転生猫は、第二の生を謳歌したい。
禄星命
第1話 転生はある日突然に
最期に見た光景は、目を覆いたくなるほど醜いものだった。しかしあえて言い表すならば――同胞は斃れ、妻や娘も眼前で屠られ。まさに絵に描いたような、血に塗れた革命前夜といったところだ。
――そして
◇◇◇
ボロ布一枚着た俺は、荒廃した夜の市街を裸足で練り歩いていた。先頭には反乱軍のリーダーがおり、数珠繫ぎになった俺達貴族を牽引している。
『まるで家畜――いや、奴隷同然の扱いだな』
しかして両手首には枷がはめられており、近付く死にただ項垂れるしかない。
『……まさか、この俺がこんな結末を迎えるとはな』
道の両脇には数多の市民がいるが、誰一人として止める者はおらず。皆一様に興奮し、石を投げ、俺達の行く末を嘲笑っている。
首輪から繋がったロープを引かれながら、雑に拵えられた断頭台に上る。見下ろせば、松明の火に照らされる烏合の衆が。そして彼らに見せつけるように置かれたバケツの両側では、元兵士が薄汚い笑みを浮かべている。
『……コイツも焚き付けられていたか。金を握らされたか、或いは染められたか……。いずれにせよ、俺は腹心に引導を渡されるという訳だ』
兵士に頭を掴まれ、乱暴に膝を折られる。その衝撃で両の皿が悲鳴を上げたが、不思議なことに、俺の心境は悟りを開いたかのように穏やかだった。
『……生まれる時代も場も異なっていれば。このような最期を迎えず、子や孫に囲まれながら穏やかに死ねたのだろうか』
もはや、周囲の罵声も断末魔も耳に入らず。ただ残された時間で、現実逃避という名の追想を始める。
『……そういえば、領土の一画に“転生”を司る女神を祀っている祠があったな』
自身の好物の魚と、祈りを捧げた記憶が蘇る。しかし、首元に触れた冷ややかな切っ先に現実へ引き戻され、頭を垂れ
『ふっ……“来世”なぞ、存在する訳がないというのに。俺もとうとう焼きが回ったか。だが――』
……もし万が一、本当に転生し、二度目の生を与えられるのなら。
『次こそは、争いも起こらぬ……平和な世界、で……』
振り下ろされた剣の果てに、淡い夢物語を思い描く。そうして俺の人生は、呆気なく幕を閉じた。
――筈だった。
◇◇◇
……暖かい。柔らかく甘い花の香りがする。遠くからは鳥のさえずりや、戯れる
「……心地良い。ここは天国なのだろうか」
眩しさに目を閉じたまま、率直な感想を呟く。試しに寝転がったまま伸びをしてみると、軽くなった身体はしなり、何処までも伸ばせそうな感覚に陥った。
『ほう。悩まされていた肩の凝りも消え、まるで若返ったようではないか。いや――それよりも、まずは妻子を探しに行かねば』
しかし目蓋を開け起き上がってみると、天使はおろか絵画のように荘厳な景色もなく。周囲には自分よりも背の高い茂みが、空を見上げれば窓だらけの建造物が、そこかしこに生えていた。
「!? 何だ、ここは……!?」
立ち上がり全貌を確認しようとしたが、上手く脚に力が入らず。そのままバランスを崩し、地面に倒れ込む。
「くそっ……尻に変な感触があるな。重りでもついているのか?」
それにしては、妙に軽く柔らかい。あるいは蛇が巻き付いているのかもしれないと視線を落とすも、その先に生物はおらず。代わりに尾てい骨から、羽箒の如く立派な尾が生えているのが見えた。
「な――」
それだけではない。一糸纏わぬ全身には、極寒の地にも耐え得るであろう長い灰色の毛が。そして手足の裏には、弾力性のあるピンク色の肉球が生成されている。
「……耳の位置も形もおかしい」
次いで小さな鼻と、重力を無視し平行に伸びるヒゲを確認する。それらの情報から自身の外見をイメージすると、小さな獅子がぼんやり浮かんだ。
「一体どういうことだ。天国では人になれないのか? あるいは……今俺は、夢を見ているのか?」
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