第20話 黒猫とワルツを
「ニャ?」
「……もう一度訊く。お前は俺の言葉が分かるか?」
「……ンー」
初めてまともに見た、彼女の金の瞳。しかしその瞳はキーホルダーとは異なり、悲しみの色をまとっていた。動揺に言葉を失っていると、彼女は静かに耳を伏せる。
『この反応はどちらだ? ……分からん、分からんが――』
今の俺の行為は、自白を強いる暴君そのものだ。静まり返る空間も、そう同調している気がした。ズキズキと痛み始める胸に、壁からゆっくり手を離す。
「……すまなかったな」
「ンー」
レイは身体を縮こまらせながらも返事をし、二階堂の背後に駆けていった。
「ヨスガ……」
心が自戒に支配される中、琴音の同情する声が
その後の部屋の空気は、琴音のテンションによりどうにか維持された。元々家では快活な彼女だが、常に笑顔というのは未知の領域らしい。「メイク直してくるね」と誤魔化し、時折席を外していた。
一方俺は、これ以上失態を繰り返さぬようキャットタワーの上から見守っていた。良くも悪くも、気まぐれな猫仕草にしか見えないからだ。そんな
「ん〜……! 今日だけで一週間分くらい勉強したって感じ」
「それは何より。だが……俺が余計なことをしたせいで、皆に迷惑をかけてしまった」
「ううん、大丈夫だよ。あの後LINNEが来たんだけど、二階堂さんもレイちゃんも怒ってないって」
「本当か?」
「うんうん。むしろレイちゃんは、引っ掻いたことを気にしてる感じだって。……それより、
「判別がつかなかった。普通の猫のようにも見えれば、こちらの意思を読んでいるようにも見えた」
「そっか……」
琴音はまるで、自分事のように肩を落とす。その真ん前で俺は、「そう――意思疎通が困難である以上、明確な“判断材料”が必要になった」と独り言ちる。
『生前に
うつむき首を曲げ、いかにも“熟考中”の素振りを見せる。すると時々シャッター音が降り、その度に集中力を削がれた。しかし負けることなく思考を巡らせていると、はたと名案を思いつく。
「――琴音」
「ん?」
「明日も二階堂を呼べるか? ひとつ、試したいことがある」
「! 任せて!」
併せて実行に必要なものを伝えると、琴音は驚きつつも笑顔で頷いた。
琴音は
「今日もよろしくお願いします!」
「うん。昨日より少し難しい問題出すけど、しっかりついて来てね」
「はーい!」
そうして、昨日と同じ一日が始まった。変わったことがあるとすれば、レイが二階堂の背に隠れているくらいだろう。彼女は姿勢を正すと、琴音のノートをパラパラとめくり指をさす。
「まずは英語から。これ読める?」
「どれどれ? はいれ……ひれ……分かった! ヒレカツ!」
「
「な、ないかな……」
悲しきかな、生活環境の違いはふとした瞬間に現れる。だが「せめて猫だけは読んでくれ」。そんな呆れを飲み込みつつ、琴音を見上げる。
「ん? どしたのヨスガ」
「いや、進捗状況を確認したくてな。全て夏季休暇中に詰められそうか?」
「ふっふっふ……全部は無理だけど、結構いい感じなのだよ。これもみんな、二階堂さんのおかげだね」
「ううん。こと――新城さんが、投げ出さずに取り組んでいるから」
驚いた。傍から聞いていると成長は感じられないが、彼女らにしか分からない変化があるようだ。素直に感心していると、琴音は両手にこぶしを作る。
「私も頑張る。だから――ヨスガも頑張って!」
「……!」
「タイミングは今だ」と言わんばかりに強く頷く彼女。それは二の足を踏んでいた俺にとって、願ってもない好機だった。
『失敗は許されない。――今日で白黒つけてみせる』
目を合わせぬように、威圧的にならぬように。名も知らぬ赤子に接するように、優しく語りかける。
「レイ。そのままでいいから聞いてくれ」
「……ニャ?」
「昨日は無礼を働いてすまない。俺はお前のことを、ただの猫とは思えなくてな。
「……」
「しかし無礼が許されたとて、一方的に問い続けるのはナンセンスだ。故に俺は、最後に賭けに出ることにした。――レイ、これを見てくれないか」
レイは数秒顔だけを覗かせると、そろそろと二階堂の横に座り込む。俺もおもむろに歩み寄ると、背に忍ばせていた丸めた紙を、彼女の前に置いた。
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