落ちこぼれ劣等術士《コードレス》の少年と侵食する崩壊世界《ワールドエンド》

がじろー

第1話 序章 『退魔機関の劣等術士』




 序章 『退魔機関の劣等術士』



 深夜二時―――――草木も眠る丑三つ時と呼ばれる時間にも関わらず、辺りは賑わっていた。

 いや、賑わうというには語弊があるかもしれない。

 周囲は警官交が通規制を敷いており、更には工事車両なども行き交っていた。

 どうみてもただ事ではない雰囲気に周囲にいた野次馬達が不満を漏らしている。


 「なになに~? 夜中なのに工事ってジャマ~」

 「ゼーキン? の無駄だよなぁ~」


 どこか間の抜けた声をあげながら一組のカップルがそうボヤく。

 その声に反応したのは警備を担当していた警察官だ。


 「はいはい、ここは危ないから迂回ルートを通ってね。この先のビルが崩れそうだからね」


 自分達はあくまで仕事として警備を担当しているのだが、それでもこの警察官は疑問に思う。



 たかが廃ビルが崩れるからと言って自分達を総動員させる必要があるのだろうか? と―――――。



 だが、組織としては末端の自分が詳しい事情を知る事はないと思った警察官は改めて自分の職務を全うする事にした。

 彼の耳には微かにだが壁が崩れる音や破壊音、そしてそれに混じって獣のような、どこか不安になるような咆哮が聴こえたような気がしたが気のせいだと思いながら誘導灯を翳していく。










 そんな彼らのやり取りをしていた場所から少し離れた位置に件の廃ビルが不気味に聳え立っている。

 数十年前から買い手が見つからないビルは不良や浮浪者の溜まり場となっていたそこは〝ある噂〟が蔓延していた。

 噂の発端は元々の持ち主オーナーが経営破綻した事により自らの命を絶ってしまった事が始まりだった。

 そこから別の人間が所有者となるもその悉くが不幸な出来事や不運な事故などに巻き込まれてしまい、ついに付けられた呼び名が『人喰いビル』と―――――そう呼ばれ周囲から畏怖の対象となってしまった。


 ―――ア、


 何故、その様な呼び名が付いてしまったのか?

 それはこのビルの〝元〟所有者でもある人物がこの廃墟となったビルを手放したくない、『この場所は自分のモノだ』という執念が留まり、濁り、そして〝悪性〟へと変化する。


 ―――アァッ、


 そうするとどうなるのか?

 答えは明白。

 自分の居場所おもいでを守ろうとし、その思想が歪なカタチに変化し周囲へ害を成す『悪鬼』へと成り代わってしまう〝異形モノ〟へと変貌する。


 ―――アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァアァァァァァァァアッッッッッ!!


 ぼんやりとした影は咆哮と共にやがて異形へと変わり『悪鬼』と成った。

 それはどこかの御伽噺ものがたりに出てくる姿形。

 人の姿は見る影も無く、ただどす黒い陰影オーラを纏いながら強固な肉体に鋭い爪牙。

 そして額を割って生えてきたのは正しく〝悪鬼〟そのものだった。

 そんな異形の鬼を目の当たりにして人々は震えあがる。

 怯えた魂の味は例えようのない甘美な味だと、この悪鬼は知っているのだ。


 「――――――――――――――――――――――――」


 そんな悪鬼を遠目に様子を窺う視線が一つあった。

 息を殺し、どくどくと脈打つ心臓の鼓動を抑えつける。


 「ったく、ンなの聴いてねーぞ」


 思わず小声で呟く。

 少年、九鬼洸太郎くきこうたろうは流れる汗を拭う事すら忘れるほどに緊迫した状況を強いられている。

 この『人喰いビル』の噂はここに来るまでに耳にしていたが、自分や〝組織〟が聞いていた情報に齟齬が発生していた。

 洸太郎が聞いていたのは、『怨霊』と化したこのビルのオーナーは〝自分の所有物ビルに触れた者を不幸にする呪い〟を発生させるというものだった。

 実際、このビルの所有権を手にした者は何かしらの不幸が訪れる程度なので命を脅かすような案件は発生していない―――――


 「(クソッたれ)」


 洸太郎はチラッと横目を向ける。

 彼の視線の先にはゴミの山が放置されているのだが、その中に学校でも滅多に見なくなった〝あるモノ〟が散乱していた。

 カラン、と音を立て少し崩れたのは明らかに人骨だった。

 恐らくここを根城にしていた浮浪者や不良の溜まり場だったのだろう。

 薄汚れた服がボロボロになるまで放置されていたのが解る。


 「(多分人死にの噂が出なかったのはここを根城にしているような連中の捜索が出なかったから、か――――――にしても情報を降ろすのが雑すぎんだよ!)」


 洸太郎は心の中で悪態を吐きつつ鈍く光る黒鉄の塊にそっと触れる。

 それは洸太郎のような少年が手にしていい物ではない。

 いや、この日本でそんな〝モノ〟を所持するだけで逮捕されるような代物だった。


 「(―――――さて、これだけでどうにかなるのかね?)」


 洸太郎はそっと視線を自分の手元に下ろす。

 そこには黒鉄の塊――――――拳銃が握られていた。

 銃弾を籠め、銃身をスライドさせもう一度悪鬼を目視しようとし、





 ―――ミィィィィィィ、ツケタァァァァァ





 濁った眼と目が合った。

 驚きで身体が硬直する前に洸太郎は前に転がる様に身を翻す。

 それと同時に洸太郎が身を隠していた柱が粉砕された。


 「―――――ッ!? おいおいおい! 物を壊せるほどに〝変異〟してるじゃねーかよッッッ!!」


 何の躊躇いも無く引き金を引く。

 二、三発銃声が轟き悪鬼の肉体に銃弾が直撃した。


 ―――グギャォォォッッッ!


 怯みはしたが、それも一瞬でその体躯を洸太郎に叩き付ける。

 あまりの衝撃に意識が飛びそうになったが、それを耐え更に銃弾を悪鬼の顔面へと撃ち込んでいく。

 閃光と激痛に耐えかねたのか悪鬼は悶え苦しみ顔を押さえる。

 その隙を逃がさなかった洸太郎は腰に取り付けていた銀色の棒状のモノを手にすると意識を自身の内側へと集中させた。


 「術式展開コード・セット―――――肉体強化ドーピングポイント


 自分の身体の中にドロドロになった鉄を流し込む感覚。

 他の者メンバーに言わせると『魔力』や『霊力』などという名称があるようだが、洸太郎にとってはどちらでも良かった。

 自身の体内に張り巡らされた刻印システム電源ちからを入れる。

 その時間は僅かに数秒にも満たない。

 全身に力が駆け巡る感覚を掴み取った洸太郎はボソッと呟く。


 「『汎用退魔式迎撃武装シュヴァルツ』、起動開始セットアップッ!」


 ジャキンッ! と銀色の棒から鋭い白銀の刃が伸びる。

 そのまま構えるとその煌く刃を悪鬼の体躯へと奔らせた。

 切り裂かれた身体からは鮮血の代わりにドス黒いもやのようなモノが溢れ、悪鬼は片膝を突いた。

 瘴気しょうきと呼ばれる〝それ〟は、悪鬼達にとって血液と同じなのだ。


 「(今だ!!)」


 トドメを刺さんと洸太郎は一気に悪鬼との距離を縮める。

 肉体を強化した洸太郎にとって、悪鬼との距離が数メートル程度ならば一瞬で縮める事は簡単だった。

 だが、


 ―――グ、グルォォォォォォアアアアァアアァァァァァッッッ!!


 苦し紛れなのか、それとも狙っていたのかは分からないが悪鬼の丸太のようなかいなが無造作に横薙ぎに振られ、洸太郎のガラ空きの身体に突き刺さり洸太郎の身体が簡単に吹き飛んでいく。


 「ご、あぁっ!」


 バキンッッッ! と甲高い音が響きシュヴァルツの白銀の刀身が真っ二つにへし折れるのが見えた。

 それと同時に肺に溜まっていた空気が一気に抜け意識が飛びそうになる。

 身体中が無機質なコンクリートに叩きつけられ転がりながらもなんとか体勢を整えようと身体を起こすが、気が付けば目の前には悪鬼の拳が洸太郎の顔面を粉砕しようと迫っていた。


 「づ、ァァッッ!?」


 肉体強化をして尚も身体中に激痛が奔る。

 少し喰らっただけでこの様なのだから、悪鬼の攻撃が直撃すれば一瞬で肉塊になってしまうのが容易に想像できた。

 悪鬼の伸び切った腕を目掛け刃を振り下ろす。

 しかし、先ほど通ったはずの攻撃が今度は簡単に弾かれてしまった。


 「嘘、だろッ!?」


 そのまま全てを薙ぎ倒す勢いで横に大振りする悪鬼の腕が迫って来るのが視えた洸太郎は咄嗟に腕をクロスさせ防御ガードする。

 先ほどの不意打ちとは違い威力を殺す為に後ろへ飛び退くがそれでも威力を殺し切れずそのまま吹き飛ばされた洸太郎は壁へと叩きつけられてしまった。

 今度こそ、洸太郎はずるずると地面へと座り込む。

 肉体強化の効果は確かに効いている。

 だが、それでもこの悪鬼の攻撃がここまで肉体に損傷を与えたという事は予想以上にこの悪鬼が強いのか。

 それとも―――――――――――――――。

 薄れゆく意識の中、ゆっくりと勝利を確信した悪鬼が近付いてくるのが見えた。

 ぼんやりと、さてどうしたものかと洸太郎が思っていた時―――――。





 「術式展開コードセット―――――神よ、何故私を見棄てたのですかエマ・エマ・サバクタニ




 静寂。

 そして光の柱が天より降り注ぎ悪鬼を包み込んだ。

 ズンッッッッッ! と身体の芯に響く感覚を覚えながら目映い閃光に目を細めていると、

 いつからそこにいたのだろうか?

 神々しい光の柱に包まれた悪鬼は自身の肉体から噴き出していた瘴気ごと音もなく消滅する。

 朦朧とする意識の中、自分の目の前に立つ人物に声を掛けた。


 「テ、メェ―――――は」


 洸太郎の声に反応してその人物は軽く振り向く。

 青い瞳に整った顔立ち。

 そして白を基調とした『退魔服』を着用した立ち姿は何処かの教会にいる神父を彷彿とさせる。

 そんな彼の表情はどこまでも平坦で何の感情も抱く事無く洸太郎を一瞥した後に光の柱へと目を向けた。

 洸太郎は無理に立ち上がろうとしたが、激痛が勝り動く事すらままならない。


 「よォ、止めとけって。お前さんじゃアイツの…………ヴェルトルード・オーエンハイムの邪魔になるだけだぜェ」


 洸太郎の隣には、いつの間にかもう一人の男が座っていた。

 ニヤニヤとヴェルトルードとは違った目を洸太郎へ向けながら嗤っている。


 「―――――うっせぇ、天才様ヴェルトルードの腰巾着風情が」

 「はっ、言うねェ劣等術士コードレス


 釣り目の男が嗤うと、決着がついたのか悪鬼の断末魔すら聞く事無く全てが終わりを告げた。

 洸太郎があれほど苦労した悪鬼を一瞬で、しかも服装すらも乱れてはおらず涼しげな顔でヴェルトルードは何処かへ連絡をしていた。

 どうやら『組織』に後始末を依頼しているのだろう。

 顔がよく動きに一切の無駄がない。

 全てが終わったので張り詰めていた糸が切れたのか、洸太郎の意識は段々と遠退いていった。


 「あ、―――――こりゃ…………ダメなヤツかも」


 薄れゆく意識の中、洸太郎は最後に見た光景を思い浮かべる。

 天才と皮肉を言ったものの、素直に凄いと感心しながら洸太郎の意識はプツンと途切れていった。

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