三章 束の間の休息

13.思い出話に花を咲かせて


   13



 もどきのコアである本体は、氷像のように氷漬けになったまま、ウィンチェルのマジックパックに収納されていて、僕のリュックに移す? と訊いたのだけれど、「私が持っていた方が都合良いので、このままで大丈夫です」ということだったので、お言葉に甘えることにした。


 っていう感じで、じゃあ、さっそく準備をして【カンガンド大帝国】のお城に向かおう、となったわけだけれど……、既に時刻は午後四時近く、季節柄、まだまだ明るいとはいえ、夜が近いことは明らかだった。


 まあ、ウィンチェルの魔法を使えばすぐにお城には到着するだろうし、魔法ではなく空間魔術を使用したとして、それほど差はなく、お城には行けることだろう。


 ただ、テリアさんの提案で、移動は明朝となった。


 【カンガンド大帝国】側としても、こちらを受け入れる準備が必要であるし、事の顛末てんまつを報告するがてら、僕たち【天の惑星】もやってくる……、っていうのは、あまりにも帝国側の負担がでかいだろうという判断だった。


 まあ、言われてみれば確かにと、頷く他ない。


 もどきの裏側にいる黒幕の存在を疑っている以上、帝国側に要求しなければならないことも多くあるだろうし、一つの確定事項として、帝国魔術団の力を借りるということもある。


 いまから帝国に向かって、眠れない夜を過ごすことになるより、明日の朝から働いた方がいい。


 とはいえ、いまのうちに帝国側に伝えた方が良いであろう事柄もあって……、一連の事の次第を纏めた報告書を、メッセージ・バードでお城に送り、さらに、明日の朝に【天の惑星】がお城に向かう予定であるということも、伝えた方がいい事柄の一つだ。


 ということで、テリアさんは『テリトンの鍛冶屋』の一室にこもって、文章作成に励むことになる。


 その文章作成にはラツェルも関わるようで、恐らく、黒幕の存在についての考察とか、帝国魔術団に事前に準備しておいてほしいものとか、いろいろ、先方に伝えなければならないことがあるのだろう。


 で、残された僕たちだけれど、僕たちにだって、やるべき事は、たくさんあった。


 まず【シレイヌ村】の復旧作業の手伝いだ。後々に、帝国側で動いて完璧に復旧する予定だとは言うけれど、重要なのは明日や明後日、【シレイヌ村】の住人が安心して暮らせることだということを、僕たちは実感として知っている。……なにせ、野宿の心許なさや、屋根のない暮らしの辛さが分かっているゆえに。そんな、旅の多い冒険者ゆえに。


 ということで、もどきが土中から出てきてしまったために傾いた建物の復旧や、完全に倒壊し、道を塞ぐ瓦礫となってしまった建物の除去を、アリープとアーラーが担当することになる。……僕が村の人達と協力して撤去した瓦礫などは、あくまでも全体の一部に過ぎず、まだまだ、村には血なまぐさい硝煙しょうえんが漂っているのだ。


 で、【天の惑星】の中での共通認識として、単純な力作業といえばアリープの仕事であるし、怪我人を癒やしたり、建物を補修したりするのは、アーラーの仕事だ。


 ……まあ、金髪碧目の美丈夫の隣で、明らかに子供としか捉えられない褐色の美少女が、自分の身体よりも大きい瓦礫を取っ払ったりしているのは、中々にシュールな光景なのだけれど。


 さて。


 なら、残った僕とウィンチェルがなにをするかと言えば、それはもどきを砕く作業に他ならない。……本体であるコアを見つけるために、その他大勢の、言ってしまえば分身体でしかないもどきが、氷像となって【シレイヌ村】に点在している状態というのは、あまり気持ちの良いものでもないだろう。


 【シレイヌ村】の住人も、なにが起きたかまだ分かっていない状態で、そんな不気味な氷像などが存在していては、不安を抱えるはずである。


 なにより、人間の形をしているし……。


 とはいえ、砕くのはほとんどウィンチェルの仕事で、僕は付き添っているだけに過ぎないのだけれど。



「……昔を思い出しませんか? 先輩。まだ、パーティーを組んで、まもなくの頃のことを」



 砂埃の激しい道を歩き、もどきの氷像を見つけ、ウィンチェルが指を振る。ウィンチェルは基礎的な魔術であれば無詠唱で発動させることが可能で、その指の軌跡に導かれるように、氷像の足下に、魔方陣が浮かんだ。


 次の瞬間には氷像にひびが入り、罅は蜘蛛の巣状に広がり、やがては決定的な亀裂となり、砕け散る。


 ……人間に化けているゆえ、すこしグロテスクではあるのだが、しかし砕けると同時に、もどきは青い無数の燐光りんこうとなって、この世から消滅していく。


 その光景は、人間に害する存在の最期とは思えないほど、儚く、美しい。


 魔人と呼ばれる存在を除き、モンスターや魔物は、基本的に、心臓を破損すると、霊体となって散る定めにある。


 それが、世界のことわりだった。


 ゆえにモンスターや魔物から素材を採取したい場合は、心臓を狙わずに絶命させる必要があり、その腕を極めて免許を獲得した人間は、俗に、ハンターと呼ばれている。


 ……僕はもどきの最期をなんともいえない気持ちで見送ってから、ウィンチェルに、言葉を返す。



「……パーティーを組んだ時期っていうと、なんだろう。こんな感じのこと、したっけか? ……ごめん。僕、頭が悪いのもあるんだけど、記憶力も低いんだよね」


「覚えてませんか? 私たちが王都を出て、最初に行った町のこと。……王都で引き受けた、護衛任務ですよ。複数のパーティーと合同の。……ちょっと、他のパーティーの名前はあんまり覚えてませんけど、ほら、初めての護衛任務だって喜んで、みんなで遠征したじゃないですか。覚えてません?」


「いや、あー。うん。ぼんやりとだけど、思い出してきた。……そういえばあったね? 【ロミンクの町】だったっけ。王都の北東にある……。そうだね。思い出した。そうだそうだ! ああ! それなりに僕たちも名が知れてきた頃だったっけ?」


「そうですよ。だから護衛任務も回ってきて……。懐かしいですよね。あの頃、皆さん実力はありましたけれど、信用はありませんでしたから」


「そうだねぇ。まあ、僕はいつの頃でも実力なんてありゃしないけども……」


「……あの、なんで先輩ってそんなに卑屈なんですか? ……前々からその傾向はありましたけど、最近、結構ひどくなってますよね?」


「……まあ、いろいろと考えることがあるんだよ」



 怪訝な視線を向けられ、僕はわざとらしく視線を逸らす。……僕が卑屈なのは、ウィンチェルとか、他の【天の惑星】のメンバーが恐ろしいくらいに優秀な影響もあるだろう、とは、口が裂けても言えない。……いま僕が実力に見合わない立場を得ているのも、彼女たちのお陰だしね……。


 などと、すこし自己嫌悪に陥りそうだったので、僕は軽く息を吐いて、気分を変える。


 昔を思い返してみれば、確かにウィンチェルの言う通り、僕たちは信用に乏しいところがあった。


 もちろん個人においていえば、パーティー結成時から、アリープは【暴れ竜】を継いでいたし、ラツェルは【勇者】として【ハートリック大聖堂】から指名を受けていたし、アーラーは【メリアル王国】の騎士団の筆頭であったし、ウィンチェルは世界でもまれな、魔法を使える麒麟児だった。


 とはいえそんなことは、国の冒険者を管理している、という名の公的機関からしてしまえば、関係ない。


 いわゆる、ギルドは、冒険者たちにとっての、お役所である。


 つまりは良い意味でも悪い意味でも冒険者に対して平等であり、どれだけ個人に実績があろうとも、「これからはパーティーとして活動していきます」と書類を提出すれば、みんな揃って、新米冒険者パーティーである。


 そして冒険者パーティーの実力・信頼度を表すは、0からのスタートだ。


 いまは【メリアル王国】でも最上位のグレード7に認定されているのが【天の惑星】というパーティーで、それを考えてみると、まったく、途方もない道のりを、なんだかんだ、みんなで乗り越えてきたんだなと思える。


 と考えてみれば、僕も長く【天の惑星】に在籍していたのだし、このまま居続けてもいいのかな、と甘い考えがよぎるが、それより先に、良い案がふと、頭に浮かんだ。



 ……僕の後釜を見つけるっていうのはどうだろう?



 それは中々どうして、悪くない案なんじゃないか? ……ほら。どこのパーティーでもあり得る話なのだ。いつか離脱するかもしれないメンバーの穴を埋めるため、予備として、最初から、弟子のような存在をパーティーに同行させるという流れは。


 僕は【深海火口】の連中とはそれなりに付き合いがあるのだけれど、彼らも、パーティーには有望株の若い子を入れていて、もちろん戦力としては数えていないらしいけれど、今後のときに備えて、経験は積ませているらしい。


 うん。


 後釜を見つけるっていうのは、結構、ありだな!



「あの。なんか先輩、変なこと考えてません? そういう顔、してますよ」


「いやいや。変なことは考えてないよ。本当に」


「本当ですか? ……行く町行く町で、可愛い女の子を見つけたときと同じ顔、してますよ」


「してないだろっ!」


「いや、冗談なんですけど、そこまで必死に否定されると……、本気なんですか?」


「してないだろ……」


「まあ、変なこと考えてないならいいですけど……。前の話に戻りますけど、【ロミンクの町】での出来事って、覚えています?」


「……あー。なんか、そうだね。ああ。似たようなこと、やったっけ」


「ええ。まあ、似たようなことっていうか、まんま、災害復旧でしたけど」



 遠い目をしながら、ウィンチェルは、長い指を虚空に振る。すると、氷像の足下に紫の魔方陣が浮かぶ。そして次の瞬間には、氷像も魔方陣も消えている。……繰り返される作業がある。そんな作業を見ながら僕も、遠い、りし日の出来事を思い出す。


 ウィンチェルの記憶は正しい。


 僕たちは商隊の護衛を頼まれて、王都の北東にある【ロミンクの町】まで、とある商隊を護衛し、送り届けた。そうだ。そこまでは良かった。順調だった。僕たちの他にも護衛を頼まれている冒険者パーティーはあり、むしろ僕たちは下の立場という感じだったから、かなり負担は少なかったのだ。


 ただ、【ロミンクの町】において、問題は発生した。




 【よいの覚醒】。




 スライムがもどきに進化してしまうのとは、すこし違う。進化という現象が珍しく、特別に近い現象だとするならば、【宵の覚醒】は比較的簡単に、それこそモンスターの生息域に住んでいる人間ならば、月に一度は経験する現象でもあった。


 真夜中、特に新月の日に、その現象は起きる。


 内容としては至極単純で、モンスターが、眠れない。


 眠れないどころか、活性化する。


 昼行性ちゅうこうせいのモンスターが真夜中であるのに活発となり、餌を求めて野を駆け回り、最悪の場合には、人里を襲う。


 もちろん対策として魔術障壁があるし、モンスターの生息域に近い人間は、新月の夜には必ず見張りを立てる。そうして対策をするのだが……、当たり前の話、人は油断するし、ミスするし、そして、運の悪さも重なってしまうものだ。



 僕たちが商隊を護衛し終え、無事に【ロミンクの町】に到着した夜更け、【宵の覚醒】によって活発化したモンスターによって、町は襲われた。


 そして僕たちは合同パーティーの中でも下の立場だったゆえ、町の復旧を任されて……、いまおこなっているように、倒壊した建物を直したり、怪我人を看護したり、死にかけのモンスターにとどめを刺したり、そういったことを、こなしていたのだ。


 懐かしいな。


 あれからもう、四年は経つだろうか。


 たぶん、そのくらいだろう。


 パーティーを結成したのが五年前なのだから、護衛を任されたのはその一年後の、四年前であるはずだ。


 もう、四年が経つ。



「あのときさ、みんなは結構、歯がゆさを感じていたでしょ? アリープはかなり露骨に、悔しさを噛みしめるって感じでさ。あたし達が前線に出た方が良い! って、合同パーティーのリーダーにも、町長にも主張している感じで……、たださ、僕は結構、悪くないって思ってたんだよね。……情けない話かもしれないけど」


「……情けなくはないですよ。私も、先輩と同じですから。こういうのも悪くないなって、思いながら働いてましたよ」


「……そうなの?」


「ええ。……私、面倒くさがりなんで。先輩の知っての通りですよ」


「……そういえば、そうだったね」


「面倒くさいことは好きじゃないんです。だから、こうして先輩と、たらたら喋りながら、楽に仕事していた方が好きですよ。私は」


「そう言われてみると、僕も同じかもな」



 氷像が砕ける。結晶が飛ぶ。氷の飛沫が地面を濡らす。


 ……確かに、そうだった。ウィンチェルは、昔からとてつもない面倒くさがりなのだ。魔術専門学校に通っていた時期は、平気で授業に遅刻していたし、途中で授業を抜けることだってあったし、なんなら学校に顔を出さないなんてことも、よくあった。


 それで僕が心配して、ウィンチェルの借りている部屋に行き、鈴を鳴らすも、彼女は応答しない。いよいよもって心配し、なんとか工作して鍵を解いて部屋にお邪魔すれば、大抵はぐっすり、彼女は布団の中で眠っていた。……部屋は魔術書が散乱している有様で、冷蔵庫の中にも食材はなく、僕はとりあえず彼女を寝かせたまま、よく食材を買いに行ったものだ。


 ご飯を作ってからウィンチェルを起こし、飯を食わせて、そのときの時間帯によっては支度をさせて、専門学校まで連れ出すのが僕の役目だった。


 もちろんウィンチェルも一筋縄ではいかない性格をしており、いつの間にかウィンチェルは僕に対抗し、人間の睡眠に作用する設置型の魔術を布団の脇に発動させて、僕を逆に眠らせ、布団に引きずり込んだりもしていた。


 ……あのとき、ウィンチェルが布団の中で見せた、しめしめといった表情を、僕は未だに忘れられない。


 ……あと、ウィンチェルと一緒に寝るのは、認めるのは癪だけれど、すごく気持ちよく、熟睡出来るものでもあるのだ。


 で、最終的には僕もウィンチェルに誘惑され、出会って一年が経つ頃には、自堕落な生活を送るようになってしまったのだ……。


 と、考えてみると、ウィンチェルはもしかすると、僕に気を遣っているわけではなく、本当に、【ロミンクの町】での出来事は、「こんな感じでいい」と思っていたのかもしれないな。


 なんだか、そうして思い直してみると、自分の後ろめたさのようなものが晴れ、ちょっと可笑おかしくて、僕とウィンチェルはささやかに笑いながら、残りの、氷像と化したを砕いていった。



 すべての作業が終わったのは、陽が半分、地平線に埋もれた頃だった。



 僕とウィンチェルは揃って『テリトンの鍛冶屋』に戻り、まだ帰ってこないみんなのために、一緒にキッチンに立って、ポーチ型のマジックバックに入れていた食材を漁り、まな板を叩いた。


 そうして外がすっかり暗くなると、帝国に送るメッセージを考えていたラツェルとテリアさんが家の奥から表れて、「いい匂いがするじゃないか。ふふふ。今日はなにが食べられるのか、楽しみだよ」「……料理まで、かたじけない」なんて口々に言い、空腹の虫を慣らした。


 それから五分もしないうちに、アリープとアーラーも戻ってきて、みんなで円卓を囲む。


 料理はそれなりに自信があった。僕には荷物持ちとしての役割もあるけれど、冒険の途中で料理を振る舞ったりすることも多く、ちなみにその料理の腕はもちろん、かつてウィンチェルの舌鼓を打たせるためだけに磨いた腕でもある。


 トリオンバードの煮付けを中心とした料理に、みんながテーブルマナーとかを気にせず、ただただ貪るように食らいついてくれるのを、僕はどこか誇らしいような気持ちで見守る。


 ……ちなみにバードの煮付けは、僕が過去にウィンチェルに教えた唯一の料理でもあり、同時に、彼女の好物でもあった。……まったく、ちゃっかりしている後輩である。


 ご飯を食べ終えたら、ウィンチェルの工作魔道具で、食器を自動で一気に洗う。


 それから湯浴み……、というのが【天の惑星】に定着している、ある種の生活リズムのようなものであるのだが、さすがに村の状況を鑑みて、今回はウィンチェルの魔術で代用することになった。


 服を着たまま、ウィンチェルの作り出した水の玉に全身を入れ、息を止めているだけでよかった。後は勝手に水流の流れと勢いが調節され、綺麗さっぱりとした状態に、全身が洗濯される。


 ちなみに、身体から流れた汚れは水玉の隅に追いやられ、僕たちはそれを見て、誰が一番汚れているかを言い合う。


 ちなみに今日一番汚れていたのはアリープだった。つまりそれだけアリープが頑張ったということなので、ご褒美にアイスをあげる。


 濡れた服もまた、ウィンチェルの魔術で乾かしてもらい、風呂の代用は終了だった。



 ところで問題は、寝床だ。



 テリアさんを含めて、六人。『テリトンの鍛冶屋』の寝室は広いというわけでもなく、どこで、どう寝るか? ……まあ、べつに、寝室というこだわらなければ寝られるし、ウィンチェルの空間魔術などを使えば、寝場所を確保するのは容易いのだけれど。



「あの、久しぶりに、昔みたいに、雑魚寝しませんか? テリアさんは、あれかもしれませんけど……」



 なんて、寝間着姿になったウィンチェルの提案に、みんな口を空けて、本当に間抜けな表情を見せるものだから、僕は笑ってしまう。……まあ、でも確かに、ウィンチェルがこういう場で自分の意見を出すというのは珍しいし、かつ、内容も内容だから、ぽかんとしてしまうのも頷ける。


 僕が驚かないでいられるのは、ウィンチェルがどうしてそんな提案をするのか、理解出来てしまうからだった。


 あの日々、あのときにしか味わえなかった懐かしさに、浸りたいのだろう。


 ……いま、帝都でもそうだったけれど、僕たちはそれなりに歓迎を受ける立場にある。だから遠征先では、上等なホテルや宿屋を用意されているのがほとんどだし、そういった場合、部屋は当たり前に、個別に用意されている。


 でも、昔は違ったのだ。


 それこそ、つい三年くらい前までは、複数人で同じ部屋とか、なんなら皆で同じ部屋とか、そういったことが普通だったのだ。


 昔こそよく楽しんでいた野宿なんていうことも、いまは、ほとんどすることはない。


 そして、そういった変化が、ウィンチェルからしてみれば、寂しかったのかもしれない。


 ――最初に反応したのは、さすがパーティーの頼れるリーダー様である、ラツェルだった。


 彼女は間抜けな表情から一転、指を鳴らして、「いいね」と頷く。



「賛成だよ。久しぶりにみんなで雑魚寝でもしようか? ……とはいえテリアさんには悪いからね。テリアさんには、是非とも我がパーティーで最高の寝心地を誇る、最新のテントでも使ってもらおうかな?」


「えっ……。その、私はそれこそ、この円卓の部屋で寝ても構わないくらいなんですが……。逆に、よろしいのですか?」


「もちろん。言ってしまえば、これは私のわがままだからね。それに、ほら、ちょっと他の人にも、使用感を確かめてもらいたいところがあるんだよ。だから……どうだろうか? テリアさん。私たちの、最高のテントを使ってみたくないかい? ……ふふ」


「それは、もちろんです! 使わせていただけるのであれば、是非とも」


「よしよし。……みんなも異論はないよね?」


「異論などあるはずもない」


「あたしもねー!」



 ラツェルは最後に僕に視線を向けて、僕は頷きだけを返した。


 その夜、テリアさんにテントの使用方法を説明してから、僕たちは『テリトンの鍛冶屋』の寝室において、久しぶりに皆で、わいわいと騒ぎながら、寝床の準備をした。


 元から置いてあったベッドはマジックバックにしまい、入れ替えるように、人数分の布団を取り出し、敷いていく。



 白い布団はラツェル。

 赤い布団はアリープ。

 紫の布団はウィンチェル。

 青の布団はアーラー。

 黄色い布団は僕。



 いつ買ったのかは思い出せない。もう、遠い思い出だ。でも駆け出しの頃に、買ったのだと思う。


 順番も関係なく、大雑把に、それこそ部屋一面に布団を敷き詰めるようにして、そして思い思いに、僕たちは横になった。


 ……なんとなく話すのは、昔のことだ。


 あんなことがあったよね。こんなこともあったはずだ。あれは楽しかったね。あれは苦い思い出だった。そういえばあのとき私はこんなことをしていた。あたしはこう思っていた。拙者は……。


 みんなでこうして、思い出話に花を咲かせるのは、いつぶりだろうか?


 


 その日、僕たちは【天の惑星】ではなく、ただの友人に戻って、笑い合った。




 そうして、夜が更けていく。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る