第14話 拷問令嬢
ダンジョン。それは魔物の出没する古代迷宮の総称である。稀に馬鹿な悪役令嬢が趣味ょ高じて資産をつぎ込み新しく作った迷宮などもダンジョンと呼ぶこともあるが、まあどうでもいい話だ。
問題は、俺達がそのダンジョンに挑戦しなくてはいけなくなったことだ。
何をかくそう、この俺はダンジョンに挑戦したことが一度もない。
何故かって?
男だからである。弱くて貧相な男を危険なダンジョンにいれるなどとんでもない、という上から目線のお優しい女どものご厚意というわけだ。反吐が出る。
しかし今回、ユーリの意見で俺もダンジョンに同行する事になった。
やはりユーリのような男に対する偏見も傲慢も無い人物というのは、好感が持てる……もとい、都合がいい。
ともかく俺たちは学園敷地の外れにあるダンジョンへと潜るわけだ。
「さあ、がんばろうフィーグくん! ボクたちの愛と勇気を見せる時だよ!」
「偽装魂約で愛は無いけどな」
「もー、またそういうこと言う……」
ユーリは肩を落とすが、頬を叩いて気合いを入れる仕草をする。
「さあ、ダンジョンに必要なのは……この10フィート棒!」
「なんだよそれ」
「えっ知らないの!? うう、これがジェネレーションギャップかあ……」
ユーリは肩を落とす。
いや知らんものは知らんが……今度調べておくか。
そんなこんなでダンジョンの中に入る。 そこは小さな遺跡の様になっており、石畳で舗装されている。床を踏みしめる度にじゃりじゃりと音が鳴った。
奥に進むと大きな広場に出る。そこには……
「なっ……!」
モンスターたちがいた。ゴブリン、ウルフ、スライムなどの低級なものからオーガやトロールの様な中級レベルのものもいる。それらが……
「やられ……てる?」
ある魔物は鎖に繋がれ、またある魔物は磔に。ある魔物は檻に入れられ、ある魔物は床に串刺しに縫い付けられている。
共通点としては……
「みんな……生きてる」
そう、魔物たちは生きていた。生かさず殺さず、痛めつけられてはいるが、まだ生きているのだ。
様々な拷問道具が散乱するこの場所に、魔物たちはまさしく拷問を受けているかのように囚われていた。
「なんで……」
「誰がこんなことを……」
意味が解らない。意図が掴めない。それとも、これがこのダンジョンの特性とでもいうのか。
「……っ!? フィーグくん!」
考え込んでいた俺に声をかけるユーリ。彼女の指し示す方向には……
「なんだ、あれ……」
部屋の中央。そこに鎮座していたのは……
鉄塊だった。
釣鐘のような形の鉄。その頂点には女性の顔のようなレリーフが刻まれている。
あれは確か……
「
鉄の処女。それは千年前の戦争の時に使用された拷問器具と言われている。
中は空洞になっており、そこに人間を入れて蓋をする。その蓋には棘がついており、蓋を閉じるとその棘が中の犠牲者に突き刺さり、血を搾り取るという拷問器具だ。
それが何故こんな所に。
「……」
「ユーリ?」
ユーリは鉄の処女を油断なく見据えている。
「フィーグ君気をつけて。あれは……敵だ!」
ユーリがそう言った瞬間、鉄の処女の目に赤い光が灯る。
そして、巨大な鎖分銅が床を砕き、俺たちに襲い掛かってきた。
「っ!?」
咄嗟にユーリが魔力の盾でガードする。凄まじい轟音と共に土煙が舞い上がった。
「あれはいったいなんだ、ゴーレムか何かか?」
「いや、違う。あれは……」
ユーリは言う。
「悪役令嬢だ!」
「なん……だって!?」
あの鉄の処女が悪役令嬢?
あの中に入っている……とでも言うのだろうか。
そしてユーリのその言葉に呼応するように。
周囲に散乱していた拷問器具が、まるで意思を持っているかのように動き出し、襲ってきた。
「……っ!」
鉄檻、鉄枷、鉄球、鋸、斧、三角木馬、ペンチ……そういった拷問器具たちが津波のように押し寄せてくる。
轟音、爆発。土煙が周囲に充満する。
その中で――
「Engage!」
ユーリの声が響く。そして魔力の奔流が煙を吹き飛ばした。
そこから現れたのは、ドレスに身を包んだ悪役令嬢――叛逆令嬢、ユーリ・アーシア・ストーリア!
「……まったく、名乗りも上げないなんて、それでも淑女かなぁ!」
「……」
ユーリの言葉に、しかし鉄の処女は沈黙のままだ。
「……とはいえ、戦る気は満々みたいだね。クルスファート王立魔法学園校則第二条、決闘を挑まれた悪役令嬢はその誇りにかけて決闘を受けねばならない。
その攻撃、宣戦布告と受け取った!
ボクは叛逆令嬢、ユーリ・アーシア・ストーリア! 君の銘は!?」
「……」
鉄の処女は無言だ。だが少しして、その鉄の中から反響した声が発せられる。
「……拷問令嬢」
それがこの悪役令嬢の名前か。
「オーケー、拷問令嬢。なんでいきなり襲ってきたのかわからないけど……貴族とは所詮、手袋をぶつけ合う事でしか理解することの出来ない不器用な人間のこと……ならば、心ゆくまで戦おう!」
ユーリは叫び、そして走る。
「はあっ!」
光の剣を抜き、そして斬りかかるユーリ。
拷問令嬢は鎖を操り、その刃を受ける!
「くっ……!」
ユーリの光剣が押し負ける。そのまま吹き飛ばされそうになるもどうにか踏みとどまったようだ。
そこに追撃を仕掛けようとする拷問令嬢。またもやいくつもの拷問器具が襲い掛かる。ユーリはそれを剣でさばいていくが……
間違いない。
この拷問令嬢の令嬢スキルは、拷問器具の操作だ――!
「はあ!!」
気合一閃、ユーリの光剣が振るわれれば拷問器具はまるで木っ端の如く砕かれ、あるいははじき返される。
だが、物量が違う。
これは……見誤っていた。拷問器具の支配? いや、これはむしろ召喚や創造といった方が正しいか。無数の拷問器具はまさしく底が無い。
その物量に、ユーリは押されていく。
◇
「流石だな、拷問令嬢」
その光景を、生徒会室で見ているのは七大罪令嬢達。
「でもさぁ、これが試験ってカワイソーじゃない?」
アウレアが嗤う。その顔に心配の表情は浮かんでいない。ただ嘲笑っているのみだ。
「拷問令嬢は風紀委員の中でも腕利きだし、あれじゃユーリちゃんは勝てないでしょ~? あーあ、可哀そうに国外追放かぁ」
「いや、そうとも限らぬでござるよ」
そこに口を出したのは、異国情緒あふれる出で立ちの少女。名はツルギ・ムラサメ。極東の国アマツ出身であり、サムライと呼ばれる貴族である。黒髪の少女は自分の顎をなでながら話す。
「いつもの技に比べてキレがござらぬ。拷問令嬢殿は、心に迷いがあると見えた。いかに鋭い刃とて、曇っていては切れぬもの」
「曇ってたって刃物の切れ味変わらないと思うけどなあ」
「然り。ものの例えにござる」
ツルギは笑う。アウレアはつまらなさそうにため息をついた。
「それにあの叛逆令嬢殿の実力は未知数。そして……」
ツルギの視線は、拷問令嬢でも叛逆令嬢でもない、およそ悪役令嬢の決闘の舞踏会場には相応しくない存在に注がれていた。
「異分子たる男児、果たして勝利の鍵となるか、それとも敗北の火種になるか……」
◇
俺は必死に相手の動きを観察する。どこかに隙があるはずだ。
そうしている間にも敵の攻撃は続く。
「くっ……!」
物量攻撃にユーリは防戦一方だ。
そして……。
「! ユーリ、後ろだっ!」
「えっ?」
その時にはもう遅い。
地面を這う鉄鎖が蛇のように、後ろからユーリに襲い掛かる。
「っ! しまった!」
足に絡みつく鉄鎖。そのまま転倒するユーリ。そして拷問器具たちはその機を逃さない。
両手両足に鉄枷が食らいつく。手甲に鉄球がぶつかり鈍い音を立てた。
「ぐううっ!」
苦悶の声を漏らすユーリ。そのまま大の字の形に空中に持ち上げられる。
「……」
そして拷問令嬢の鉄の処女についている鞭が一閃。
「ぐあっ!」
ユーリに鞭が襲い掛かり、そのドレスを切り裂く。
鮮血が飛び散り、肌を、その乳房を露出させた。
苦痛の声を漏らしながらも、キッと敵を睨み付けるユーリ。
だがその目には諦めの色は見えない。
「くそっ……くううっ!」」
再び鞭撃。今度は腹に食い込んだ。
「ぐああっ!」
痛みに耐えるユーリ。だが決して悲鳴を上げない。歯を食いしばり耐えている。
「……」
拷問令嬢は、鞭の手を休め、そして……次はユーリを縛る鎖から電流が流れた。
「ぐ、うああああああああっ!」
ユーリが叫ぶ。
……どうする。どうすればいい、この状況を変えるには……!
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