おしゃべりな地底人

夢乃ミラ/碧天 創

おしゃべりな地底人


 薄汚れた扉を開けたデブがバーガーを食んで、何か言っている。

 口に食べ物突っ込んでるときに喋んなって。フガフガとしか聞こえねえんだ。

 

「どうもだヨ」


 そんな挨拶で大丈夫か、相棒?

 ボロボロのソファー。ソファーに寄りかかる背の低いテーブル。そいつを弄っているチビ。


「オレはジュースってんだがこの名前の由来知ってっカ? 赤ん坊だったオレの顔がパイナップルみてえだっつうで名付けたラシイ」


 真ん中に座る大学生っぽい男(ブレット)はあっちこっちに目をやっていた。

 そりゃ無理もない。初対面で無駄話ふっかけられたら俺でもこうなる。

 

「オメエ、パン屋の息子のブレットだロ」

「そりゃbreadだ。名前のつづりはbrettだぜ、ジュース」

「冗談だヨ、ヴィンセント。あいつがbrettってことくらい知ってるッテ。コレがオレ流の挨拶だゼ。ところでオメエブレットっていうんだロ? 近所のパン屋の息子のサ?」


 このニワトリ野郎。喋ってる間に三歩以上歩いてるからそうなるんだろうが。


「ジュース、もういい」

「あいよ」

「……ブレットよ、こんな噂を聞いたことはないか?」


 たった三十秒の間に居眠りしていたブレットは慌てて目を覚まして耳を傾けていた。

 まあジュースの無駄話は口下手な大学教授の講義と同じくらい退屈だから、眠るのも当然だ。


「金の首飾りをつけた自称地底人がここらに現れたらしくてな。何やらまだ見つかっていない金銀財宝のありかを知ってるとか」


 まったく、現代になってゴールドラッシュを夢見る奴には自殺願望があるだろ。そいつをとっ捕まえろって指令を下しやがったボスはきっと百五十年前の世界に生きている。

 

「……そいつはしばらくして姿を消したんだが、ある日ある男達と一緒にいるって噂がたった。んでそいつは、お前らだと踏んでる」


 目に驚きが見える。これは明らかに地底人の匂いがする。


「地底人とやらを寄越しな」

「は?いるわけないだろ、地底人って誰だ。そんなマユツバ誰が信じる?」


 馬鹿馬鹿しいと思っちゃいるが、金銀財宝を誰かに掠め取られたら、俺らはメキシコ湾に沈められちまう。


「タレコミがあるんだ。そうだろジュース」


 相棒はバーガーを食っていた。床にはデブが転がっている。

 いつの間にチャカ抜いたんだ?

 ていうか後処理どうしてくれる、麻婆豆腐好きの神父か殺し屋御用達の掃除屋かのどっちか呼べってのか?


「コレオイシイ」

「何食ってんだ」

「いやあお腹が減っちゃったからバーガータベタイって言ったら無視しやがったから射殺ちゃっタ☆」

「理不尽にも程があるだろ」


 こいつに生殺与奪の権を与えちゃダメだ。外食しに行った暁には、アレタベタイっていう気まぐれのせいで数多の死体が転がっちまう。床に伏せったあのデブのように。


「オレは欲しいものをなんとしても手に入れてやるからナ」

「チャカ抜いてどうする、暴力は最後の手段だろ」

「まあ交渉して手に入れたとしても後で面倒言い出すかもしれないから射殺ってたネ」

「救いようがねえ」


 いつか手に入るものも手に入らなくなるぞ。

 ブレットは真っ青になってすっかり固まってしまっていたが、チビはまだテーブルを弄って、我関せずを貫いていた。


「まあ、見た感じだと地底人君はいなさそうだが、隠すこたあねえだろ、ブレット」

「だからんなもんいるわけ」

「しらばっくれんじゃねえ!」


 強請る他に手はない。情報はある。それに大した野郎でもないから少し脅しを掛ければ吐くはずだ。


「てめえ昨日隣町で噂の地底人を連れてたらしいじゃねえか」


 ブレットの喉仏が上下する。


「大人しく渡せば何もしない。それで交渉しよう」

「知らないんだ!」


 閃光が走り、火薬の匂いが漂う。今度はチビが出番を失った。背の低いテーブルが床に転がる。


「何やってんだお前ェ!!」

「強請るにはこれしかないネ」


 毎度思うが強引すぎるし雑すぎるだろ。もうちっとマシな案はなかったのかよ。仕事を増やすな。目の前で二人も殺ったら動揺どころの話じゃなくなる。見ろよ、息があがっちまってる。


「正直に言えよブレット。俺はあんなイカれポンチとは違うから、教えてくれりゃお前に危害は加えねえ」

「地、地底人は、は、金の首飾りを、し、して」

「そんなことはわかってるんだヨ」


 キレてんのか相棒、もうちっと落ち着こうぜ。やっぱり暴力ってのは良くねえや。


「お、おれらのとこにやってきて、て、宝のありかを教えるって」

「それはどこなんだ?」


 首を横に振る。どういうわけか地底人はブレット達に宝がどこにあるのか教えなかったらしい。


「んで、肝心の地底人はどこに?」

「……おれたちは、ぜ、善処したんだ。ネタがあるって脅されて、それで交渉しようとして」

「どうなったんだ?」

「そ、それで地底人は」

「ヴィンセント、やべえゼ」


 今度は何だ。穏便に頼むよ。


「スーツケースを持った誰かがこのアパートに入ってクル。きっと取引した奴だゼ」


 銃をホルダーから取り出して弾を込める。窓際の相棒と、俺は扉に銃口を向けて息を潜めた。次第に床の軋む音が大きくなる。金メッキのドアノブが回り、野郎の顔に銃を突きつける。


「わ! 撃たないでくれ!」


 怪訝な表情をして、相棒は銃を下ろした。なんだ、こいつに理性なんてあったのか?


「マービン、なんでこんなところにいるんダ?」


 例のタレコミ屋だ。どういうわけでスーツケースなんか持ってんだ?


「取引っすよ取引。あんたらの組織とは関係ないとこと交渉してたんすよ、例の地底人云々で……てなんだこの死体!?」

「オレはやってなイ」

「嘘つけ相棒」


 見え見えだぜ。バーガー食うために人を殺すやつ世界中のいかれ野郎の中でもダイヤモンド並に稀だぞ。

 ため息をついて、マービンを見ると金の首飾りをしていた。


「その首飾りって」

「うん? ああこれすか。地底人からもらったんすよ。取引のネタになるかなって思って……」


 どうかしたか? 急に固まって。どこ見てんだ?

 視線の先にはチビの死体。


「あ、あんたら何やってんすか!!」

「え」

「エ」


 あのチビ地底人に関係あんのか?

 だとしたら相棒よ、やっぱり暴力ってのは最後の手段だから無闇に使わない方が、


「全部パアになっちまったじゃないっすか! こいつが居て初めて成り立つのに、肝心の地底人が死んじまったよ!」

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おしゃべりな地底人 夢乃ミラ/碧天 創 @aozoracreate2021

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