4 対モンスター戦

僕とスライムが外の世界を求め、迷宮内を探索し始めてから一週間ぐらい経過した。

 もっとも、まだ外の世界のその字も見つけられてないけどね。

 スライムが前に人間を見たという場所へ行ったりしたけど、手掛かりはなし。

 これはかなり時間が掛かりそうだ。


 それとこの一週間で、僕はある程度の魔法を使えるようになった。

 勿論、魔法を教えてくれのはスライム。

 外の世界探しの合間合間で、かなり丁寧に指導してくれた。

 僕が使えるのは低級魔法だけだけど、低級と侮るなかれ、道中かなりのモンスターと戦ったが、対モンスター戦では普通に役に立った。

 正面切っての戦闘は無理だけど、コソコソとやる分には十分だ。

 あと、相手の目に水を掛ける事で逃げる時間も作れる。

 この迷宮のモンスターは、どうやらかなり好戦的だからな。

 どんな魔法でも使えれば生き延びる確率も上がる。

 死んだんじゃ、外の世界どうこう以前の問題だしね。

 そういった面でも、僕はスライムと会うことが出来て本当によかった。

 感謝してもしきれない。


 あと一週間の内にあった事と言えば、僕のスキルが判明した事かな。

 【唯一能力ユニークスキル】 〘魂之叡智アカシックレコード

 どうやらこれが僕のスキルらしい。

 判明した切っ掛けは、僕が毎日のようにスキル発動って言っていた時だ。

 ある時突然、頭の中に流れてきたのだ。

 とても驚いたし、喜びたかったとこだけど、何より凄く頭が痛くなった。

 どうやら魂之叡智の能力が、目に映る物の全ての情報が頭に流れるってものらしい。

 そのせいで、脳内にいくつもの情報が溢れて、処理しきれず頭痛を引き起こした。

 かなりのデメリットを背寄ったスキルだ。

 頭痛が完全にトラウマになり、あれ以来一度もスキルを使っていない。

 スライム曰く、魔法には思考を加速させるものがあるらしいから、それを習得する迄は使う事はなさそう。

 折角のスキルだというのに残念だ。


「おい兄弟。毒巨大蟻ポイズンジャイアントや」


 スライムが迷宮探索の弾みを止め、声を潜めて言う。

 僕たちの視界の先にいる毒巨大蟻というモンスターは、性格が荒く、十五〜二十程度の群れで行動する。

 そして毒酸弾ポイズンボムという魔法を使ってくる、かなり厄介なモンスターだ。

 外の世界探し中に何度か会ったが、今のところ全て逃げている。

 僕とスライムは二匹、対する相手を大勢。

 敵に回す事はとてもいい選択肢とは言えない。

 戦うなんて馬鹿な事はせず、逃げに徹するのが定石だ。


「引き返そう」

「ああ、そうやな」


 毒巨大蟻の数は目で見える範囲で六匹。

 普段の奴らに比べると数は少ないが、まあいい。

 数が少い方がこっちも逃げやすい。

 うまい具合に奴らの視線に入らず、辺りの罠を警戒して逃げれれば――


 なんて考えたのがよくなかった。

 いや、よかったけど、もっと数が少い理由を考えていれば、なんとかなったのだろう。


「よし兄弟、ゆっくりと音を立てず、引き返すで――あっ」


 突然、振り向いたスライムの声が小さくなった。


「………? どうし――あっ」


 そして振り向いた僕の声も小さくなった。

 なるほど、通りで群れの数が少い訳だ。

 狩りにでも行っていたのだろう。

 

「キシェェェエエエ!!!!」


 僕たちの背後にいた十匹の毒巨大蟻は、口に咥えていたモンスターの死骸を落としながら咆哮した。

 どうやら僕たちを餌だと思っているのだろう。


「なあ……兄弟………」

「……ああ……話し合いで解決できると思うか……?」

「………無理やな……こいつらには知性がない……」

「……うん、逃げよっか!!」


 そう言うと、僕たちは全力ダッシュで逃げ出した。



■◆■◆■◆



「「――ぃぃぃぃいいいャャャャや!!!」」

『キシェェェエエエエエエエ!!!』


 背後を振り向く暇もないくらいのスピードで、僕とスライムは迷宮内を駆けた。

 勿論、罠を警戒している暇なんてない。

 だが幸いな事に、僕は飛ぶことで罠を踏まずに済んでいるし、スライムは体の構成上、矢が刺さらず火傷もしにくい。

 罠の全てが、僕たちを追い掛けている毒巨大蟻で発動しているおかげで、ギリギリ捕まらずに逃げ続けられている。

 僕たちは今、首の皮一枚で生きてるって訳だ。

 もっとも、こんな状況が長く続くとは思えないが。


「どないする兄弟!!!!」

「今考えてるとこ!!!!」

『キシェェェエエエエエエエエエエエ!!』


 いや本当にどうしよう。

 スライムは分からないが、僕はもう体力の限界が近い。

 飛んでいる間は、自分の体重を常に翼で支えている。

 だから体力の消耗がかなり激しいのだ。

 毒巨大蟻に追い付かれないスピードで飛行するのも、保ってあと一分ちょい。

 流石に逃げてばかりじゃいられない。

 そろそろ何か手を打たないと……。


「クソったれ!!」


 そう舌打ちしながら、スライムは突然走るのを止めて振り返った。

 僕も急いで飛行を止める。


「おい! 何を――」

「スキル発動!!!!」


 スライムの体が、二十、三十と増えていく。

 

「兄弟!! お前さんだけでも逃げるんや」

「何を言ってるんだ!! 一緒に逃げよう!!」

「ダメや!! このままじゃあ、わいも、兄弟も、あいつらに食われてまうのは時間の問題や。

 なら、長く生きとるわいより、生まれたばかりで、希望に、明るい未来に溢れとる兄弟だけでも生きるんや」

 

 僕たちがそう会話している間にも、毒巨大蟻の群れは走る足を止めずに向かって来る。

 あと五メートル程って距離まで。


「それにな兄弟。言ったやろ。

 わいは、勇敢で偉大なモンスター、スライムや。ここで立ち向かわんとわいの名が廃る。

 それと、命を助けてもらった分はこれでちゃらや。じゃあな兄弟!」


 スライムそのまま、毒巨大蟻の群れへ分身たちと共に突っ込んでいった。

 毒巨大蟻たちは、僕の目の前で次々とスライムを蹂躙していく。

 その間、僕は、僕は、僕が――


 逃げるとでも思ったか? 

 黙って見ているとでも思ったのか?


 兄弟スライムが勇敢で偉大なモンスターなら、それは僕も同じだ。

 なんせ僕たちは、命を助けた、助けられたの間柄で種族的な繋がりが無かったとしても、兄弟なのだから。


「スキル発動!!!!!!」


 頭が痛くなるのがトラウマ?

 関係ない。

 そんなもん、兄弟を失う方がトラウマだ。


「あれが本物か!」


 スキルの能力で本物の兄弟を見つける。

 そして、体力の全てを使って全力で飛行する。


「捕まえたぜ!! 兄弟!!!」

「なっ……何をしているんや!!?」

「そんなもん後だ! 僕たちが生き延びるいい作戦を思い付いた。

 兄弟、分身体で僕を運んで、この迷宮内を駆けてくれ!」

「分かったで!!」


 兄弟の分身体が、僕の体を持ち上げて、バケツリレーのように僕を運んでいく。

 まるで動く床に乗った気分だ。

 勿論、兄弟はすぐ側にいるし、未だ毒巨大蟻の群れは僕たちを追ってくる。

 でもそれでいい。


「てか兄弟、スキルを……」

「ああ、最高に頭が痛いよ」


 次から次へと、目に映る物の全ての情報が流れてくる。

 あまりいい感覚ではないが、今はこれが、このスキルの能力が必要だ。

 塵一つ見逃さないように全力で目を開いて、なるべく多くの情報を脳内に送る。

 そして――


「あった……」

「何がや?」


 兄弟が不思議そうに尋ねる。

 だが回答は後回しだ。


「兄弟ストップ! そして僕が合図をしたら、そこの壁にあるスイッチを押してくれ」

「おう!」


 僕はスキルの発動を止めて背後を見る。

 相変わらず、奴らは追ってきている。

 不意に群れの先頭たちの眼前に魔法陣が浮かび上がった。

 そしてそこから、紫色をした液体が生成される。

 あれが奴らの使う魔法、毒酸弾だ。


『キシェェェエエエエエエエエエエエ!!』


 僕目掛けて飛んで来るそれを、低級魔法の石塊ストーンブロックで対応する。

 

「兄弟まだか……」

「ああ、まだだ。もうちょい」


 六、五、四メートルと、毒巨大蟻との距離は縮まっていく。

 よし!


「今だ!!」


 僕の合図と共に、スライムはポチッと壁のスイッチを押した。

 そして、


『キシェェェエエエエエエエ!!』


 奴らのいた場所の地面が無くなり、全員が下へと落ちていった。

 そう、兄弟が押したのは、地面がなくなる罠のスイッチ。

 色々と運要素が多かったが、なんとかうまくいったようだ。

 

「やったな! 兄弟!!!!」

「ああ……まあね」

「しっかし、よくこの罠が分かったな」

「僕のスキルは、この目で見た物の情報が知れるんだ。罠の内容なんか、ひと目見たら丸わかりよ」


 ガハハと笑うスライム。

 まあしかし、スキルのおかけで頭は最高に痛いけどね。

 流石に使い過ぎたか。


「わいはまた、命を助けられたみたいやな」

「それはこっちのセリフだよ。あの時、兄弟が立ち向かわなければ、僕は勇気を持てなかった」

「ほな、互いに貸しやな」

「そうだな」


 パチンっと、僕と兄弟は横になってハイタッチをした。

 取り敢えず、こんな事はもう懲り懲りだ。

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