楽園の日常
小鳥遊アズマ
入社祝い
「そういえば、
九月も半ばを過ぎ、そろそろ涼しくなったころ。俺は卵がこれでもかと詰められたサンドウィッチを食す手を止め、上司である
「なんでって……ここしかオレを拾ってくれるところが無かったからですけど」
正直答える必要性は全くないと思うが、無視したらなぜなぜ攻撃が少なくとも一週間は続くだろうから素直に答える。オレの答えに満足したのか、粟野サンは満足げに鼻を鳴らすとそのまま引き出しの中からあるものを取り出した。黒く光るそれは妙な存在感を放ちながら粟野サンの机に鎮座していた。
「君がここに来てから半年以上経つわけじゃない? 別に忘れてたわけじゃあないけれどそろそろこれを支給したほうがいいだろうなと思ったんだ。ほらほら座っていないでこちらへ来たまえ」
促されるまま粟野サンの机の前に行く。机の上にあったものは至って普通の拳銃だった。己の身を守るには少々心もとないものだったが、粟野サンが言うには初心者におすすめの品らしく、店員に熱弁されたからつい買っちゃった☆と顔の横でピースをする。ご丁寧にウィンク付きだ。まぁ専門店の店員が言うのなら間違いはないのだろうなと思いながらオレは拳銃に触れる。今では本物の重火器なんぞどこでも見るけれど、実際に触ったのはこれが初めてだから少しドキドキした。
「……というか、忘れてないならなんで入社時に支給しなかったんすか?」
「お金がなかったんだよね~」
「………」
大丈夫なのだろうか、この人。というか、会社。
「まーぁ、とにかく! 入社祝いだよ! これからも精々精進したまえ」
と言って粟野サンは砂糖の入れすぎでじゃりじゃりになったコーヒーを口に含んだ。もはや飲み物の体を成していないそれを、何をどう勘違いしたのか「飲みたいなら言ってよ~」と宣いながら押し付けてきた。
「頭おかしいんじゃねぇのこいつ」
「でもこれ美味しいよ? コーヒー味の砂糖を食べてるみたいで」
「コーヒーってそう嗜むもんじゃねぇだろ。コーヒーに謝れ」
「たとえ綾口くんが正常だったとしても絶対に謝らないよ。なぜならこれは誰にも迷惑をかけていないからね」
「まさか綾口くんは無機物にさえ感情移入するのかい?」と粟野サンはオレを見て微笑んだ。そう聞かれると何も言えなくなることを知っているのだ、この人は。早速もらった拳銃をこの男に使ってやろうかと考えたが、相手の性質を思い出し止める。粟野直秀という男に拳銃__というか攻撃全般__は効かないのだ。弾が彼を避けている、と言えば良いのか……。
「私を殺したいのなら異能無効化能力を持った人間を連れてくると良い。私以外に能力者が居ればの話だがね! は、は、は!」
勝ち誇ったように高笑いをしコーヒーを一気飲みするその姿に殺してしまい程苛ついたが、十秒待って尚怒りが収まらなかったので相手の顔面目掛けて拳を振り上げた。もちろん、当たらなかった。
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