乙女サシテ恋心
日結月航路
第0話 プロローグ
この国では『かんざし』というと、着物スタイルでの着用や、舞妓さんといったごく一部の女性たちのみが身に着けるという節があり、普段はなかなか目にする機会がないかもしれない。
中には、もちろんオシャレで利用する現代女性もいるだろう。
その誕生は起源を遡ると縄文時代といわれており、呪力を帯びた『先の尖った細い棒』が魔を払う、と信じられていた。
また『かんざし』という呼び名も、江戸時代に入って様々な技法が考案される中で生まれたということだ。
「うむ、そこは良い」と、謎の声がした。
本来は長い髪を束ねるという用途だったが、江戸時代辺りからは意味合いが変わってきたらしい。
『一生あなたを守ります』という意味を持ち、男性から女性に対してプロポーズ、告白をする際の贈り物として定着していった。
つまり、当時としては女性が大変喜ぶロマンティックなものだった。
「はぁぁあ!? ふざけるな、笑止千万!」
どこからともなく聞こえる遮りの声は、よく通り、威厳に満ちた美しい女性の声だった。
かんざしのいわれへと、こびりつくように定着した概念を切り捨てる勢いで、響き渡る。
「『一生あなたを守ります』? 男になぞ守ってもらわなくて良いわ!奴らからの贈り物? それで女を支配したつもりか?」
視界もはっきりとしない菖蒲色をした薄煙の向こうで、声の主は苛立っている様子だ。
あらゆる理を無視するがごとく、衣擦れの音とともに、両足を着いて立ち上がる。
異型の着物を身に纏い、大きく着崩した襟からは、かたちの良い胸元がのぞいていた。
美しくも艶やかな唇とは裏腹に、凶暴な言葉が溢れ出す。
「女が男からの誘いや告白を待つだけのカヨワイ生き物だと思うな!我の力が宿りし神器を持つ乙女たちよ。しばしの間沈黙を保っていたが、もはやこれで終わりじゃ。どうやら期は訪れた。汝らのその声、その髪、その身体。乙女の全てを武器にして、男に知らしめてやるがよい。我が力を貸してやろう。意中の男を虜にせよ。おのが身に招き入れ、酔いしれさせてやれ。もし相手が身を引こうものなら、四肢に打ち挿してでも我が物にするのだっ!」
声の主から四つの光が点々と生まれたかと思うと、飛び散っては消えていった。
これから何かが起こる。
詳細は霧に包まれたようなものだが、声の主にとって思惑通りの結果となるだろう。
時折見え隠れする端正な顔立ちからは、微笑が見て取れる。
そうしてゆっくりと立ち去ってゆくと、甘くも高貴な香りだけが場に残っていた。
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