第3話 断罪される悪役令嬢なので(2)
(浮気、ダメ、ゼッタイ!)
前世を思い出したセリーヌは、絶対に浮気を許せなくなっていた。熱で朦朧としながらも、前世の無念を思い、浮気への怒りを募らせていく。
だが、セリーヌの婚約者はすでにセリーヌ以外の少女に懸想している。
第一王子であるにも関わらず、公務も全部セリーヌに押し付けて。外聞も気にせず、やりたい放題だ。
(浮気、許せない……)
強い怒りとともに目を覚ますと、前世の小さな部屋のシングルベッドではなく、公爵家の豪華な天蓋付きのベッドに横たわっていた。熱はまだ下がらず、息苦しい。
「お嬢様!? 目が覚めましたか?」
「……マリー……浮気を……許せる?」
「はい?」
セリーヌは前世の記憶が押し寄せて混乱していた。もしかしたら今、心の中を渦巻く『浮気、ダメ、ゼッタイ!』という気持ちは、この世界ではおかしいのかもしれないと不安になったのだ。
マリーは、幼い頃からセリーヌに支えてくれている侍女だ。子爵家の三女で貴族でもある。そろそろ年頃なので、いいご縁があればお嫁に行くだろう。恋人ももしかしたらもういるのかもしれない。
この世界の年頃の令嬢であるマリーが「浮気を許せるかどうか」を、セリーヌは早急に知りたいと思ったのだった。
「……マリーは……もし、婚約者が浮気をしたら、……許せるかしら?」
高熱で息も絶え絶えになりながら尋ねた。すると、途端にマリーが泣き出した。
「あぁ、セリーヌ様! セリーヌ様のお辛い気持ちは当たり前のものでございます! 浮気は、浮気はっ! よくないと思いますっ! 私、不敬罪で捕らえられたとしても、セリーヌ様の味方ですわ!」
「ありがとう……マリー」
マリーはセリーヌの婚約者がまさに浮気中なので、傷心の末、セリーヌが寝込んでいると思ったようだ。セリーヌとしては怒りの対象ではあるものの、元々アベル殿下のことを好きなわけではないので、傷付いてはいない。
それよりもこの世界でも浮気は「許されざるもの」だと分かって、セリーヌはひどく安心した。
(それにしてもありえない……前世でも今世でも浮気されるなんて!)
ズキン!
アベルへの、そして自分の境遇に対して怒りを抱いた瞬間、再び頭痛が始まった。
そしてその瞬間、この世界が前世でプレイした、乙女ゲームの世界に酷似していることに気が付いたのだ。
しかも、よりにもよってセリーヌは悪役令嬢。ヒロインは第一王子ルートに進んでいるので、このままシナリオ通りにいけば、悪役令嬢であるセリーヌは断罪されてしまう。
(嘘でしょう……!?)
飛び起きたが、ショックと頭痛で頭を抱える。
「セリーヌ様? 大丈夫ですか!? お医者様を呼んでまいります!」
セリーヌが突然苦しみ始めたので、マリーは慌てた様子で寝室を出て行った。
信じられないことに、この世界は前世でよくプレイした、『夢と魔法のフォルトゥナ』という乙女ゲームの世界だ。
ヒロインである男爵令嬢オデットは、ある日夢を見る。
それは身分の高いイケメンと恋に落ちる夢。顔はよく見えないが、自分の運命の相手なのだと分かる。
そのイケメンを探すため、得意の魔法を生かして貴族が通う学園に入学するのである。
学園生活の中で攻略対象者との親密度を上げ、魔法のレベルを上げていくと、ヒロインは光魔法を極め聖女だと国から認定される。そして意中の相手を攻略し、婚約するというシナリオだ。
攻略対象者は全部で四人。
第一王子であるアベル、第二王子のテオドール、神官のモーリス、騎士のセルジュである。
現時点でヒロインは、明らかに第一王子であるアベルルートに進んでいる。
第一王子ルートでは、王子としての責務を重く感じていたアベルを、ヒロインオデットが軽やかに励ます。
『せめて学生の間くらい、楽しんじゃえばいいじゃないですか!』
そんな無責任な言葉に励まされ、恋に落ち、卒業を前に二人は結ばれるのである。
(よく考えたら最低ね、このシナリオ)
前世でゲームをしていた時には全く思わなかったのだが、この世界に生きる令嬢としては、学生時代こそ遊んでいる暇はないと感じる。その上、結婚も婚約さえも結んでいない未婚の男女が、キスやら何やらするなんてありえない!
元々苦手だったアベルのことをセリーヌはさらに毛嫌いしそうだ。
アベルルートの悪役令嬢はセリーヌだ。
卒業パーティーの最中に、アベルはセリーヌを断罪する。国外追放を言い渡され、セリーヌはゲームのシナリオから退場するのだ。
(今から断罪イベントを阻止できるかしら……)
現時点で最高学年の年で、卒業パーティまであと数週間。ヒロインは聖女だと言われているし、アベルは彼女にベタ惚れ間違いなし。断罪イベントは回避できそうにない。
(どうしたら、いいのかしら……)
発熱に加えて頭痛も伴い、押し寄せてきた記憶で混乱してきた。この時のセリーヌは、自身の未来を憂うことしかできなかった。
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