第27話 カイダン

 それから間を置かずして。俺達は、他より長い黒塗りの車で移動する。この鉄の塊にも慣れたもので、微睡みから覚めた頃には小鳥遊宅に到着していた。


「あ、起きた。お前って思ったより図太いんだな」

「ン……ンナニャア?」

「ほら行くぞ。ケージから出してやるけど、部屋につくまでぜったい鳴いたり暴れるなよ」


 小鳥遊たかなし弟の先導を頼りに、ボヤけた視界を見据える。乳白色のエントランスは降車したすぐ先に見え、まるで自分が要人かのような錯覚を受けた。


◇◇◇


 大型車すら走れそうな通路を抜け、金の華を着飾ったエレベーターの前で立ち止まる。その反対側にあるパブリックスペースでは、裕福そうな中高年がソファーで寛いでいた。彼らの背後には中庭があるのだが、雑談に夢中なのか誰一人として見向きもしない。


『不憫なものだ。庭師も、精根込めて仕上げているだろうに』


 チン、という到着音が鳴り、エレベーターに乗る。小鳥遊兄いわく人工の小川には、先祖代々受け継がれたニシキゴイが20匹ほど暮らしているらしい。関心する二階堂に、弟も負けじと情報を語ろうとする。が、「ニシキゴイは高い」だの「冬は雪が降って庭が真っ白になる」だの、浅いものばかりだった。


◇◇◇


 そうこうしているうちに通路を歩き終え、小鳥遊兄は一枚のドアを開ける。辿り着いた場所は、かつて琴音を看病していた部屋だった。


『だが、前回訪れた時とは異なる様相だ。これも、格式高い旅館が故なのだろうか』


 右手を向くと、巨大な壺は無く。代わりに仄かに光る月と、木製の祭壇に供えられた白い球体が目に留まる。その隣にはフサフサとした植物が花瓶から生えており、杵を背負ったウサギが陰から覗いていた。


 座布団に着席後も眺めていると、二階堂がお得意の解説を始める。


「あれは“お月見”。文字通り、月を眺めて楽しむ行事。毎年秋に行われていて、1000年以上前から存在していたみたい。ちなみに現代では、卵を満月に見立てた商品が発売するのも恒例化してる」

「ほう、歴史ある催事なんだな。関連商品が出るのも頷ける」


 俺の国にはどういった祭りがあっただろうか。首を傾げていると、小鳥遊弟が頭を掻く。


「月見かー……、今年はあいつに勝てっかなあ」

「まだヨシキくんと勝負してるの?」

「うん。……でもぜんっぜん勝てないんだよ! 前負けたときなんか、目の前でゼリー食べられたんだぜ!? くそっ! あいつまじでむかつく!!」


 蓋をしていた鍋が吹きこぼれるように、怒りをあらわにする弟。しかしタイミングを見計らったかのように、着物姿の女性が現れた。正座をした彼女はおもむろに頭を下げると、小鳥遊兄に籠を見せる。


「お帰りなさいませ。こちら、仰せつかっていた品でございます」

「ありがとう。それと――申し訳ないけど、追加で看板をお願いしてもいいかな」

「かしこまりました。すぐにご用意いたします」


 彼女は使用人というところだろうか。籠を開けると、しなやかな所作で、取っ手のないコップと和菓子を並べ始める。注視していると、小鳥遊兄は「君の分もあるからね」と微笑んだ。


◇◇◇


 赤い葉を模した柔らかな菓子を堪能し、俺達はいよいよ“報告会”を開く。足音ひとつしない中、真っ先に口火を切ったのは小鳥遊兄だった。


「……さて。ではそろそろ本題である、情報の整理と共有をしよう。まずは僕から。件の鳥居に別方向から切り込もうと、インターネットで調べてみたのだけど――」


 彼はまるで、語り部のように抑揚を交え話す。「少ないキーワードを組み合わせ、昼夜問わず検索し。……その結果なんと、興味深い記事が一件見つかった」と。


「よくある都市伝説をまとめたサイトだったんだけどね。読んでみたらどうも、既に同じ目に遭った人がいるらしくて。……その人のとった行動が、新城さんとよく似ていたんだ」


 息を呑む弟に、兄はフッと口角を上げる。そして再び、物語を声に乗せた。

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