水光

津多 時ロウ

 どこか知れない庭先で、深紅のビロードが群がるように咲いていた。

 家族と一緒に見つめる私の足元からは、どんどんと水が溢れ出て、けれど、それを当たり前のように受け入れていた。

 やがて、私も家族も庭も家も、全ては仄暗い水底に沈み、見上げる私の眼には水面に揺れる深紅の花と陽の光が、それはそれは眩しく映るのだった。



   *―*―*



 夢を、見ていた。

 たまに見る、いつもの夢だった。


 スマートフォンで時刻を確認する。

 布団から出る。

 カーテンを開けて朝陽を浴びる。

 顔を洗う。

 朝ご飯を食べる。

 天気予報を確認する。

 洗濯物を干す。

 目立たぬ化粧をする。

 仏壇の両親と弟に行ってきますと言う。


 私一人には広すぎる、二階建ての家に鍵をかける。


 私は一人だった。

 或る日を境に。

 私は、一人になっていた。

 悲嘆に暮れる間もなく。


〈首都圏は三十日間連続で雨が降らない状況が続いています。乾燥には十分ご注意ください〉


 満員電車で眺める小さなモニターには、二月の終わり頃から毎日見ている通知が届いていた。

 一人で起きる朝。

 朝晩の満員電車。

 返ってくることのない「行ってきます」と「ただいま」。

 それが、私の日常だった。


 電車が鉄橋に差し掛かり、窓の外では川の水面がキラキラと太陽を反射している。

 いつからだろう。あの景色をこの目で見たいと思い始めたのは。

 出勤時刻を登録した後にやったことと言えば、有給休暇の申請だった。

 三月二十七日から四月二日まで。定休日の土日を含めて、全部で一週間の休暇である。

 かと言って、予定が決まっているわけでもない。

 何か変えたかったのだと思う。


「お墓参りにでも行くのかな?」


 家族のことを知っている上司は気遣ってくれたけれど、今の私にはその選択肢はなかった。

 あれはいったいなんなのか。

 私はそれを知りたいだけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る