短編だけど凝縮

@itazuranatuki

第1話ケルベロス

 ゴミ出しまで、距離は30メートル

ここのゴミ置き場には、ケルベロスがいる。

顔は三匹じゃないが二匹のケルベロスで、ゴミの番人である。

近隣の見かけない顔の人がゴミ置き場を覗こうものならば、

必ず声をかける。

誰かがゴミの分別をしないで出していないか、

カラスにゴミをいたずらされていないか、

粗大ゴミを勝手に持っていってしまう人はいないか、

ゴミ置き場を1日何度も見回るケロベロス・・

二匹のケロベロスは互いに協力しあい、違反者がいた場合

大きな文字のメッセージを貼り付けて晒す。

もしくは、回覧板で注意事項を回す。

 ゴミ置き場には必ず、当番がいて収集車が行った後、お掃除をするのだが

ケロベロス達は信頼していない。

必ず自分の目で確認しないと気が済まない。

いっそ、ごみ置き場に住んでしまえと思うのだが、血眼になってゴミ置き場の番人に使命を燃やす。

 だがそのケロベロス達にも弱点がある。

それはさらにカーストの上位のモンスターがいる。

モンスターは月に一度、陽気の会という、名前とは対照的な会を開くのだが、

何度か誘われるうちに行かないわけには行かなくなり、仕方なく行くような有料の会である。

モンスターは自分の家で開催するのだが、場所代500円をしっかりいただく。

お年寄り達は、お茶菓子を持ってモンスターの家に集まるのだが、

モンスターはこの辺りのカーストの上位にいて、そのモンスターには

二匹のケロベロスも何もいうことができない。

まるで忠犬ハチ公並みに、きちっということを聞くのだ。

 ケロベロスは、人を見る・・

その鼻で嗅ぎ分けるのだ。

クンクン、これは自分にご褒美をくれる相手かそうじゃないか。

そこが重要だ。

ここでいうご褒美とは自分にとってプラスになる物を持っているか否かで決まる。

モンスターは発言力があるし、人を集めて、陽気の会(フリーズ会)を開いているので、あっという間に、ケロベロス達を黙らせる強さがあるのだ。

だから、モンスターが違う曜日にゴミを出しに来た時は、

お手伝いをしに近寄っていくのだ。

それは滑稽なほど、露骨だ・・・

 

だが、実はカーストの一番上位にいるのは、他人を気にしない芯のある人々だ。

彼らは、断ることがとてもうまい。

そして、隙を与えないのだ。

自分の人生に、必要ないと感じたら、挨拶くらいに留めておく。

その人達がカースト最上位である。

一見、どこにも属していないような、独自の世界を大事にする彼らこそ

紛れもなく、上位の生活だ。

そこに貧富の差は関係ないのだ。

何故なら、人と比べないから惨めにもならず、自分の軸で生きているから

振り回されることもない。

それは見事なのだ。

物を押し付けられそうになっても、うちは間に合っているわ。

とはっきり断ることができる。


 ちなみに私はどのような人間かというと、ケロベロス達にとってはカーストの最下層にいる。

なんでも押し付けられる相手である。

昨日のご飯、冷蔵庫にしまってあった硬くなったご飯でも、意見を言わせず押し付けてくる。

ポストに入っていたこともあったぐらいだ。

ちょっと困った顔をすると、もらってくれないと困るんだけど・・・と凄んでくる。

じゃあいただきます、ともらうようになると、こいつは断らないと思いどんどんよこしてくるようになる。

そして、もらってばかりいる罪悪感から、何か買ったものをお返しすると、とても喜ぶ。

 このケロベロス甘やかし悪循環を続けてきた私は、カースト最下層になったというわけである。

ケロベロスがくれるものは、料理したものが多い。手作りというものだ。

蕗の佃煮や、豆ご飯。

田舎料理がほとんどである。自分の娘がいらないというから、もらってちょうだいというのだけど、

ケロベロスよ、娘ははっきり言えるだけで、私も、いらないと言いたいのだよ。

 そして、私はどうするかを考えて、できるだけ会わないようにしようと思ったわけだ。

ゴミ出しまで30メートル。

運動靴に履き替えて、玄関を開け。左右確認・・・

ケロベロスはいない。。。

ヨシ、いまだ!

そこからのダッシュは早かった。

ダッシュで置いて、ダッシュで家まで帰ってくる。

まるでコソ泥のよう・・・

ゴミを出すのに、この速さ。

すっかり左右確認も板についてしまった。

こんなにも早く走ったのは運動会以来だ。

まだまだやればできるじゃないかと、自分を褒めながら、首を傾げる。

待てよ、なんでこんなコソ泥みたいな真似しなきゃならないんだ。

ああ、一旦ケロベロスに捕まったら最後、どれだけじぶんが地域のために

貢献しているか延々を聞かされて、早く褒めなさいよと、褒めることを強制されるのだ。

いつもありがとう。ケロちゃんのおかげでごみ置き場がとても綺麗です。

綺麗にしてくださってありがとう・・・この言葉が欲しいのだ。

私は何度、口に出したことだろう・・・

そして最後に言われることは・・・そろそろ世代交代よ。

お次は頼むわね・・・

そんな恐ろしいことを言うのだ。

 ケロベロスには絶対になりたくない。

よって、今日も30メートルダッシュをする。





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