白と黒 3


 その日は五時間ほど歩いて休んだ。洞窟のなかはいつもせまい一本道で、えらく不規則に先程のような広場のような場所がいくつもあった。何時間歩いてもないことがあれば、三つ続けて広場に遭遇することもあった。やがて夜になると思われた頃に、彼らはその広場で焚火を囲んだ。最初空気のことが心配されたが、風は随時道の向こうから吹いてくるし、月光がいくつももれてくることを考えると、空気のことに関しては大丈夫のようだ。

「考えてみれば松明を持ってるんですものね」

「そうですね」

 王妃とアスティがくすくす笑いながらそんなことを語った。

 不寝番はアスティがすることにした。セスラスにそんなことをさせておいて自分が寝ることなどできないし、明日のことを考えるとディヴァも歩いて疲れている。王妃などもってのほかであった。

「三日間寝なくて大丈夫なんですよ」

 微笑んで、アスティはそう説得した。

 長い夜だった。アスティはセスラスに守られるようにして眠る王妃と、そのセスラスをなるべく見ないようにして、ずっと焚火を見ていた。その焚火を見ていると、自分が誰だか、忘れそうになるほど狂気に近いなにかがこころを覆うのがわかる。何をしている? ここはどこだ? そして自分は一体? 思った瞬間にハッと我に返る。自分だけだと思っていたら、仲間のマキアヴェリもそうなのだという。それを側で聞いていたミーラに、秀才はみんなそうなんじゃねえの、とからかわれたことがある。横を見るとディヴァはよく眠っている。歩き続けて疲れたのだろう。まだ少年といっていい彼に、ひたすら歩き、歩いては敵と戦うというのは、慣れないだけに辛かったのかもしれない。あの後何度か敵に遭遇したがあまり大したものには出会わず、彼らは順調に進むことができていた。

 次の日も変わらずに彼らは進みつづけた。どんどん地中に向かっているのはわかっていたが、環境は最初とほぼ同じであった。

(……)

 アスティは細かい汗の粒を全身に感じていた。明らかに疲れている。原因はわかっている。先程場所にそぐわないキマイラの群れに出会い、気合い一発、魔法で片付けたのはよかったのだが、数が数、相手が相手だけに、アスティは体力を大幅に消耗した。しかし長期戦になればこちらの不利は目に見えてのことだった。このまま気が付かれずに、そして敵に遭遇することなしに体力と魔力の回復を待てばいいのだ。もう数えるのもやめた広場を目の前にしてアスティが思ったときだ。

 …………。

 …………。

 何かがはいずるような音が、向こうからしてきた。

 アスティはキリと唇を噛んだ。

 吸血鬼バンパイアだ。しかもかなり多い。

「やっかいだぞ……」

 セスラスが低く呟いた。彼ら不死怪物は生命力が凄まじい。一度土に還ったものを邪悪な魔法で蘇らせれば強力な魔物が生まれるが、吸血鬼はその代表格といっていい。

 高い生命力と攻撃力、爪には毒があって少しでも触れれば体力が低下すること著しい。 しかも女の血が大好物だ。あいにくアスティも王妃も、見た目はかなりの美女ときている。半殺しを覚悟で戦うしかなかった。セスラスが、まあ自分の血は吸われないで済むだろうとちらりと思ったときだ。

 ザッ……。

 アスティがセスラスを片手で制し、敵の前に立ちはだかった。

「!? ア……」

「地霊よ」

 アスティが叫んだ。真横に開いた右掌に紅い稲妻状の光が宿る。

「大地の底深く眠れし地霊よ。土に生まれ土に還る生命の理を妨げし闇の力を断ち、地を

戯す奢れし者どもを清浄無垢なる塵となせ---------」

 吸血鬼どもが一気に襲いかかってきた。セスラスがむっ、と唸って思わず身構えた。

 アスティの掌の中で、球形に封じ込まれた電光が躍っていた。その右腕が、大きく後方に引かれる。

紅雷浄化ジー・ベイル!」

 腕が振り抜かれた。光球が弾け、紅い稲妻が床に吸い込まれる。吸血鬼たちがアスティ

にとびかかろうとした瞬間、地中から噴き出した無数の雷がその身体を貫いた。吸血鬼たちは淡い炎に包まれ、一瞬のうちに溶け崩れる。これはアスティが独自に編み出した〈解呪〉で、魔法院の課題であった独自開発の魔法のうちのひとつだ。通常の〈解呪〉では、高等な不死怪物ほど神から遠い存在であるため〈解呪〉の成功率が低下していくが、大地の精霊の力を借りたアスティの魔法は相手がよほど強力な不死族ではない限り、ほぼ確実にその呪いを解く。闇の魔力を伝導する大地ごと浄化してしまい、不死族の活力源を完全に絶ってしまうのである。

 炎が消えた。吸血鬼たちは完全に塵と化していた。同時にアスティは、体力を使い果して倒れた。そのアスティを支えたのはセスラスだった。

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