13話  お願い

言ってはいけない言葉だったのかもしれない。


人間として見られているなんて、センパイが望んでないことだ。


センパイはオナホ扱いされるのを望んでいる。また、センパイは俺をもの扱いしようとしている。


雑に扱って、興味がなくなったら捨てるか、隅っこに放置するか悩むくらいのおもちゃ。それくらいの関係性を望んでいるのだ。



「この服、どうかな?」

「センパイの好みとはちょっと違うような気がしますけど」

「だね、あまり派手なものは好きじゃないから」



でも、互いを人間として意識すればするほど、関係はややこしくなる。


快楽だけが行き交っていた仲にヒビが入って、関係は二人の手のつかないものに変質してしまう。


俺たちはそれを望んでいて、望んでいない。



「この服、コウハイ君に似合うと思うよ?」

「なんで黒なんですか、色が」

「そりゃ、コウハイ君は真っ暗な人間だからね。ふふっ」

「………灰色ですよ、俺は」

「そっか……うん、やっぱりそうだよね」



センパイで穴を埋めようとすればするほど、穴は大きくなっていく。


センパイとの時間に幸せを感じれば感じるほど、俺は壊れていく。


……たぶん、俺は欠陥品なのだ。センパイをもの扱いするのができないから。



「……コウハイ君」

「はい?」

「なに考えてるの?」

「えっ?」

「明らかに、服じゃなくて別のものを考えてる顔だったから」

「……………」



センパイは目を細めて俺を見上げる。


俺は、店の中に並んだ服に視線を逸らしてから、どう答えるべきかと迷う。



「センパイのことを考えてたって言ったら、何点ですか?」

「50点」

「へぇ、案外太っ腹ですね」

「今日はクリスマスだからね」



それから、センパイはいつも通り俺の胸板をコンコンノックしながら言う。



「それに、デートだし」

「……………」

「これ、試着してみる?」

「……………………」



センパイはしれっとした表情で、オーバーサイズの明るいグレーのセーターを取って、俺に渡してくる。


……わざとなのか、それとも本当に無意識なのかが分からない。



「……ですね、試着してみます」

「うん、いってらっしゃい」



センパイは俺を物扱いしていると言ってたけど。


だとしたら、辻褄が合わない。おもちゃとデートする人なんて存在しない。


おもちゃの好みを考えて服を選ばせる人もいないし、おもちゃの人間関係を気にする人もいない。


センパイは俺を、一体どんな風に思っているんだろう。



「うん、よく似合ってるね」

「……ありがとうございます」

「セーターないんでしょ?それ、買ってあげる」

「えっ、なんで?」

「クリスマスプレゼント」

「……はい?」

「それ、買ってあげる代わりに」



センパイは、やや切実な口調で言い放つ。



「コウハイ君の質問する権利を、拒否しちゃっていいかな」

「…………………」



ようやく、俺はこのセーターの意味を察する。そっか、この人は俺に質問を投げかけるのが怖いのだ。


関係の核に触れてしまったらガワが変質して、以前とは全く違うなにかになっていくから。


センパイの感情だってそうだ。核に触れれば触れるほど、センパイの感情と考えが剝き出しになってしまう。


それを、センパイは嫌がる。



「いえ、お金は俺が出します」

「……コウハイ君」

「俺が着る服ですし、俺が買うのがスジってもんじゃないですか」

「お願い」



その、たった4文字を聞いただけで。


俺はショックを受けてしまって、目を見開いてセンパイを見つめる。



「お願いだから、私に買わせて」

「…………………………………センパイ」

「君が着る服だけど、私が選んだ服だから」



必死さ、と捉えてもいい言葉がセンパイの顔に浮かんでいる。


俺は喉が詰まって、なにも言えなくなる。なんで?なんでここまでする?


なんで、そこまで俺に執着する?



「……人間は」

「うん?」

「人間は、おもちゃにお願いなんてしません」

「………………………………………」



しまった、という文字が読み取れるほど、センパイの顔は慌てと困惑で満ちていく。


俺が放った言葉の意味を、センパイもきっと知っている。言葉の表面だけをなぞっても、その裏側を覗けられてしまう。


センパイが俺にお願いをしたってことは。



「……分かりました。センパイが払ってください」



センパイも、俺と同じように。


俺を、人間として見ているということだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る