8話 私のコウハイ君は、やっぱりウソつきだ
生意気なコウハイ君は、優しさしか知らない。
そんなのを求めているわけじゃなかった。優しさは幻で、いつでも消えるもの。端から体を蝕む害虫みたいなものだ。
だから、言った。相性が悪いのかもしれないと言うしかなかった。
そうやって自分に言い聞かせた。コウハイ君を傷つけた。そうするしかなかった。
「……ああ、もう」
ベッドに座ると同時に、ぬめっている感覚が私を襲ってくる。たぶん……いや、間違いなく私は発情していた。
だから、コウハイ君が私を襲って欲しかった。
あの場面でコウハイ君が無理やり私を襲ってくれたら、私はきっと喜んでいたはずだ。
ぐちゃぐちゃに私を汚して、欲望の捌け口として私を使ってくれたら、私は心から生まれる幸せを感じたはずだ。
コウハイ君がオナホのように扱ってくれたら、私がコウハイ君を傷つけることもなかった。
なのに、コウハイ君は私を人間としか見ない。
それがムカつく。それが……嫌だ。
「ああ……もう」
こんな時のために用意したものがある。
コウハイ君の部屋からこっそり盗んで来た、コウハイ君のワイシャツ。
クローゼットからそれを取り出して、匂いを吸ってみる。まだ残ってる。
染みになっているショーツを脱ぎ捨てて、私は布団を被る。指をそこに持って行く。
「んん………ん……」
惨めで無様で、何をやっているのか失笑しそうになるけど、この行為は止められない。
性欲はあまりにも生々しくて、コウハイ君は嫌いで、コウハイ君の匂いは好きだから。
「ふぅ、ん……っ!」
布団を被ったままする一人エッチは刺激的で、水音がこだまする。
あまりにもその音が鮮明で、外に漏れないか心配になってしまう。
少しでも声を上げたら、間違いなく隣の部屋に聞こえそうだった。
この声と音を聞かせたいという欲求と、潜めたい羞恥心がせめぎ合う。結局、後者が勝つ。
私はクッションを強く抱きしめて、そこに口元だけを埋めて喘ぎを噛み殺そうとする。
もう、理性などほとんど残っていなかった。
「やぁ、ん……っ、ぁ、あ……うっ、うぅ……や、だ………」
物足りない。
やっぱり、物足りない。こんな快楽じゃなかった。こんな火照りじゃなかった。
もっと熱くて、もっと激しくて、生々しくて、頭がパンクしそうなほど
「っ……やだ、ぅう……」
いくら私の指が長いと言っても、コウハイ君のモノに比べると全然足りない。太さも、長さも、全部。
……前にコウハイ君が、私のことをウソつきと言っていたことを思い出す。
「ふぅ、ふぅ、ふぅう………」
コウハイ君のワイシャツに滲んだ匂いを強く吸って、私は結局笑う。
そう、そうだよ。私はウソつきだよ。
なにが相性悪いだ。相性最高じゃん……ここまで体が開発されて、ここまで君に執着しているのに。
だから、襲ってくれればよかったじゃん。セフレの本質が示すまま、私を……。
そこまで思っていた、その瞬間。
「……………」
「…………………………………………………………ぁ」
やや乱暴にドアが開かれる音が聞こえて、私の全身を覆っていた布団が剥がれて。
この場にいてはいけない人と、目が合ってしまう。
コウハイ君は、複雑な表情で私を見下ろしていた。
「………………………………どう、して」
「隣の部屋まで声、漏れていましたから」
「……………………」
ああ………最悪。本当に最悪。マジで最悪。
壁薄すぎるじゃん、この家。なんなの?前に住んでたボロアパートの方がマシなんじゃない?
「センパイの声が大きかっただけですから」
「…………大きくなんか、なかったし」
「……ですね。そこまで大きくはなかったです」
不愉快な熱が巡っていた布団の中と比べて、冬の空気はあまりにも肌寒い。
コウハイ君は私の姿をもう一度見てから、ついに私が握っているものの正体に気付く。
「……どうりで一枚なかったわけだ」
「……………なにしに来たの?」
「夜這いに来ました」
「……野郎の夜這いなんてキモいけど」
「なら、このまま部屋に帰りましょうか?」
………………ああ、本当に。
私は本当に、コウハイ君が大嫌いだ。
「………コウハイ君」
「はい」
「私は人間なの?それとも、都合のいいオナホなの?」
「…………………………」
コウハイ君がしばらく間を置いてから、ため息をついてから言う。
「……オナホです」
「………………………」
その静かな口調と共に、コウハイ君は服を脱いでいく。
そういえば、私の部屋でやるのはこれが初めてだっけ。そんなどうでもいい感想が浮かび上がる。
「……よろしい」
口ではそう言ったけど、よろしくない。全然よろしくない。
さっきのオナホという言葉は、明らかに意識的なものだった。コウハイ君は絶対に私をオナホとして思っていない。
コウハイ君は私を人間としか見ない。コウハイ君はウソをついた。だから、私は彼が嫌いだ。
……でも。
「ワイシャツ、何も言わずに盗んじゃってごめんね」
「なら、今度センパイのショーツ借りていいですか?」
「ぷふっ、きっしょ」
それを分かっていながらも、コウハイ君を抱きしめる私もウソつきだとは思う。
ウソが散りばめられている現実を生きている。結局、それが私たちの生き方だ。
そして、そのウソは信じられないほど気持ちいい。
「んちゅっ、ん、ちゅっ………」
「…………………」
布団の中のむわっとした熱気より、人の体温が心地いいなんて。
本当に、死んでも知りたくない事実だった。
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