Rehearts二次創作 ユウラサイドストーリー・闇組織を叩け!

伊達サクット

第1話 北支部

 白暦七百三十六年。

 

 これはランテとセト達が出会うおよそ半年前のこと。



 白軍北支部本部の支部長室。


 支部長ハリアルと実戦部隊を率いる両雄、セト副長、アージェの三人がそこにいた。


 支部長室隅に置いてあるテーブルを囲んで話をしている。


「支部長、本気でそんな依頼受ける気ですか?」


 アージェが筋肉質の腕を胸の前で組み、訝しげな顔つきでハリアルに言う。


「例の組織の報告が既に何件か情報部から上がってきている。西支部と情報を共有するためにも申し出は受けようと思う」


 椅子にハリアルはアージェに視線を移し、少しだけ口元をほころばせた。


 話の発端は、西支部から届いたゴダ支部長直筆の依頼書である。


 依頼書によると、西地区の港町・ウォールリバーを中心に、人身売買・武器の密輸・更には麻薬の売買などあらゆる違法行為を行う武装集団がはびこっており、その対応に手を焼いているというのだ。


 その犯罪組織の名は『闇の牙ダーク・ファング』。


 北地区でも以前から類似した組織の犯行は問題になっていた。


 この前、北支部情報部の調査により、類似組織の名が判明したのだが、その組織名も闇の牙ダーク・ファングであった。つまりは、西地区と北地区で活動している組織は、同一組織だったのだ。最初は西地区を拠点に活動していたのだが、縄張りを広げて北にも魔の手を伸ばしたことが明らかになったのである。


 ハリアルはこの件に関して、西支部にダーク・ファングの取り締まり強化を求める抗議の書面を送りつけていたのだが、その返答として、西支部より連携して対応に当たってほしいという依頼が来たわけだ。


「でも、何で西は中央に応援を頼まねえんだ?」


 アージェが言う。


「この前、西が中央の中級司令官を島流しにしたという話は知っているな?」


「はい」


 セトとアージェが同時に頷く。


 中央の中級司令官が、西支部のあかし持ちの女性兵士を夜な夜な部屋に連れ込み、部下達と性的暴行に及んだのだ。


 西支部はそのことを突き止めて、犯行に及んだ中級司令官と部下達と逮捕した。


 中央は犯人達の身柄の引き渡しを強く求めたが、西支部はこれを断固として拒否し、犯人達の遠島流罪を強行したのである。


「いつも中央に尻尾を振っているゴダ支部長にしては意外な判断だったと思います」


 セトが言った。


「本当にゴダ殿の判断かは分からないが。ただ、それで西は中央の不興を買ったのは間違いない」


 ハリアルがテーブルに肘を付き、セト、アージェ両名の顔を見比べた。


「情報部のエイリルを、西に潜らせていた」


「そう言えば、あいつここんとこ見てなかったな」


 アージェが思い出したように言う。セトは黙って聞いている。


「エイリルが持ち帰った情報によると、二十日程前、西の領海で中央軍の船がダーク・ファングの海賊船に襲われたらしい」


 セトとアージェは少しばかり面食らったような反応を見せた。ハリアルは更に続ける。


「しかも、襲われた場所は西支部が大見得切って中央に推薦した航路だったらしい。自分達が警備している海域だから間違いなく安全だと豪語していたのだ。そこを襲われた。それもさっき話した強姦事件を、独自で処罰した直後のことだ。西は今、苦しい立場に置かれている」


「楯突いた矢先の大失態、完全に中央を怒らせましたな、こりゃあ」


 中央や西支部を嫌うアージェがにやにやしながら言った。楽しそうだ。


「そういうことだ。更にエイリルによると、西はダーク・ファングの捜査がなかなか進展しておらず、何か事件が起こってその都度動くという、後手後手な状況らしい。そしてダーク・ファングは我々の所にも姿を現すようになった」


「それじゃあ俺達は西のとばっちりってわけですかい? なんだってそんな西の尻拭いを俺達がしなきゃならないんです」


 アージェが露骨に嫌な顔をした。


「だから西には私の名で抗議の書面を送り、問題の早期解決を訴えたのだが、西はそれをきっかけにこちらに協力を願い出たというわけだ。あちらとしては中央の人間を島流しにした件と船が襲われた件、中央に二つも大きな借りを作ってしまった。そこでアージェが先程言った『なぜ西は中央に協力を求めないのか』という問題が出てくる。セト、西は何を考えていると思う?」


「おそらく何としてでも自分達の裁量内で事態を収拾してみせたいのでしょう。今の状況で中央に助力を求めると、西支部はこれまでのように一応は独立して軍を運営することが難しくなってきます。ダーク・ファングの件は中央が主導権を取ることになるでしょうし、それがきっかけで中央がこれまで以上に支部の内部に入り込み、統制を強める口実を与えることになる。だから、同じようにダーク・ファングから被害を受けている我々に協力を申し込んできた」


 セトの話を聞き、ハリアルは小刻みに何回か頷いた。


「その通りだ。そういった向こうの事情は抜きにしても、我々はまだダーク・ファングの情報が少ない。連携して早期解決を図ることはこちらとしても望むところだ。なので、選りすぐりの者を西支部に派遣することにした」


 セトとアージェはほぼ同時に「分かりました」と返事をし、ハリアルの話を受け容れた。


「それで人選だが、私の方で大方考えている。今回は派遣となるから基本的には遠征部隊の領域だが、エルティや西のウォールリバーといった市街地の捜査となると、警護部隊の専門性も必要になってくる」


「俺が行きますか?」


 セトが名乗りを上げた。


「いや、セト隊とアージェ隊の要であるお前達を動かしたくはない。ユウラとリイザを貸してほしい」


 セトには北地区の西部、アージェは東部への遠征部隊(=実戦部隊)の隊長を任せている。今の北支部に、この二人を他の地域へ回す余裕はない。特にセトは中央から狙われているので、中央の息のかかった西支部へは派遣せず、ハリアルの手の届くところに置いておきたかったのだ。


「了解しました」


「分かりました」


 両名、ハリアルの判断に異存はないようだ。


「そろそろでき上がっている頃か……。ちょっと待っていてくれ。オーガスとエイリルを呼んでくる」


 ハリアルはしばし部屋から出て行き、二人の兵士を伴って戻ってきた。警護部隊総務部所属のオーガスと警護部隊情報部所属のエイリルである。


「オーガス、頼む」


「はい」


 ハリアルの祐筆ゆうひつ的役割を担っているオーガスが着席し、テーブルに数枚の書類を広げた。そして、蓋を閉じたままのペンを左右に走らせながら説明を始めた。座る椅子がなくなったエイリルは、部屋の隅に置いてある小さな椅子を持ってきて、四人の遠巻きに座った。


「西支部への回答を作成しました。派遣するメンバーのリストがこれです。まず、実戦部隊から、セト隊のユウラ副官、テイト教官。アージェ隊のリイザ副隊長。警護部隊から、警護部のダーフ。そこの、情報部のエイリル。物流部のジュン。そして私、総務部オーガス。合計七人が西に入って捜査に当たります。西の使者が今エルティに滞在してますので、この書面を渡し、我々は三日後にウォールリバーに向かいます。ウォールリバーは五日もあれば到着するかと」


「よろしい。エイリル、今回の共同作戦、西は中央には話しているのか?」


「この件、西は中央に黙ってやってます。向こうに潜ませている者の手引きで、スフィリーナの商人の用心棒に扮して、上手いことゴダ支部長とネリドル副長を交えた酒宴に同席できました。そこで聞いたんですが、西は今回の件に関して、中央の口出しを受けるのを嫌がっています。北の力を借りつつも、自分達がリーダーシップを取ってダーク・ファングの撲滅に当たり、その後で中央に事後報告すれば問題ないと思っているらしいです」


 エイリルがセト達の背後から顔を覗かせ説明した。


「ゴダ支部長が他に言っていたこと。私は既に聞いたが、彼らにも説明してやってくれ」


 ハリアルが更にエイリルに説明を促す。


「ゴダ支部長は意外と面白い人物でした。とにかく話が絶対スベらなくて、話す度にみんなの爆笑を誘い、おいしいところをかっさらっていくのです」


「そんなことじゃなくて」


 ハリアルが小声で言う。


「あ、はい、すみません。あのですね、ゴダ支部長は、中央と敵対することは絶対にないから安心して中央と商売をするようにって商人に話してましたね」


「なるほど。西は反抗することはあっても、敵対することはないと」


 セトが言う。


「はい。そして、ネリドル副長を通して、必死に中央のご機嫌取りや、西に天下りした元中央の有力者達への根回しをしているようです。この前の、中央の司令官を処罰した件で。私が得た情報はここまでです」


 エイリルの説明が終わり、再びオーガスが西への回答の書面の解説をしばし行い、話し合いは終了した。


「そうだ、セト。ユウラに、手が空いたらここに来るよう伝えてくれないか」


 ハリアルが退室するところだったセトに言った。


「了解しました。伝えておきます」


 アージェも退室し、部屋にはハリアル・オーガス・エイリルの三名が残された。


 そんな中、オーガスが心配そうな顔をして切り出す。


「あの……、支部長」


「ん?」


「例の、激戦区からの依頼の件。ザガン隊長にはどう回答しましょう。西の件よりそっちを優先させないと前線から不満が出ると思います」


 彼が言う依頼とは、癒し手のマーイを激戦区に常駐させてほしいという内容だった。その要望を伝えにエルティにやってきたのは激戦区派遣部隊の総指揮官・レクシスの指揮下にあるザガン隊長で、ノナタの宿に滞在している。


「分かっている。それに関してはもう答えは決まっている。マーイを激戦区へ遣るわけにはいかない」


 オーガスが怪訝そうな顔をして頷いた。頷きはしたが納得できていない様子だ。


「しかし……。レクシス殿には何と?」


「癒し手の仕事は市民を癒すのも含まれている。それに北支部が独自で抱える貴重な軍属の癒し手を戦場で万が一にも失うわけにはいかない。それに癒し手は中央軍にもいる。中央の癒し手によって回復させればいいだろう」


「いや、どうもマーイの派遣を望んでいる理由はそこにあるみたいで。我々と中央の対立が深まるのに合わせ、中央の癒し手は北の兵士の治療に消極的な態度を取ることが多くなっているとか」


 中央と北の政治的事情が、最前線で命を張っている兵士にも影響している。本来ならあってはならない話だが、組織のトップに立つ者としては、ときには不条理なことを下の者に強いることもしなけらばならない。一年と半年ほど前であったか。デリヤを追放したときのことが思い出される。ハリアルは自分がほとほと無能な支部長だと痛感した。


 こんなとき、東支部長のオルジェならどういう判断を下すのだろうか。北以上に中央と表立って対立し、黒軍の脅威に最も晒されており、激戦区に一番兵を派遣している東支部。そんな東支部のガラス細工のように脆い基盤の上にかろうじて成り立っている均衡を長きに渡って維持し続け、あれほど厳しい(時として冷徹な)人柄にも関わらず多くの将兵から慕われ、信望を寄せられているオルジェのような支部長に、若輩の自分がなれるのであろうか。


 しかし、自分が支部長という立場である以上、自分の判断を信じるしかない。たとえそれがベストな判断ではなかったとしても。このハリアルが自分の判断を信じられなくなったら、それに命を託す北支部の将兵は何を信じればいいのかという話になってしまう。


「……それも承知している。しかし、マーイを派遣することはできない。これは支部長ハリアルの命令である。オーガス、ザガンにはそう回答してくれ。その代わり、薬品等の補給線は決して不備を生じさせないよう、物流部の兵站部門には強く釘を刺しておく」


「いやあ……。ちょっと勘弁して頂けないですかね支部長。そんな説明であの人が納得するわけありませんよ」


「オーガスふざけんな! 支部長に向かって何だその物言いは! 口を慎め!」


 エイリルが慌ててオーガスの言葉を遮った。


「うっせーエイリル! ザガンさんにそんな回答寄こしてみろ! 下手すりゃその場で斬られるぜ?」


 そう言って、オーガスは腰に提げている革袋をハリアルの眼前に突き出した。革袋から出てきたのは何重もの布に丸くくるまれているものだった。


 オーガスが血の染みついた布をめくると、そこには切断された一本の指が入っていた。小指のようだ。


「これ誰の指だよ」


 エイリルが顔を歪めた。


「……これはザガンの?」


 ハリアルが言う。


「はい。私の方から事前に話してはいたんです。難しいと思うって。それで今朝、また宿で会ったんですが、私の目の前で短刀を取り出していきなり指を切ったんですよ。もし癒し手を戦場に連れて行くことができなかったらレクシス殿に合わせる顔がない。これを支部長に見せて、決意を伝えてくれって。これじゃもう剣握るのに力が入らないじゃないですか言ったら『どうせマーイを呼べなければ俺に存在価値はない』って。血だまりになった床、掃除したの私なんですからね。まさか宿の雑巾で拭くわけにもいかないら、私がパンツ脱いでそれで雑巾がけして、止血しました。朝っぱらから部屋でこんなことしてるのノナタさんに知られたら面倒ですからね!」


 ハリアルは指を受け取って、布に包み、深い溜息をついてポケットにしまった。


「分かった。私が直接話しに行く。お前は三日後の西支部行きの準備をしてくれ。この指はマーイに繋げさせよう」


「了解しました」


 オーガスがほっとしたように言う。自分がザガンに説明する責任がなければそれでいいらしい。


「えっ? いくらマーイでも、それは無理では?」


 エイリルが眉をしかめて言う。一般的に癒し手は、切断された部位を繋げることまではできないと言われている。


「指なら断面が小さいから、マーイなら何とかできる。以前と同じように動くかどうかはまた別問題だが」


 ハリアルが答える。だが、それでもマーイの呪力の大部分を消耗することになるだろう。


「なるほどー。癒し手を連れて行くこともできずに、自分は切った指を癒し手に治してもらうなんて皮肉なもんだザガン隊長も、あっはっは!」


 エイリルが自分で言った発言内容に対して、一人でへらへらと笑った。ハリアルは不快感を覚え、刺すような鋭い視線でしまりなく笑うエイリルを睨み据えた。


「はっはっは……。え、あ、いや、その、し、失礼しました!」


 エイリルが青ざめた顔をして、引きつった表情で謝罪した。


「そ、そうだ! 失礼ついでに、すみません支部長。ちょっと人払いをしてほしいのですが」


 ハリアルがオーガスに「すまん、ちょっと外してくれ」と声をかけると、オーガスは「失礼します」と言って敬礼し、部屋を後にした。


「どうした?」


「今のオーガスの言ったことと関連しているのですが、直近の殉職報告書。あれ、調べたところ、おそらく事実と違っています」


 エイリルはハリアルにぎりぎり聞こえるくらいの小声で話した。


 これはハリアルが戦死者の数に関して以前から疑問に思っていて、何か裏がないかエイリルに調査を命じていた件である。


「……裏付けは?」


 ハリアルも小声で答える。


「不完全ですが、限りなくは」


「聞こう」


「これです」


 エイリルは制服の内ポケットから一枚の羊皮紙の切れ端を取り出した。


 紙には『敵弓兵二個小隊、渡河開始』と走り書きで書かれていた。


「激戦区の伝令用紙を手に入れたんです。これは日付では殉職報告書の後に書かれた物となります。そして、この筆跡と、殉職報告書に名前が挙がっているアンセムという者が以前書いた書類の筆跡が似ているのです」


 つまりは、殉職報告書に名前が挙がったアンセムという兵士は、実は生きており激戦区で伝令の任務をこなしていることになる。激戦区派遣部隊は、生きている兵を死んだことにしているのだ。


「ふむ……。だが、それだけでは証拠にはならない」


「でも、こんな下手くそな字は他にいるはずありません。一応部内で筆跡を鑑定中ですが」


「この件はお前と私以外に誰が知っている?」


「セーウィン情報部長だけです。これに関してはもう、部長判断で鑑定担当のヒラカン殿にも回さず、部長自らの手で鑑定してます」


 ハリアルは腕を組んでしばらく考え込んだ。


 確かに、セーウィン情報部長の判断は正しい。ヒラカンは以前は激戦地にてレクシス直属の諜報員を務めていて、ディオン副指揮官とも旧知の仲だ。


 そしてセーウィンは用心深く、性悪説の権化のような男だ。利害相反者と繋がりのある者には絶対に秘密案件は共有しない。


 ヒラカンは矢の飛び交う敵陣に飛び込んで、血まみれで片目と引き換えに黒軍の本陣の正確な位置を確認してくるような威力偵察を平気で行う、幾度も修羅場で死に損なってきた男だ。眼帯の着用によって外見に特徴ができてしまい、密偵の仕事に支障が出たため北支部本部の情報部に転属となったが、ヒラカンの心は今でも激戦区にある。聖戦にある。今エルティに滞在しているザガンにも随分と同情的だったと聞く。


 だからこそセーウィンはヒラカンにこの件は共有しない。ヒラカンの人間性云々は元より慮外で、レクシスやディオンと関係があるという一点の要素のみで、セーウィンは彼を信用しないのだ。


 セーウィンがヒラカンのような者の気持ちを理解することは、ない。絶対に。


『支部長、悪意や欲得に由来した裏切りはそう多くありません。大抵は自分の身を守るためか、情実やしがらみに引きずられて裏切るのです』


 昔、セーウィンが敵、つまりは黒軍を利する者を特定し、あえて泳がす判断をした際、ハリアルに言った台詞だ。ハリアルはその者を説得して思い留まらせようとしたが、セーウィンは無駄だと言い、続けざまに若き支部長に向かって、かような生意気な物言いをしてきたのだ。だが、結果として彼の言葉が正しかった。


 七年前、白歴七百二十九年。ハリアルが異例の若さで支部長になったばかりの頃の話であり、彼が支部長として、軍法によって部下に死罪を与えた初めての事案となった。セーウィンの進言を採用し、泳がせて逆に敵の情報を引き出し、用済みになってから利敵行為の罪で処刑。ハリアルにとって、苦い記憶であった。たが、ハリアルの支部長就任に猛反発していたレクシスも、この件に関しては「情に流されぬ適切な判断、感服致した」とハリアルを褒め、若干ではあるが態度を軟化させ、図らずも彼が表面上だけでもハリアルを支部長として認めるきっかけとなったのだ。


 こんなつまらない話、セトにもしていない。あえて話す必要もない。


 ハリアルは、七年前のセーウィンの言葉と、現在の彼の顔を思い浮かべながら、口を開いた。


「セーウィンに伝えてくれ。この件は一切口外しないこと。そして、お前も情報部も、この件に関してはこれ以上追及しないこと」


 セーウィンは使える人材だ。だからハリアルは彼を情報部のトップに任命した。だが、セーウィンを使いこなせば使いこなすほど、ハリアルの心は冷たく空虚になっていく。だからもう、この殉職報告書の疑惑に関してはもう追求せずともよい。


 セーウィンはそんなハリアルの気持ちを理解することもないし、殉職報告書の偽装に手を染めたレクシスの気持ちを理解することもないだろう。だからハリアルはデリヤ追放の一件においては、セーウィンを、そして情報部を蚊帳の外に置き、全く関与させなかった。あの件は人の心に共感できぬ者を関わらせたくなかったのだ。


 もしかしたら、情報部はデリヤ追放の件に関して一定程度の情報は独自に入手していたのかもしれないが、ハリアルの意を察したかのように、その件で情報部が動くことはなかった。


「了解しました」


 エイリルが従順に答える。特に不服そうな態度も示していない。


「お前も三日後の出発の準備や西支部、そしてダーク・ファングの情報収集に集中するように」


「ハッ!」


 エイリルも退室し、部屋はハリアル一人だけになってしまった。


 おそらくレクシス指揮官はこちらに増援を願い出るために頭を下げることができずに、戦死者を水増しして報告しているのであろう。


 彼のプライドを考えると、ここはあえて目くじらを立てず、こちらから増援を派遣するしかないだろう。


 こんな状況でセトやアージェを他へ寄越す余裕があるわけがない。ハリアルはそんなことを考えながら、椅子にもたれかかって、深い溜息をついた。

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