荷物持ち、今日も辞められない。

橋本秋葉

第一部 魔人ヒルドゥス討伐編

一章 冒険者パーティー【天の惑星】の日常

1.【暴れ竜】と買い出しに行く。



   1



 空を仰いで太陽を視界に入れて、いつも僕が思うことっていうのは「本当にこの宇宙には僕たち以外の人間っていないのかな?」っていうもので、まあ、ぶっちゃけそれは現実逃避的な思考なのだけれども……。


 僕は続ける。


 なんか、かの有名な【ミレアム魔術学園】の教授が、テレビで「我々が暮らしている星――惑星【レディズ】は特別である。他に、人間の生活が可能な惑星は存在しないのだ」とか語ってたけど、それって本当なんだろうか?


 空想が好きな僕としては、もっと他にも、水と酸素があって、魔素マナも漂っているような惑星が、一つや二つはあってもいいんじゃないかなー、とか思うのだ。


 それで、その宇宙人である彼らも、いま現在、僕と同じように太陽を見上げていて、まぶしさに、目を細めている。


 なんて、ロマンティックじゃないだろうか?

 


「んふふ。んふふふふ! いよぉーし! 行くよ~、デートだよデート! 行くんだよ、デートに! ……んふふふ! ハチタとデート!」



 と、ロマンティックの欠片もない言葉が、豪快な花火みたいに、隣で弾けた。



「行こうね~、ハチタ! 今日は買い出しだから! あたしと一緒に、二人でデートだからね。…………いえー! 今日はあたしがハチタをひとりじめー!」



 溌剌はつらつとした、それこそ、この世界の鬱屈した空気をすべて吹き飛ばしてしまうのではないか? と思えるほどの気迫ある声を発する、少女がひとり。


 彼女は、もうずっと前から僕の手を握っていて……、しかも、体温が異様に高かった。


 その熱がずっと僕の手から僕の全身に巡っており……、春とはいえ夏に近い気候ゆえに、僕は汗が止まらず、暑くて暑くてたまらないのだけれど、彼女が僕の手を離してくれる様子はない。


 とはいえ無理矢理に振り払うわけにもいかないし、それはだから、というのももちろんあるけれど、それ以前に、僕では、彼女に敵わないからでもある。


 というか、、彼女には、膂力りょりょくで及ばないだろう。


 ……僕は全身を火照らせつつ、彼女に言う。



「うーん。ちょっと、朝からカロリー高いね? 元気だね? ちなみに僕、そんなに元気じゃないよ? ……ほら、僕の顔を見てごらん。どっからどう見ても、疲れてるでしょ」


「えー? 疲れてるかな? 疲れてるの? 大丈夫だよ! あたしと一緒にいたらねー、すぐにめちゃくちゃギュンギュンギュンって、元気になっちゃうからね! 任せてよー!」


「……うーん。あはは。疲れてるんだぜ? 僕。だからほら、もうちょっと、声のボリュームを抑えてくれないかな? どうかな? 提案なんだけどさ? ね?」


「ボリューム? カロリー? エネルギー? ご飯食べたいの? いいよ! 買い出し済ませてからご飯行こっかなーって思ってたんだけど、ハチタが言うなら、先にご飯済ませちゃおっか!」


「うーん。話が通じないな」


「ねー? なにがいい? せっかく帝国に来たんだし、帝国でしか味わえないものがいいよねー。……あ! あっちの道に行ってみよっか! 美味しそうな匂いがする!」


「…………ねえ。いい? いいかい? ちょっと、落ち着いて? いきなり走り出さないで? 僕、普通に転んじゃうからね? 引きずられるような感じになっちゃうからね? ね? 落ち着いて? いい?」


「仕方ないなぁ」


「僕の台詞だけどね、それは。でも落ち着いてくれてありがとう。……ところでなんだけど、そのテンションに付いていけないから、ちょっと待ってもらっていい?」


「え~、やだ! ほら、あたしは待たないことで有名だからさ! でしょ? ね? あたし、基本的に待たされるの嫌だもん」


「だもん。じゃないから。あとピースしながら言うことじゃないから」


「ピース! いえーい!」


「……それにさ、君、今日は集合時間に五分遅刻してたよね。待たされるの嫌、っていうわりには、遅刻してたよね?」



 と、いつものやりとりに辟易へきえきとしつつも、反撃の糸口を見つけ、意地悪に問いかけてみれば、彼女は突然、まるで親しい友達と別れることになった幼い子供のように、形の良い眉を垂らして、呟くように、言った。 



「……ねえ、ハチタ。あのね、その……、君、君、っていうのやめてよ。名前で呼んでよ。あたし、寂しくなっちゃうから」


「……僕の話、聞いてた?」


「寂しいから、ちゃんと名前で呼んでよ……」


「急にしおらしくなるのやめてよ……」


「もうっ、聞いてる? ハチタ。ちゃんと聞いてよ。ね? ほら。あたしの名前を、ちゃんと、呼んで。目を見ながら! ほら!」


「……アリープ」


「んふふ。なぁに? どうしたの? アリープだよ? ハチタの好きな、アリープ。んふ」


「……アリープ、今日、遅刻したでしょ。僕を待たせたでしょ? だから、今度はアリープが待つ番だ。……いい? 朝っぱらからそのテンションについていけるほど僕は元気じゃないから、落ち着いてくれ」


「やだ! ていうか、なに言ってるか聞こえないもーん!」



 と、けらけら、それこそまさに子供のように笑いながら、我がパーティーのである【暴れ竜】こと――アリープ・レディオは、両手で耳を塞いだ。




 火吐きの竜を象徴するような――赤と黒が入り交じった、まだらの、長髪。


 海底に眠る宝石よりも輝く、朱の瞳。


 健康的に日焼けした、傷ついてもすぐに修復される、褐色の肌。




 こちらは小等学園の元気いっぱいな生徒です、と紹介されても信じてしまうほどに小柄な体躯たいくで、僕の胸あたりに頭の頂点がある彼女は、そのまま両手で耳を塞いだまま、ちょっと小走りに、前を歩いて行く。


 人通りの多い、往来だった。


 いま僕たちが滞在しているのは、僕たちが拠点としている【メリアル王国】のお膝元ではなく、惑星【レディズ】の西大陸を統一している、【カンガンド大帝国】の都市部だった。


 人の装いも、風土も、気候も、文化も、なにもかもが【メリアル王国】とは違っているけれど、居心地は、そんなに悪くない。


 それはやはり、まだまだ僕たちが発展途上であることを示していて……、つまりは、気がつかれないのだ。



 なにせ【メリアル王国】でアリープが声を上げれば、【暴れ竜】として名を馳せている彼女に対し、王国民の大群が羊のように押し寄せ、サインをねだることはわかりきったことであり、そもそも、買い出しになど行けるはずもない。


 だからいつも、買い出しは僕ひとりの仕事だった。


 ……で、ここが【カンガンド大帝国】であるから、という理由で、昨日はみんなで買い出しじゃんけんをして、「よーし僕も久しぶりに買い出し役を脱出するぞ!」とかって意気込んでいたのだけれど、一発で、負けた。


 当たり前だ。


 僕のパーティーメンバーはみんな規格外も規格外、【暴れ竜】のアリープに負けず劣らず、王国最強の守護者である【聖なる盾】も、さらに魔術ではなくを使いこなしている【魔女】も、なにより、世界人口の90%も信仰している大教会が宣託で告げた【勇者】すらも、所属しているのだ。


 ……僕が負けたあと、じゃんけんは高速化し、かつ、長期化した。


 あいこがずっと続き、やがて【魔女】の隙を衝いた【勇者】が彼女の脇腹をくすぐってで離脱させると、アリープが【聖なる盾】を部屋から突き飛ばして離脱させ、【勇者】とアリープの一騎打ち。


 決着はつかず、だから、いい加減に面倒くさくなってきた僕が「使」と提案し、約1分後には決着がついた。


 アリープの、負けである。


 【勇者】は膝から崩れ落ち、アリープは、大気を震わす咆哮を上げた。


 ……たぶん、普通に、他の部屋に泊まっている人達に迷惑だったと思う……。


 ……ていうか、買い出しに行かなくて済むのに残念がる理由も分からないし、買い出しに行くのに喜んでいる理由も、僕には分からない……。



「ねーハチタ、あそこどう? ね、ね。ラーメンだって。あたし、食べたことない! ハチタは? ある?」


「ラーメン? ないかな。…………いや。一回だけ、あったかな。屋台みたいなのが、王国に来た事があったはずだ。それで食べたんだっけな……?」


「えー。初めてじゃないの? じゃ、やめよ。…………初めてがいいなー。ハチタの、初めて! あたしと一緒の初めて!」



 ……どういう顔してそんなこと言ってるんだろう? と思って横目でアリープを窺えば、彼女は獲物を前にした爬虫類のように、艶やかな唇を舌先でなぞっていて、僕は、それ以上見るのをやめた。

 


「んふふ。あたしも初めて、ハチタも初めて、これが一番燃えるよね! ね?」


「……なにが燃えるかは分からないけど、確かに、初めての方が楽しそうではあるね。何事も」


「んふ! だよねだよねだよね! いやー、ハチタと一緒の意見で嬉しいよ! あたし! それだけで幸せになれるから! 本当に! んふふふ!」


「……あるいは、食べ歩きって線もあるな。どう?」


「あっ、いいねいいね! それ、すごくいいよ! 賛成! 食べ歩きで、めちゃくちゃたくさんの初めてを積み重ねていこー!」



 それで、僕とアリープは飲食店の建ち並ぶ通りから外れ、大通りからすこし外れたところにある、商店街をぶらついた。


 王国では見たこともない料理はいたるところにあった。


 とはいえ素材は王国と同じで、果物ではラムベリー、ジャムベリー、ミリカン、オンレジ、リゴンなどなど、主食では、ラビットやバード、家畜のビーフなのだが、味付けが変わっていた。


 油で揚げる料理もあれば、薄切りにしてソースを垂らすものもあり、あるいは煎餅のようにぺちゃんこに潰したものとか……、チョコレートをトッピングした料理もあった。


 本当においしいのかな? と疑心暗鬼だったけれど、舌は喜んでいた。




 そうしてお腹を膨れさせ、大満足の一日を終え、日が暮れかかった頃に、僕とアリープは、集合場所でもあった広場の公園で別れた。


 ……そして、別れたあとに、気がついた。


 あれ、買い出し、してなくね……?




 僕が最終的に泣きつく先は決まっていて、まことに頼れるパーティーのリーダーであり、【勇者】様である。




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