。

「さあ、ナナ行きましょう」

「はい、イオ様」

 二人は馬車へ乗り込んだ。

 本来なら婚約者候補としての公務であるため王家の馬車が迎えに来るが、今回は事前に公爵家の馬車を使うと連絡済みだ。

 公爵家専用の控え室でもある特別室は会場のすぐ近くであること、公爵家が使用する門と道は王族の使用するものの隣であることから、特に疑われることなく許可が降りた。

 コンタスト伯爵家が自家用馬車を使用すると、伯爵家以下の控え室に通じる門と道しか通れないと決まっている。

 だからサンドレットは必ず王家の馬車に乗らなくてはならないし、夫人とアレクサンドラは伯爵家の馬車に乗らなくてはならない。

 そして登城するのは、今回特別に招待された一部の男爵家と子爵家、伯爵家、侯爵家と辺境伯家、公爵家の順であり、婚約者候補は公爵家と同じ時間にと決まっている。

「もう一度確認するわね。ーーアレクサンドラ様達が馬車に乗ったのを確認したら、直ぐに変装してサンドレットのところへ行く」

 準備を終えているだろうサンドレットに、光魔法を巧く使用してそっと近づき、ドレスを破いてしまう予定だ。

 ナナにしてみれば、燃やし尽くして何なら中身ごと灰にでもなれば良い!と思うところだが口にするのは耐えた。

「そして、嘆くサンドレット様の前にわたしが姿を見せて、予備ドレスを魔法のように取り出してみせる、と」

 ナナが勿体ぶってドレスを出すことで特別感を演出し、選ばれたサンドレットのためだけのドレスだと思い込ませる。彼女なら騙されてくれるはず。

「そして、『あなたには、世界で一番可愛いいものしか履くことが許されない靴がぴったりだ』と、靴を履かせるんですよね」

 彼女なら、絶対に騙されて履くはず。

「そうよ」

 セリフの中に白雪姫っぽいのが混じったがまあ良い、とイオリティは頷いた。

「そして、王家の馬車に詰……乗せて、わたし達も城へ向かうんですね」

 きっと自分の可愛いさに満足して、るんるんな足取りで向かってくれる。

 そう予想したのは、サンドレットを舐めていたとしか言えなかった。





 伯爵邸の正門から少し離れた所に馬車を停めて降りようとしたら、直ぐ目の前を伯爵家の馬車が走って行った。

(アレクサンドラ様は、無事に出発したのね)

 ほっと息を吐き出した。

 今回、アレクサンドラは特に何もしないことになっている。

 もしドレスをダメにできなかった場合は、アレクサンドラと伯爵夫人がサンドレットを強制退場か欠席をさせるつもりで覚悟を決めているのだが、イオリティ達はそれを知らない。

「行くわよ、ナナ」

「はーー」

「イ……ナナさん!」

 頷きあって馬車から降りた二人へ駆けよって来たのは、王宮へ向かったはずのアレクサンドラ。

「は?」

 何故、ここに彼女がいるだろう?

 驚く二人に、狼狽したアレクサンドラが恐ろしいセリフを口にした。

「大変なんです!サンドレットが……あの子、……あの子が『まちきれないから、早く行ってしまいますね』と、伯爵家の馬車で、先程王宮に向かってしまいました!」

「「はぁぁあ!?」」

 思わず被ってしまった驚愕の叫び。

「伯爵家の馬車では、王家の控え室に行けないんですよ!」

「ちょっと、待って!ーーサンドレット様は、その事をご存知ないってこと?嘘でしょう?」

 基本中の基本マナーです!

 イオリティにはストラリネ女史の冷たいお叱りの幻聴が聞こえた。

「ど、どうしましょうか!?」

「どうーーって、……どうするかって言うと、いざというときの作戦その2しかないわ!ヘレナに足止めして貰って、王宮で対処よ」

 イオリティは急ぎ魔石便を飛ばす。

「アレクサンドラ様は、王家の馬車に事情を説明してから王宮に向かってください」

「ええ、わかりました。ーーサンドレットが本当に、申し訳ございません」

 泣きそうな顔で頭を下げるアレクサンドラを責める気はなかった。

「サンドレット様の行動は、我々の常識で予測することができなかったから仕方ありません。さ、ナナ、私達は急ぎ王宮に向かうわよ」





『失敗。サンは伯爵家の馬車で向かった』

 届いたメッセージを聞いたヘレナの掌は、魔石を粉々に砕いてしまった。

「やらかしてくれるわね。本当に腹立たしい」

 伯爵家の馬車?

 ヘレナの頭には疑問符しか浮かばなかった。

(アレ、間違いなく王太子妃候補よね?あまりの酷さに、候補を降ろされたっていう吉報は来てなかったはずだわ。ーーまぁ、そんな僥倖にあずかれたら、今日の舞踏会は祝賀会に早変わりするわね)

 溜め息を飲み込んだ彼女は、予定通りに実家に仕える辺境の子爵家や伯爵家等の子息令嬢を集めた。

 先日イオリティに頼まれたのは、サンドレットがあのドレスのまま王宮に上がったら、速やかに王家の控え室に放り込むことだった。

 もしもの作戦だと言うことだが、ヘレナはそのもしもが現実になりそうな予感がしていた。

(アレが、常識的な行動をするわけがないじゃない)

 急ぎ、伯爵家の馬車が着く入り口へ向かう。

 直ぐに動けたのは四人だったらしい。

 ぎりぎり許される早足でヘレナの傍へやって来た。

「ありがとう。やっぱり常識を裏切って来たわ」

 苦笑するヘレナに、あの、と声をかけたのは辺境で武勲をたてて子爵位を授与される予定の男爵子爵だ。

「その、非常にお伝えしにくいのですが……」

「どうかして?」

「コンタスト伯爵令嬢は、すでに伯爵以下我々の控え室にいらっしゃいます」

「なんですって?」 

 聞き間違えであって欲しい。

「わたくしも、見ました。ひど……すごく個性的なドレスをお召しで……」

 子爵令嬢が頷く。

「非常に目立っていらっしゃいました」

 もう一人の伯爵子息までも。

(常識の裏切りかたが、酷すぎるわ!)

 頭を抱えて天を仰いだヘレナに四人がおろおろとし始める。

「どうにかおだてーー褒め讃えて、王族控え室まで速やかに移動していただくしかないわね」

 人目がなければ、気付かれないうちに意識を刈り取ってから運べるし、ドレスも処分できるだろうに。

 伯爵以下とは言え、もう周知されてしまったのだ。

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