第13話 試験通達

「はあ、はあ、はあ……」


 アイネ・ルゼ・ユングラウは走る足を止め、息を整える。

 深呼吸をして、動悸を抑えようとする。しかし無理だった。全速力で長距離を走った――わけでもないのに、動悸が収まらない。収まってくれない。


「なん、なの……あの、ひと」


 フィーグ・ラン・スロート。落とした学生証を拾ってくれた、それだけの男子生徒。


 しかし、何かが違った。

 アイネの知る男子とは、まるで自分のように卑屈だったり、気弱だったりする者ばかりだった。男子同士の間では違うとしても、女子の前に出るとそうだ。

 恐怖に怯え、卑屈になり、媚びたようにおもねってくる。

 自分のような女に対してもそうだ。普段から女の食い物にされて虐げられてきた男子たちは、女が近くにいるだけで萎縮する。


 そんなものだったはずだ。なのに。

 あの男子生徒は、そんな男たちとは違っていた。


「なんで……」


 疑問の言葉が口からこぼれた。

 フィーグ・ラン・スロート。卑しい穢れた処刑貴族の傍流である自分に、まるで普通の人間であるかのように話しかけてきた少年。


「……」


 彼を想うと、胸が熱くなる。今までこんな事は無かった。


 フィーグ・ラン・スロート。

 フィーグ・ラン・スロート。


 フィーグ・ラン……スロート……?


「――――!」


 その瞬間。

 その名を思い出した瞬間、アイネの動悸は全く別の理由で跳ね上がった。

 スロート女爵家。あの……!


 それはアイネには禁断の、禁忌の名。

 その事実に、アイネは肩を抱いて震えを必死に押しとどめようとする。

 しかし震えは止まらない。

 それどころか震えは大きくなり、ついに膝から崩れ落ちて蹲った。


「……あ……ああ……あああ……!」


 嗚呼、やはり自分は穢れている。許されない。法の執行者である立場故に、許されているからこそ決して赦されない――その事実が過去からやってくる。


 そんな時だった。


「アイヌ・ロゼ・ユンゲラー風紀委員。何を蹲っている、そのような姿を見せるでない、貴様も悪役令嬢だろう」


 侮蔑するような声が上から降り注ぐ。この声の主は……


「アリフィリア・ルル・ドンジャスティス伯爵令嬢……」


 顔を上げるとそこにいたのは、七大罪令嬢の一翼、アリフィリア・ルル・ドンジャスティス伯爵令嬢だった。


「顔を上げよ。お前にはひとつ、仕事を頼みたい」




 生徒会に俺とユーリは招集をかけられていた。

 理由は先日陳情した、ユーリの審査の件である。


 目の前にいるのは、アリフィリア・ルル・ドンジャスティス伯爵令嬢。

 そして、顔はわからない甲冑姿の悪役令嬢……あれは甲冑令嬢、セセリス・ヴィム・アイアンゲイル伯爵令嬢。

 もう一人はこちらを侮蔑するような煽るような目で見ている幼い少女。魔導令嬢アウレア・フォン・ホーエンハイツ侯爵令嬢だ。


 七大罪全員がそろい踏みということではないようだが……三人も七大罪が顔を出すとはな。ユーリの事をそれだけ評価していると言う事か。


「へぇ~、このコがカーマちゃんをやっつけたってコ? 雑ぁ魚っぽいけどマジでぇ?」


 そうくすくす笑うのはアウレア。

 その隣のセセリスは黙っている。


「……」


 その甲冑姿はまるで置物であるかのように動かない。

 そしてアリフィリアが口を開く。


「さて、今日君たちに来てもらったのは他でもない。先日、そこのファイグ・ロン・スラート……」

「書類にはフィーグ・ラン・スロートとありますが」


 セセリスが反響する声で訂正する。


「そうとも言うな、些細な事だ。

 彼の陳情によると、そこの少女、ユーロ・アースラ・ステイシアは……」

「ユーリ・アーシア・ストーリアです」

「異国より来た記憶喪失者という身の上ながら、鎌鼬令嬢カーマ・スートラを倒し」

「カーマ・ウィ・タッチサイザーです」


 セセリス嬢ご苦労様です。


「よって、彼は彼女を正式に悪役令嬢として帰化させる事を陳情してきたわけだ」


 アリフィリアはそう言う。名前を間違えてはいるが、こちらの言いたい事はちゃんと届いているようだ。

 名前は間違えているけど。


「さて、それで我々は協議したわけだが……彼女にはダンジョンに挑んでもらう事となった」

「ダンジョン?」


 ユーリが聞き返す。ちなみに俺は男なので発言は許可されていない。


「そ、学園からちょっと行った裏山にあるダンジョンだよ。課外授業でもよくつかわれる所なんだけどぉ、そこにちょうど変な魔物が出たらしくてさー。雑魚と雑魚どうしちょうどいいから、そいつをヤッつけたら認めてあげてもいいかなー、って感じで」


 アウレアが笑いながら言って来る。

 その笑いに嫌な予感がする。この女は有名な性悪の悪役令嬢だ。そんな彼女が笑顔で語るというのは、絶対に裏で良からぬことを企んでいるだろう。


 さて、どうしたものか……


「わかった。そうやってボクの力を見せろ、ってことだね」


 ユーリが胸を張って言う。こいつは単純明快で頼もしいな。

 ……そうだな、ここで悩んでいてもしょうがない。それにそもそも俺に発言権は無いし。


「いいよ。そのダンジョン、ボクとフィーグ君で見事にクリアしてみせる!」


 ……。

 えっ、俺も?


「ねぇ雑魚、クルスファート王立魔法学園校則第三条、悪役令嬢の決闘は原則一対一で行われるっていうのがあるんだけど」


 アウレアがユーリに言う。


「この試験は悪役令嬢として認められるかどうかの試験。男なんか引き連れていくつもりぃ?」


 そのニヤニヤと言って来るアウレアに対して、意外にも口を挟んだのはアリフィリアだった。


「クルスファート王立魔法学園校則第四条補足、決闘には魂約者も同席し戦う事は許される。

 アウレアよ、この条項を採用するなら彼の同席も認められるのでは?」

「はぁ? アリっち、あんた正気なワケぇ? 神聖な審査にオトコを同行させるなんて。それともぉ、あんたまさかそこの雑魚クンに興味でもぉ? 惚れちゃったぁ?」

「くだらぬ。私はただ単純に事実を口にしただけだ」

「……ちっ」


 アウレアは忌々し気にアリフィリアを睨む。七大罪令嬢同士で仲が悪いのだろうか。もしそうなら後々に使えるかもしれないな。


「つまり、フィーグ君を連れて行ってもいいってことだね?」

「ああ、構わぬ。好きにせよ。だが忘れるなよ。

 クルスファート王立魔法学園校則第四条。悪役令嬢は己の魂約者を守りぬかねばならない。貴様にそこの男を守り抜けるかな、ユール・アーサー・ストレンジャー」

「……」


 だから名前間違ってるっての。覚える気ねぇのかそれともアホなのか。


 ……それはともかく、俺たちはダンジョンへと潜ることが決まったのだった。

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