11話  同期を振った理由

目が合った途端に、彼女はハッと息を呑んで首を振る。しまった、という反応を取られてももう遅い。


彼女の傍には既に彼氏らしき人がいて、彼は目を丸くして俺とセンパイを見ていた。



「あ、会社の同期なの」

「へぇ、そっか。はじめまして、ウチの宮子みやこがお世話になっています」

「……はじめまして」



目の前にいる同期の告白を断ったのは、大体2か月前。


なるほど、ちゃんと恋愛はしているのか。よかったと思う。彼女はいい人だから。



「じゃね、浅川君。また会社で」

「ああ、じゃな」



どうやら彼女たちは既に発券を済ませたらしく、出口に向かっていた。


気まずい空気が過ぎ去り、俺たちはまた喧騒の中で二人きりになる。


センパイは無表情のまま、俺を見上げて来た。



「………」

「………」



視線が混ざり合い、俺たちは互いを見つめる。


何かを言う必要はない。


言う必要はないけど、言わなきゃいけないような後ろめたさを感じてしまう。


でも、センパイはそれを望んでいない。俺が言い訳をする姿なんか、見たくないだろうと思う。


……いや、違う。


センパイもある程度は、望んでいるはずだ。俺が気まずさを感じて、言い訳する姿を見たいと思っているかもしれない。


相反していて、ちぐはぐで、複雑な気持ち。


目の前のセンパイは、そういう理不尽で成り立っている人だ。



「………」

「………」



結局、チケットを買って映画館から出た後も、センパイからの言葉はもらえなかった。


俺たちは壁によりかかり、それぞれスマホをいじり始める。


そろそろお昼ご飯を食べなきゃいけない。映画の時間もあるし、今からでも店を探さなければ……だけど。



「…………コウハイ君」



次に出て来たセンパイの質問が。


俺の焦りを、風船のごとく割ってしまった。



「君の名前は?」

「……………………」



なんて答えればいいか分からなかった。


センパイがどんな答えを望んでいるのかが分からない。分からないから戸惑ってしまう。


本当に、難しい人だ。


………やっぱり、センパイが聞きたがるような言葉をあえて言ったところで、状況がよくなるとは思えない。


だから、俺は前と同じ言葉を口にする。



「コウハイです」

「…………」



センパイはその返事を噛みしめるように目をつぶってから、淡い笑みを浮かべた。



「さっきの子が、コウハイ君に告白したその同期ちゃんでしょ?」

「……どうやって分かったんですか?」

「女の感?あの子の目つき、単なる職場仲間に送るものじゃなかったから」

「…………………」

「私、こう見えてもけっこうそういうのに敏感だからね。視線とか、相手の気持ちとか」



……本当に、厄介で難しい人。


怖いなと心底思いつつ、俺は肩を竦める。



「綺麗な子だったよね」

「ですね」

「そして、コウハイ君も悪くはないし」

「……褒めてますよね?」

「あはっ、当たり前じゃん。あの子とお似合いだと思ってるよ?」

「……ありがとうございます」

「本当に、なんで断ったの?」



この質問は、前も答えた気がする。


胸の穴が埋まらないからだ。あの子は見た目も綺麗で性格もよくて、周りからの評判も高いけど、好きになることはできなかった。


でも、そんな好きが俺の穴を埋めてくれるのだろうか。違うと思う。


好きも結局は単なる刺激だ。いつかは色褪せてしまうものだ。


結局、俺はまた一人になる。昔のように、ずっと一人になる。


目の前にいるセンパイも、いつかは薄れる。



「センパイとの関係が、あの子との関係よりは大事でしたので」



でも、センパイが与えてくれる刺激だけは本物だ。


だから一緒に住む気になったんだし、だからわざわざデートまでしている。


瞬間を彩る快楽だけは本物だ。俺はその快楽に中毒されているから、センパイを見つめているのだ。



「………コウハイ君」

「はい」

「本当に、君は生意気だね」

「………」

「………一緒に住もうって言うんじゃなかった」

「なんでですか?」

「距離が近すぎるから」



センパイは俺の胸をトントンとノックしてから、言う。



「私たち、思ったより早く別れてしまうかもね」

「………ですね」



苦笑のまま放たれたその言葉に。


俺は酷く、共感してしまう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る