ホワイトデー

53話  ホワイトデーのお返し

ホワイトデーのお返しになにをすればいいか。


職場の同期にそのことを相談したら、秒で予想通りの返事が飛んで来た。



「そりゃ、キャンディーだろ?普通は」

「だよね……」



ラーメンをすすりながら頷いていると、同期のヤツはぷふっと笑っていきなり肩を組んでくる。



「それにしても、かなり熱々なんじゃねーかよ~?この絆創膏、どういうことだ?」

「うるせーな……お前が思っているようなことじゃないから」

「3月に蚊に刺されたとは言わせねぇからな?ったく、うちの部署じゃ軽く騒ぎになったくらいだぞ?」

「え?なんで?」

「なんでって、お前を狙う女子たちもちらほらいるから」



俺はその言葉を聞いた途端に、すぐに眉をひそめた。



「は?俺を?」

「うん、お前を」

「……冗談だろ?」

「冗談でこんなこと言わねーよ。まあ、お前が彼女持ちなのはもう社内では周知の事実だけどな」

「………………」



彼女か……別に彼女じゃないんだけどな、センパイは。


でも、他人から彼女って言われるのは案外悪くない気分だった。


ていうか、本当にセンパイに惚れてるんだな、俺は。



「ちなみに、向こうはバレンタインにどんなチョコ渡してきたんだ?」

「テリーヌというデザートにクッキー。だから、お返しにクッキーは先ずないかな」

「だとすると……本当にキャンディーかマシュマロくらいだな。チョコは味気ないし」

「やっぱりキャンディーしかないのか……」



もうちょっと特別なものにしたいけどな、と思っていたその瞬間。



「じゃ、マカロンはどうよ」

「マカロン?」

「ああ」



同期はしれっとした顔で頷いて、言葉を続けた。



「友達の中にいたんだよな。ホワイトデーに手作りマカロンを作ったヤツが」






手作りマカロンか。確かにその発想はなかった。そもそも、ホワイトデー自体を意識したのも今回が初めてだし。


とにかく、マカロンとお手頃の値段の何かをプレゼントするってことでいいのかな。


そんなことを思っていた瞬間に、センパイから声が聞えてくる。



「どうしたの?」

「え?」

「なにか考え込んでいたから」



夕方、ご飯を食べてから決まって行われるデザートタイム。


テーブルで向かい合いながら座っているセンパイは、首を傾げて質問をしてきた。



「ああ、いえ。大したことはないです」

「ふうん、そっか」

「はい、そうです」



今日のデザートは大福セット。4個入りで、帰りにたまたま目について買ってきたヤツだった。


そういえば、センパイは割と甘いものを好きなんだっけ。じゃ、マカロンも嫌いではないはずだから、くどくならない線で上手く作れば……。



「……コウハイ君」

「えっ?あ、はい」

「本当にどうしたの?今日なんか上の空じゃない?」

「えっ……?そうでしょうか」

「うん、今日ずっと何か考えてた」



センパイはやや目を細めて、ジッと俺を見据えて来た。



「なに考えてるのか、教えてくれる?」

「あ……………えっと」

「ふうん?」

「…………えっ、と」

「……………」

「……教えられないです。秘密です」



センパイから目を逸らして答えると、センパイははあ、とため息を零してから。


急に、俺の太ももに自分の足を乗せて来た。



「……お行儀が悪いですよ、センパイ」

「コウハイ君が私をお行儀悪くしたの」

「俺、今日なにもしてないんですけど」

「今日、私の話に全く集中してなかったくせに」

「…………」



それは、確かに否定できないかもしれない。


今日の俺はとにかくホワイトデーのプレゼントとマカロンにだけ気を取られていて、センパイと楽しくお話しした記憶があまりない。


それに、センパイは割と俺をよく観察している人だ。


だから、俺の些細な変化に気付くのも、当たり前なのだろう。



「コウハイ君」

「はい」

「……嫌い」

「………俺は好きですけど」

「っ!?そ、そんなことを言っているわけじゃなくて……!」

「冗談ですよ、冗談。まあ、冗談じゃないですけど」



へぇ、好きって言葉は割とカウンターに使われるのか。


いいことを教わったなと思うと、またもやセンパイの足が太ももに乗せられた。



「……嫌い」

「分かりました。俺が悪かったです。足、下ろしてください」

「コウハイ君がなに考えてたのか教えてくれなかったら、下ろしてあげない」

「なら、このままでも構わないですよ」



直ちにそう返すと、センパイはさらに機嫌が悪くなったのかもぞもぞと足を動かし始めた。


そして、そのまま……俺のあそこに足を当ててくる。



「……………………………………センパイ」

「なに?」

「マジで、俺が悪かったです」

「じゃ、なにを言うべきか分かってるよね?」

「勘弁してくださいよ……って、いじらないでください!!」

「コウハイ君が悪いんだから」



本当に理不尽の塊みたいな人だな……と思いつつも、俺は仕方なくセンパイの足を両手で握る。


センパイはさらに眉をひそめて、もはや頬まで膨らませて俺を見て来た。


そのまま、俺たちの間にしばしの沈黙が降りかかる。



「………」

「………」



勘弁して欲しい。けっこう本気で、勘弁して欲しかった。


好きな人にこうやっていじられると、嫌でも体が反応してしまう。


そして、こういう行動をしてくるセンパイの真意を測ろうと頭が勝手に動き出してしまう。


いつもの流れだったら、ここでセンパイを襲って互いの部屋のどちらかに入るところだったと思う。


でも、俺は戸惑っていた。このままセンパイを襲っていいのか、センパイはなんで俺にこんないたずらをしてくるのかが、分からない。


思考が混雑して、わけがわからなくなって、どうやって反応すればいいか見当がつかなくなる。


好きって気持ちはこんなにめんどくさいものだったかと、今さら後悔したくなる。



「………足、離して」

「センパイがいじらないって約束してくれたら、離します」

「……………………」



そして、センパイも俺と同じことを考えているのか。


かなりの時間を置いて俺の顔を見た後に、少しだけ頬を赤くしてから言う。



「……約束できないかも」

「…………………………」

「そもそも、なんで私が約束しなきゃいけないわけ?悪いことをしたのはコウハイ君―――きゃっ!?」



その仕草を見て、俺はとうとう耐えきらなくなってパタンと立ち上がる。


センパイを無理やり立ち上がらせて、膝の裏に手を回して、お姫様抱っこにして。


恨めしさがたっぷりと込められている視線で、俺はセンパイを見つめた。



「……センパイが悪いんですから」

「わ、私は……悪くない」

「いや、無理があるじゃないですか。人にあんないたずらしたくせに」

「……コウハイ君が何も言わないからだもん」



……なんで。


なんで今日に限って、この人はこんなに可愛いんだろう。



「ふふっ、好きな女のことを、こんなに乱暴に抱くつもり?」

「……俺たち、まだセフレですから」

「あはっ、そうだね……うん。いいよ」



センパイの真意は未だに分からない。


嫌われているとは思えない。でも、センパイにもし拒められるかもしれないと思うと、死にたくなる。


そんな俺に向けてセンパイは微笑みながら、俺の胸板に手を置いた。



「気にしなくてもいいって言ったのは、コウハイ君だしね」

「…………」



翌日の朝、俺は首筋にもう一枚の絆創膏を貼ることになった。

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