30日後世界が滅ぶことを僕と彼女だけが知っている

田中きくけ

1話 世界が滅ぶらしい

 いつからだろう世界が灰色に見えるようになったのは。

 いつからだろうもなにもかも終わらせたいと思ったのは。


 屋上へと続く階段を一歩一歩踏みしめて上っていく。

 いっそのこと階段を踏み外してしまえばどれだけ楽だろうかそんなことを心の中で考える。


 俺は屋上へと続く扉のドアを開いた。

 その瞬間俺の視界に入ってきたのは眩しさ。

 光、色、久しぶりに脳内に入ってきた情報に脳が混乱する。

 何故? そう考えた瞬間自分以外の他者がこの空間に存在することに気づいた。



 屋上の柵の前でこの学校の制服に身を包む女子生徒が体育座りをしていた。

 どうやら景色を眺めているらしく僕の存在には気づいてないらしい。

 彼女が何か関係があるのだろうか?


 この時のことを思い出すといつも思う全く僕らしくない行動だなと。

 だが同時に思う。何度この時間に戻っても僕はきっと同じ行動を取るだろうと。


「おーい」

 その場から彼女に声をかけるが彼女は屋上の外の景色を見ているばかりでこちら側に気づいた様子は無い。

「おーーーい」

 声のボリュームをさっきよりも上げてもう一度呼びかける。

 しかし、返事は無い。聞こえていないのかそれとも聞こえているうえであえて無視しているのだろうか。


 俺はゆっくりと彼女の居る方向へと歩いていく。彼女は依然こちらを振り向かず屋上の外の景色をみつめたままだ。

 俺はなおも歩みを進める

 俺が彼女の真後ろにたどり着いた時だった。


 彼女が急に俺の居る後ろの方向へと振り向いた。

 俺は驚いて一歩後ずさる。

 ここで初めて俺は彼女の顔を拝んだ。

 切れ長でクールな印象を感じさせる目つき、長いまつ毛に真っすぐ通っている鼻筋、真っ白な雪のような肌に輝くルビーのような唇、端的に言うと凄く整った顔立ちをしている。長い黒髪は腰まで届いている。

 一般的に言って美人と言っていいだろう。しかし俺の感じた第一印象は

「表情が無い、人間じゃないみたいだ」

 というものだった。


 彼女には驚いた様子は無い。やはり先ほどの呼びかけはあえて無視していたのだろう。

 沈黙が流れる。

 永遠にも一瞬にも感じられるような沈黙を破り彼女は能面を張り付けたような無表情で一言俺に告げた。


「1ヶ月後に世界は滅ぶらしいよ」


 唐突だがあなたは初対面の人間に世界が滅ぶと告げられたらどんな反応をするだろうかか考えてみてほしい。

 その場をやりすごして関わらないようにするだろうか。

 それとも真っ向からそんなことはあり得ないと否定して見せるだろうか?

 そんなことはどうでもいい。


 俺がとった行動は


「アハハハハハハハハハハハハハ!」

 爆笑。

「その笑いは嘲笑?」

 彼女は不愉快そうに顔を歪める。

 彼女の顔から初めて表情がこぼれた。

「いいや、心からの喜びの笑いだ」

 俺は彼女にそうキッパリと言い放つ。

「急に笑い出してしかも喜んで笑うなんて君、頭おかしいの?」

 彼女は困惑した顔を浮かべる。

「おかしい? おかしいのは世界だろ」

 俺は顔に笑みを浮かべたまま彼女に言い返した。


 俺の言葉を聞いて彼女はポカンと口を開けた。そして口を閉じ何かを考えるように腕を組み、俯き始めた。

 俺はじっと彼女の言葉を待つ。


 考えが終わったのだろうか彼女は顔を上げ俺の顔を見つめこう言った。

「君、面白いね」

 彼女の口元には笑みが浮かんでいる。


「そうか?」

「うん、いままで私が世界が滅亡することを人に話したときのの反応はそんなわけ無いと否定するか私のことを見る目が冷めた目に変わるかのどっちかしか居なかったよ」

 彼女は一呼吸着き再び喋りはじめる。

「笑われたのは初めて」

「こんな面白いことないと思うけどな世界が滅亡するなんて」

 だって俺はずっと願ってたんだから終わりを。


「ふうん、やっぱ君って変わってるね、名前なんて言うの?」

「俺は灰川優はいかわゆう、優しくない両親に優と名付けられた」

 つい余計なことまで喋ってしまうのは俺の悪い癖だ。



「ふーん、私の名前は言わなくても分かるよね?」

「いや、分からんが」

 何故彼女は俺が彼女のことを知っていると思ったのだろうか。

「やっぱり面白いね君私のこと知らないなんて」

「お前って有名人なのか?」

「主に悪い意味で、私の名前は黒薔彩紗こくばさあや、よろしく優。」

 彼女は立ち上がり笑みを浮かべながらこちらに右手を差し出してきた。

 それにしてもいきなり名前呼びとは。少し面食らったが多分これは嫌がらせだろう。おそらく俺が自分の名前を気に入ってないということを理解しての。

 黒薔は性格が捻くれてるのかもしれない。

「よろしく、有名人さん」

 俺も彼女に習い、右手を差し出す。

 彼女は強く俺の手を握った。

 普通に痛い。

 これが俺と彼女との初めての出会いだった。












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