第17話 公爵家③

 図書館で調べたことと思い付いたことをナナと相談するため、翌日は午前の授業終了とともに公爵家に戻った。

「炎からできるエネルギーを、馬車を押すのに使うと後ろに被害を及ぼしそうでしょう?だから、車輪そのものを動かすようにエネルギーを使えないかと思って」

「前に押すんじゃなくて、車輪を回すんですね!」

 馬を必要としない馬車は、二人の共同開発として学園に経過を提出していた。

 イオリティの収納の魔道具を公表できないため、他の実績が必要だからだ。

 ナナの火炎魔法とイオリティの無属性魔法は非常に相性が良かった。時折、光魔法を使うことも忘れないようにしているが、どうやら光魔法はあの紫を打ち払う以外に大したことはできないようだった。

 ナナは単なる魔力操作と光魔法だと思っているようだが、その内無属性について説明したほうが良いかもしれない。

「これが完成したら、馭者が居なくても行きたいところへ走らせることができますね」

「馬も要らないしね。その分、魔石が大量に要るから火や炎の魔力持ちか、資金力のある者でないと維持できないわ」

「他の魔力をエネルギーそのものに還元できる仕組みを作りたいですね」

「いつか、やってみたいわ。そうすればあらゆる魔道具がもっと様々な場所で安価に活用できそうね」

 今すぐは時間が足りない。

 だけれど夢中になって取り組みたい。

 イオリティは余計な事を一切考えずに集中できる状況が欲しかった。

(――やっぱり、どこか変)

 手のひらサイズの試作品をあれこれと作りながら、ナナは彼女の様子を伺っていた。

 昨夜、王宮図書館から帰ってきたイオリティの顔は見たことがない程強張っていた。王子とのお茶会の時ですら強張っているのはごくごく微かで、ナナやヘレナにしかわからないくらいだったのに。

(また、あのコンタスト伯爵令嬢が何かやったのかな?)

 思い浮かぶのは王宮の庭園や学園の廊下で起きた寸劇。

 アレのくっさい演技はうすら寒くて、理屈もおかしくて、思い出すだけでも胃のあたりがざわざわと落ち着かない。

(なんで、あんなのが未だに王太子妃候補なんだろう?王子様と王妃様に好かれてるから?――国民としては、アレが国を治めるとか、不安でしかないし。……あ、王妃様も変だっけ……)

 あんなのに大好きな親友が煩わされているだなんて許せない。

 ナナからすると王妃もサンドレッドもゴキブリのような存在でしかなかった。

(大丈夫じゃないよね、絶対)

 時折、瞳孔が開き切ってるんじゃないかというくらいの強張り方で固まるイオリティを見て、ナナはきゅっと眉根を寄せた。

「イオ様、昨日なにかありました?」

 問いかけに、びくりと肩を揺らしたイオリティ。

「……な、にか?」

 応えたその目に光がない。

「ええ。例えば、あのコンタスト伯爵令嬢のクソさッッむい寸劇に巻き込まれた、とか」

 思った以上に嫌悪感が滲み出たセリフになってしまった。

 平民出なので、もっとひどい表現だってできるが職場なのでちょっと弁えた……はず。

「クソさ……。ち、違うわ。昨日は寸劇は上演されていないし」

 思わず笑ってしまったイオリティにほっとしたナナは、ならば原因は王妃かと首を傾げる。年がいってる分、あっちの方が手ごわくて厄介そうだと思う。一応不敬に当たるから、口に出さないけど。

「ボスの方ですか?」

 王妃と口に出すのはまずいので遠回しに告げたのが良かったのか、イオリティがいつもの雰囲気に戻った。

「言い得て妙ね、それ。……その、ね。……ちょっと、殿下と、庭園を散歩しただけよ」

(なるほど、そっちが犯人か)

 ナナの中で、王子が敵陣営側に確立された。

 今までだって、あの二匹……じゃない、二人を放置している駄メンズという認識だったが、イオリティのもしかするともしかする恋心を慮って、敵認定はしていなかっただけだ。

「選ばれるのは自分じゃないんだろうな、とは判っていたから別にいいんだけど……。旨いこと利用されたって言うことに、納得できなかっただけよ」

「は?何ですか、それ!利用ってどういうこと?!しかも、イオ様を?」

(何してくれとんじゃ、駄目王子!)

 火を吐けたのなら、今すぐ丸焼けにしてやりたい!

「許せないっ!」

 怒りとともに吠えたナナを、イオリティは慌ててなだめた。

「でも、仕方ないことだから、理解はできてるの。ちょっと納得できなかっただけだから、大丈夫よ」

「いや、大丈夫じゃないでしょう?利用されたんですよね?」

 口から言葉だけでなく火炎を吹き出すのかという勢いで、ナナは憤った。

「その、ね……」

 ナナの憤りが嬉しかったイオリティは、少し元気づけられて昨日の庭園でのことを説明した。

 初めからきちんと説明して要請してほしかった。そうすれば、協力したのに。道具の様に扱われた気がしたと。

 そんな気持ちまでぽろっとこぼしてしまった。

(こっちに碌な配慮も何もしないくせに、利用ってどーゆこと?王家、クソじゃん!あー消し炭にしてやりたい)

 ナナの怒りは収まるどころか、燃料を投下されっぱなしだ。

 あのひどいお茶会に招いた王妃も、王太子妃候補に選ばれているサンドレッドもイオリティにとって害でしかないと思っている。

 あそこから遠ざけるには、さっさと王子とアレをくっつけてしまえばいいのでは……?とまで思い至った。

(わたし、天才では?仲良くダメ同士でくっつけば、平和だわ。そうすれば、イオ様は自由)

 友人としても傍に仕えるものとしても、イオリティにはには学園生活や研究を楽しんでもらいたい。

 平民の自分にできることは高が知れているが、二人をくっつける手伝いくらいなら何とかんなるのではないだろうか。

 ナナが思ったその横で、イオリティは少し気が楽になった。 

(こんな弱音を吐くなんて、私、思ったよりダメージを受けてるの?……ちがうわね。ナナが親友として気遣ってくれたから、本音を曝せたのかもしれない。ヘレナもナナも私にとって、本当に大切で貴重な存在だわ)

 だから、決めた。

(所詮利用される程度の扱いだったってことだし、さっさとサンドレッド様を選んでもらわなくちゃいけないわね)

 奇しくも、主従の目的が一致した瞬間だった。





 休憩をとっている二人のもとへ、魔石便による短文メッセージが届けられた。短い文章を安価に届けられることから貴族の間では重宝されているが、特殊な結界が張られている場所や受付拒否をしている場所には届けられないうえに、届ける場所の事前登録が必要となってくる。

「あら、アレクサンドラ様からだわ」

 執事から手渡された青い鳥の形をした手のひらサイズの魔石。

 魔力を代償に声を届けるそれに、イオリティはそっと再生用の魔力を与えた。

『予備のドレスも、同じデザインでした』

 ころんと、転がり落ちる魔石。魔力を失って透明な鳥になってしまった。

「……いま、すっごい不吉なメッセージじゃなかった?」

 クッキーをほおばっていたナナへ尋ねると、無理やり飲み下したような顔をしていた。

 口の中の水分を持っていかれたのか、冷めた紅茶をグイっとあおってからこちらへ向き直った。

「もう一回、再生します?」

 少しだけ魔力を注げば再生できる。青くなるまで魔力を注げばメッセージはクリアされて新しく録音できるのだ。

「正直、聞きたくないわ」

「わたしもです」


 


 

  

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