第19話 舞台裏
「うまくいきました、イオ様」
トローニティー子爵とナナは公爵家でイオリティに経緯を報告した。
「良かったわ。本当にありがとう。これで、一つ目は解決したわ。――最も、もう一つがお披露目されてしまえば台無しなんだけれど」
はぁ、と深いため息を吐くイオリティ。安堵というよりイラつきを感じさせるそれは深く重かった。
国内の貴族だけが集まるのならば、まだどうにか恥を曝す程度で済む――いや、それも本当は良くないのだけれど、イオリティにダメージはない。だが、外国からの賓客の前で国の恥を曝すわけにはいかないのだ。隙をつかれることは国益を損ないかねない。
かといって王家の紫に手を出して咎められたり、敵対派閥に攻撃の機会を与えるわけにもいかない。王太子に訴えても、王妃が認めてしまえばそのままなし崩しに許可を得てしまうかもしれない。いや、もしかしたら王太子も……。
「なぜ、あんなデザインにしたのかしら」
「確かに、アレはいただけませんね」
トローニティー子爵は先ほどまでの愛想の良さなど微塵も感じられない嫌悪感丸出しの表情で答えた。
「そうなの?私、デザイン画しか見ていないんだけれど……」
「見ない方が、精神的にいいと思います」
ナナがきっぱりと言い切った。
「そうかもね……。叔父様、本当にご苦労をかけてしまって申し訳ありません」
「いいえ大丈夫ですよ、イオ。光の魔石をたくさん融通してもらっただけでも十分お釣りが来ます。それに、可愛い姪っ子のわがままくらい、いつでも聞きますとも」
微笑んだ子爵は、そっと封筒を差し出す。
「こちらが、イオのアクセサリーセットと、殿下のタイピンとカフスのデザインです」
イオリティはサンドレッドのアクセサリーを無属性創造魔法を使って作り上げた。非常に苦心したが、満足のいく出来栄えだったこともあり、どうせなら光の魔石を使用して自分と王太子のアクセサリーも作ろうと考えたのだ。
光の魔石ならばもし万が一王妃が何かをしてきても防ぐことができるのではないかとも。
「ありがとうございます!素敵だわ。こんな風になるのね」
ところがいざ作ろうとしたら、デザインが全くうまくいかない。そこまでのセンスと才能は持ち合わせていなかったらしい。慌てて
彼はイオリティの魔法に気付いたかもしれないが、口を噤んでくれている。
(サンドレッドの超可愛いふりっふりデザインは、すぐに思いついたのに……)
もしかしたら、自分にはセンスがないのかもしれない。
そう思ったら落ち込んでしまった。
王太子の執務室に訪れたのは、公爵家次男のトリスタン・カスリットーレだった。
イオリティより幾分か柔らかな顔つきで、貴公子然とした見た目ながら鍛えられた体躯を持つ宰相補佐室のエース。
「殿下、妹を怒らせたそうですね。|そろそろコンタスト伯爵令嬢を選んだらいかがです《うちの可愛い妹を解放しろや》?」
そして、ちょっと家族に対する愛が重い。
「……やはり、怒らせたのか、俺は……」
目蓋の裏に浮かぶのは、ぎこちない笑みを浮かべたイオリティ。
考え込むように呟いた王太子がトリスタンの
「元々無かった愛情がますます嫌悪に傾きつつあるでしょうね」
「嬉しそうに言うな」
元々無かった愛情、というフレーズがぐさりと刺さる。
「だいたい、大して大事にされていないとは言え、婚約者候補に散歩へ誘われて付いて行ったら、いきなり騙し討ちのようにアレの前に晒され、対処させられて。……うちの妹は、殿下の都合の良い部下でも使い勝手の良い道具でもありません」
冷たく睨み付けるように吐き捨てられたトリスタンのセリフに、心臓を締め上げられるようだった。顔から血の気が引いたのがわかる。
「そんな、つもり、は……」
「殿下が他者の機微に
何せ、周りがアレでおかしなことになってましたから。
言葉だけは同情しているようだが、一つ一つの単語に刃が仕込まれているようだった。
「なぜ始めから妹に協力を求めなかったのですか?散歩に誘って、まるで婚約者候補へ心配りをしたかのように見せかけて、あからさまな利用……など。妹の善悪につけこみ、大事な人として扱っていないとーー利用するしか価値がないとでも言うような扱いは、到底受け入れられません」
「そんなつもりはない!利用だけの価値などと……そんな風には思っていない!」
声を荒げて否定する王太子を見つめるトリスタンの眼差しは冷たいままだ。
「つもりはなくとも、そう扱ったのですよ」
「……」
甘えがあったのは確かだ。
誠実で思いやりのあるイオリティなら、あの惨状を見て対処しないわけがないだろうと。
気付かなくとも、アレを少しは押さえられるかもしれないと。
そう思って、連れていくことを決めたのは王太子である自分だ。
「アレに知られると厄介ですから、王家に正式な苦情を奏上するのは控えます……が、公爵家としては、決して受け入れられる扱いではないと思っております。それは、お忘れなく」
「ああ。本当に……申し訳なかった」
「次はありませんよ」
「ああ」
「カスリットーレ家は、イオリティを無理に王家に嫁がせてなくとも良いと思っていることを、再度お伝えしておきます」
「……ああ」
胸の中に苦く重いなにかが溜まっているように感じた王太子は、頷くだけしかできなかった。
「そうか」
己の執務室で
「ええ。全くご自分のやらかしたことにお気付きではありませんでしたよ」
「人の機微に疎く、愛が重いのは王家の特徴だからな」
トリスタンの眉根が寄せられた。
「イオとコンタスト伯爵令嬢と間でどっち付かずの態度を保っているわりには、王家は
「目を掛けすぎているのは、王妃殿下だからな。それに流されている王太子殿下もまだまだだということだ」
「殿下の気持ちだけで妃を選ぶわけではないのも解っています。現状を鑑みるに、イオリティが適任であることも」
だが、それが妹の幸せになるのだろうか。
貴族の責務とはいえ、便利に使われるような王家に嫁がせたくはない。王太子にそれなりの実力があるのだから、サンドレットでも充分なはずだ。
何しろ王妃という前例がある。
「親として、家族としては概ね同感だ」
宰相は息子の意見にそう答えた。
「だが、国を思えば……二代続けて愚妃を戴く愚を犯すことは避けたい」
「父様……私は、妹に少しでも幸せな愛のある結婚生活を与えてやりたいと思います。選択肢が有る限り、最善を選ばせてやりたいのです」
それを聞いて、
「勿論、我が子に大切にされないような、愛されないような人生を送らせるつもりはない。お前達は、私と妻の大切な子どもだからな」
「それを聞いて安心しました。ありがとうございます」
微笑んだトリスタンは、懐から折り畳んだ資料を取り出す。
「で、ここからが仕事の話です、閣下。こちらをご覧ください」
受け取った宰相は、さっと目を通すと直ぐに息子へ返した。
「……そうか。妖精は消えたか」
「はい。力を失ったのか、ただ側を離れたのかは判明しておりません」
「今後、戻ってくるのか否か……」
王妃の側にいた妖精が消えた途端、少しずつ正気に戻るもの達が出始めている。王妃の力が消えたわけでもないので、今後妖精が戻ってこないとも限らない。
「そこまでは解りません。王都近郊まで範囲を広げて探索しましたが、存在は確認できませんでした」
トリスタンは探索魔法という特殊属性を持つ。探したり調べたりに特化したものだ。
学園の魔法科に所属していなかったので、その事を知るのは父と兄のみである。
「人が妖精をどうこうすることは難しい。だが、人のルールで権力を削ぐことは可能だと、王妃殿下にご理解いただこう」
理解する頭はないかもしれないがな。
宰相は息子に指示を出し、部下を集めた。
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