20、生意気な子ギツネ少年
「おいどうしたんだよ!?」
「わ、わからん、急に力が入らな――」
何が起こったかわけがわからない、と言いたげな顔できょろきょろと周囲を見渡す猫系。こいつにわからないなら俺はもっとわからない。
だが「一体何が」と、俺が首をかしげたのが良くないらしかった。
「おいお前! 何かしやがったな!?」
純度百パ―の疑問からくる首傾げだったのに、猫系の目には俺が小馬鹿にしているように映ったらしい。首もかしげられない治安。終わってる。
しかし今は治安の悪さを嘆いてる暇はない。俺は精いっぱいの申し訳なさそうな顔を作り、誤解を解くことに努める。
「そ、そんな、誤解ですっ!」
「……そんな可愛い顔したって騙されねえぞ!」
若干のぐらつきはあったが、俺の顔面が猫系のハートをキャッチすることはなかった。まあキャッチしても困るけども。
「か弱いフリしやがって、とんだお転婆ちゃんだったみてえだな?」
「い、今のうちに縛っちゃうか?」
「ああ、馬鹿なお前にしちゃいい案だ。ロープをよこせ!」
まずいまずいまずい。壁を石壁にぺっとりとつけ、その壁をびしょ濡れにする勢いで冷汗を流しながら目を左右に泳がせる。
右も壁。左も壁。上は空。確認完了、詰んでる!
泣きたい。何で美少女に生まれ変わってからのイベントが檻ぶちこみとバトルと人心売買なんだ。今時の乙女ゲームだってもうちょっと手加減してるぞ。
「私じゃありません。助けてください!」
「はっ、手を出す前なら考えてやっても良かったがな」
だから俺やってないんだって!
俺の必死の命乞いは無情にも却下され、ロープを構えたまま舌なめずりした猫系が迫る。
ああ終わった、女神の冒険はここで終わった。
「ぎにゃっ!?」
「ぎゃんっ!!」
神を呪いながら目を瞑りかけた瞬間だった。猫系と犬系がご丁寧にそれぞれ種族にあった悲鳴を上げ、閉じかけていた目を見開く。
見れば、何故か猫系犬系が仲良く足を抱えて俺の足元に転がっていた。
「……お姉さんさあ、隙作ったんだからさっさと逃げてくれなきゃ困るよ。また戻ってくるはめになっちゃったじゃんか」
「だ、誰ですか?」
猫系でも犬系でもない、別の誰かの声だった。話の内容から察するに、さっき猫系にちょっかいをだしたのはこいつらしい。
しかし見渡してもそれらしい人影は見えず俺が警戒していると、どことなくむくれたような声が下から聞こえてきた。
「それ、わざと? それとも天然?」
少し先、路地の入口当たりに人影はあった。高さは、ちょうど俺の腰あたり。
「……子供?」
「やめてよね。見た目だけで判断するの。ボクそういうの大っ嫌い」
白い毛並みに、ぼろきれのマントからのぞく筆の形のふさふさ尻尾。
動物がよくわかっていない俺でもわかる。真っ白なキツネの、子供だった。
「というか、この国で身も守れないのにひとりで行動するってなんなの? 馬鹿なの?」
「……は、はい」
「絡まれて当たり前でしょ。お姉さん間抜けだね」
そう言いながら呆れたように首を竦める子ギツネ。
初対面の人間に言うことでなはないと思うが、正直、正論パンチ過ぎてぐうの音も出ない。はい、馬鹿で間抜けなのはこの俺です。
「でも、おじさんもおじさんたちだよ」
しかし、その正論パンチが向いたのは俺だけじゃなかった。
子ギツネは赤い目で転がっている猫系と犬系を見下ろしながら、とてもじゃないが子供とは思えない冷ややかな声で言う。
「慣れてない女の子をふたりがかりで追い込んでさ、恥ずかしくないわけ?」
「っ、このクソガキっ……!」
「そのガキに転がされてよくまだ粋がってられるよね。ボクなら絶対無理。ダサすぎて死んじゃうね」
おーい、少年。ほどほどにしといた方がいいぞー!
ハラハラで胃が引きちぎれそうである。だというのに、子ギツネ少年は嬉々として煽りを続けるものだから手に負えない。
「あ、あの、そんなことよりも早く逃げ――」
しかし俺の提案も間に合わず、案の定というか当然、馬鹿にされた猫系と犬系は目を血走らせながら立ち上がる。
路地の奥で取り残された俺は思わず顔を覆った。言わんこっちゃない。
「言わせておけば好き勝手言いやがって!」
「毛も肉も全部バラして売っぱらってやる!」
だが、男たちがそう意気込めたのもほんの一瞬。俺が子ギツネ少年を庇おうと駆ける直前にことは起きた。
「そういうのはさあ、僕の前で十秒でも立ってられたらにしなよ」
何が起こったかわからない。ただ足元に風が吹いた、それだけだった。
それだけなのに、猫系と犬系がまた足を抱えて地面に転がっている。
彼がやったのだ、と。いつの間にか目の前に立った子ギツネ少年に対し、少し遅れて頭が理解した。
「じゃ、いこっか」
「い、行くって?」
「決まってるでしょ。逃げるんだよ」
強引に子ギツネ少年が手を引き、俺は路地から引っ張り出される。
この出会いがのちにシュラ王国で俺がコロシアムに出る原因になるとは、誰が思うだろうか。
そんな未来のことなどわかるわけもなく、俺は足をもつれさせないようにしながら、すばしっこい子ギツネ少年について行くことしかできなかった。
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