第2話 学園①
学園の入学式は粛々と執り行われ、新入生代表の挨拶も二位にかなりの差をつけて主席合格したイオリティの、いわゆる『学園デビュー』として最高の結果を出した。
ご友人と呼ばれるご令嬢方が早速取り囲もうとしたが、イオリティは週二日で3つの授業しか普通科行政コースにいない。ご令嬢方は淑女としての貴族コース所属のため、一定以上の仲にはなれないでいた。
「今日から、魔法学と魔道工学の実技が始まるのよね?」
優雅にお茶を飲みながら聞いてきたのは、ヘレナ・ストラディア辺境伯令嬢。おっとりとした色気を醸し出す美女だが、隠れた剣豪でもあるのだ。
「そうね。やっとだわ。色々試してみたいことがあって、本当に楽しみにしているのよ」
親友の言葉にイオリティは期待を隠せないように頷いていた。
この二か月、基礎をみっちりと学びようやく実技が始まるのだ。
「そう。学業が楽しめるのはいいことだわ」
親友の様子を見てヘレナは安堵したようだった。魔法科の魔道実践コースに所属するヘレナは辺境伯家の教育の賜か、魔法と剣の天才だ。ドレス姿からは想像もつかないほどの圧倒的戦力を持つが、一般には知られていない。大多数の者は普通の補助魔法使いだと思っている。
(見た目詐欺よね)
幼少時から二人は仲が良かった。それこそ、すべてを知り尽くすほど。
勿論、先日の謁見中に前世の知識を少し思い出したことも話してあった。
二人は学園内で授業以外は一緒にいる。だからこそ、サンドレッド・コンタスト伯爵令嬢とユアン王太子の噂は耳にしている。
「そういえば、ヘレナは実践授業で大活躍って聞いたけど」
「それはそうよ。実戦をいやというほど経験してるのはわたくしくらいだわ。辺境伯家を舐めないでいただきたいわね」
ヘレナからすると、実戦魔法も剣術も戦闘訓練もお遊びにしか見えない。並み居る教師陣よりも自分の方が強いのだ。ドレスにヒールで戦っていても、全くハンディキャップにならない程の実力差。いや、ストラディア家は正装こそ、戦闘服であった。国境にちょっかいをかけてくる他国との戦も男性は式典服、女性はドレスで臨む。
そんな家の実力者だ。義務で無ければ、とっくに自主退学か自主休校をしている。
卒業資格取得者であっても、1年間は所属しなくては卒業できないなど、誰が決めたのか。休んでもかまわないなら、さっさと卒業させてくれればいいものを。
「イオが卒業を決めてくれたら、わたくしもさっさと辞められるわ」
学生は休んでも成績さえ保てればよいのだ。年に二度ある試験だけに参加することも、卒業資格さえ取得していればテスト免除すらも許されている。
「あら、魔法が面白くてずっと在籍しているかもしれないわよ」
「そのときは、私も魔法学コースに転向するわ。途中辞めになったとしても、実践コースで卒業資格はもう取れてるのだし」
かわいらしいクッキーをぽいっと口に放り込んで、セレナは肩をすくめた。
「さて、そろそろ着替えて教室に行かなくてはね。セレナも頑張ってね」
カフェの給仕に合図を出し、二人は席を立った。
「では、後でまたお会いしましょう」
セレナの優雅な微笑みを見て、午後からの実践コースのクラスメートに同情したのは秘密だ。
(さて、優雅且つ速やかに移動しなくちゃ)
魔法科の学棟は研究室や実技室などの設備により普通科の数倍の敷地を持つ。
正直、走りたい。もしくは、自転車が欲しい。
同じく広い敷地を持つ騎士科は屋外施設の割合が多いため、広くは感じられない。セレナ曰くの「お遊び用の適度な広さ」だとか。辺境伯一家にかかれば、王都の騎士なぞ取るに足らない存在なのかもしれない。
午後一番の授業は魔法学の授業だった。今日は適性検査と基礎実践というカリキュラムが組まれている。
教壇と学習机の間にやたら広い空間をとってある魔法学実践第一教室に入ると、大きな黒板に座席表が描かれていた。
窓際の一番前という特等席に名前を見つけ、いそいそと座った。
周りは下位貴族と裕福な平民と特別奨学生の姿がほとんどだった。上位貴族で魔法科を選択するのは特殊な家庭であったり、才能に恵まれていたり、家で魔法を学べなかった者であったりする。特に才能に恵まれているわけでは無いイオリティのような上位貴族の、さらに最上位の令嬢が所属するような場では無い。
「イオリティ様」
ぎこちない礼をとって声をかけてきたのは平民の少女ナナだった。
「ナナ。あなたの前で良かったわ」
特別奨学生であるナナはこのクラスで二番目の成績であるため、イオリティの後ろに席があった。
「あたしも嬉しいです。イオリティ様と一緒に色々できるようになりたくって、必死にテストの点を取った甲斐がありました!」
魔法科はある意味実力主義だった。身分など関係なく成績ですべてが決まる。身分差を考慮される騎士科や完全身分制の普通科とは違う。制服も学年カラーのローブ、実技授業などは特殊加工された作業着である。
(これって、つなぎってやつよね)
分厚い上下一体の長袖長ズボンの服を見つめて、イオリティはため息をついた。
王太子やその側近が見たらそっと目をそらされそうだ。
「よくお似合いですよー。あたしなんか、馴染みすぎてるかもしれないですけどね」
イオリティが服を見ながらため息をついたのを見て、ナナが慰めてくれた。
「着替えるのが大変だったけれどね」
通常の魔法科の制服は日本の高校生のようなセーラー服っぽいものにローブ、普通科はシンプルなドレスっぽいワンピースだった。騎士科はもちろん簡易な騎士服である。
「日によって、普通科の授業のあとに魔法実技になったりするんでしたっけ?」
「そう。まさに、今日がそれだったの」
専用更衣室でのあの大変さ。
学園内に専属の侍女を連れてこられないことに不便を感じるようになるとは。
「普通科の制服って、脱ぐの大変そうですもんね」
「ええ。それに着るのも大変そうよ」
心底うんざりした、という表情でイオリティは答えた。
普通科や王宮と違って、ここでは素直に振る舞える。ヘレナのそばも心地よいが、もう一人の親友とも言えるナナのそばも居心地が良かった。
「今日って、普通科の制服に着替えないといけないんですか?」
そのまま帰ればいいのに。
ナナの言うことはもっともだ。午後は魔法と魔道工学しかない。帰りも馬車だし着替えなくともさほど困らないはずだった。
「今日は、恒例のお茶会があってね」
小さな声でつぶやかれたそれに、ナナの口元が引きつった。
「今日だったんですねー」
ナナの声も心なしか小さい。
仲良くなった当初、ナナはイオリティが王太子の筆頭婚約者候補だなんて知らなかった。貴族だとは思っていたけど、公表されている婚約者候補様の名前なんてうろ覚えだった。婚約者が決まってから名前を覚えりゃいいや、なんて平民感覚は学園内では危険だと思い知ったのは、半月たってからだ。
たまたま用があって行った特別棟のサロンから出てきた王太子と二人のご令嬢。
そのうちの一人を見て叫ばなかった自分は偉いと思う。
周りのささやきから婚約者候補だと知って、翌日友人の口から聞かされた事実。
『でも、私が婚約者だとは限らないわ。むしろ……』
そっと目を逸らしたイオリティの言いたいことはなんとなく伝わった。
ナナが見たとき、王太子は二人に話しかけていたが、もう一人のご令嬢を気遣わしげにしていた。
偶々かもしれないし、ナナの勘違いかもしれない。イオリティの反応から、偶々ではなさそうだと思ったが、この高貴な友人は時々天然だから……。
しっかりしてそうなイオリティとかわいらしい感じのご令嬢。
対照的な二人だなぁと思った。そして、イオリティはこのお茶会に苦痛を感じているのだとも。
「不本意だけど、次の魔道工学の課題が見つかってしまったわ」
作業着を見つめながら苦笑したイオリティ。
「なんか、とんでもないモノ開発しそうですよねー」
近いうちにナナの突っ込みは現実のものとなる。
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