追放魔女と使い魔王、2人旅。〜追い出されたから旅に出たのに、救国の魔女ともてはやされては困ります!〜

アズー

第1章 追放魔女、魔王を使い魔にする

1-1 ドロシー、追放される



「ドロシー・ローズ! お前は追放だ!」


「は、はい? 学長、もう一度言って貰っても良いですか?」


 ドロシー・ローズは医務室の白いベッドの上で、出し抜けに投げかけられたその怒声を前に目を丸くしていた。


 かけたばかりの眼鏡がずりさがってくるのを感じる。


 ルクグ王立第三三魔法学校。その学舎の西にある、薬草と清廉な魔力の気配を漂わせる医務室に轟くのは、かの魔法学校の最高責任者の怒声である。


「何をとぼけた顔をしている?! 教授の監督なしに召喚魔法を行使しただけでも規則に触れるというのに、挙げ句の果てには重要設備である召喚の魔を粉微塵にする大爆発を引き起こしたっ!」


「ば、ばくはつ……? いったいなんのことでしょう……」


 学長が怒りにまかせてがなり立てる言葉のすべてを理解することは出来なかった。


 ドロシーの記憶は曖昧だ。なんせ、今、先ほど、この医務室で目を覚ましたばかりなのである。


 そもそもどうしてドロシー自身が医務室で寝ていたかも、その理由もよく分からない。


 学長の言う、爆発に巻き込まれたというのだろうか。


 いや、それにしては怪我が少ない。


 召喚の間を粉微塵にするだけの爆発を引き起こして、五体が無事であることは奇跡としか言いようがない。


「すっとぼけるな! お前は我が校、王立第三三魔法学校の顔に泥を塗ったのだぞ! 市民の血税によって建てられた重要設備を、お前は、破壊したのだ! 跡形もなくなっ! これはすなわち陛下に仇なすことと同義!」


 ドロシーの反応に、ますます怒りのボルテージを上げていく学長。


 太った彼の顔は、さながらトマトのように赤く染まり、目は血走り、口の端には泡が浮かんでいる。


 汚い。


「どこの魔法学校も匙を投げた孤児で貧弱な魔力しか持たないお前を、我が校が拾い上げ、魔女候補生として鍛えてやったというのに、恩を仇で返しよって!」


「えと」


「成績最下位で初級攻撃魔法《火球》もまともに扱えん上に、治癒魔法の才もない、魔法兵の最低条件である使い魔召喚にすら失敗する!」


「あの」


「さらにはなけなしの魔力まで枯渇したとなればいよいよ在籍させておく理由がない!」


「その」


 学長はドロシーに言葉を挟む余裕など与えず、次から次へと捲し立て、最後はびしっとドロシーを指さした。


「よって!」


「は、はい」


「ドロシー・ローズ! お前は追放だ! 本日中に荷物をまとめて寮を出よ! 貴様のために、一レラたりとも税金は使えん!」


「え、えぇ……」


 訳も分からぬままに、ドロシーは退学処分にされてしまった。


 困惑の声を上げる間にも、それこそ破裂しそうなほどに顔を赤くした学長は医務室を出ていた。


 バタンと力任せに閉じられたドア。


 その向こうからもヒステリックに叫ぶ学長の声が響いていた。


 ――きょ、きょ、きょ。


 僅かに開いた医務室の窓より流れてくるのは、鳥の囀りだ。


 突然のことに放心状態にあるドロシーの心中とは異なり、実に穏やかなその鳴き声。それをバックミュージックに、ドロシーは必死に記憶をたぐっていた。


(……わたし、何してたっけ?)


 確か、昨日は休日。


 その丸一日使える時間のすべてを、ドロシーは召喚魔法の習得に充てていた。


 落ちこぼれ生徒のドロシーに何かと目をかけてくれていた魔女バーンリー教授。


 彼女の指導の下、早朝から夕刻にかけて何度も何度も魔獣召喚の呪文を唱えたことははっきりと覚えている。


(夕方、喉が嗄れるくらいに詠唱を続けて、それから……どうだっけ?)


 ――きょ、きょ、きょ。


 小鳥のさえずりが、ドロシーの薄れていた記憶を呼び覚ましていく――



 ☆ ★ ☆ ★ ☆



「ドロシー・ローズ! もう一度だ。もう一度杖を握れ!」


 一人の魔女の声が、夕日に塗りつぶされた召喚の間に広がった。


 床一面に描かれるのは、使い魔を呼び出すための巨大な魔方陣。


 その中央でふくらはぎの辺りまで毛先が伸びた三つ編み赤毛の少女――ドロシー・ローズは蹲っていた。


「……はい! バーンリー教授」


 ドロシーは、ずれた丸眼鏡のブリッジを押し上げると、傍らに落ちていた杖に手を伸ばす。


 魔女候補生に与えられる、杖。ミスティルテインと呼ばれる精霊樹より削り出された、我が身ほどもある杖を支えに立ち上がる。


「答えよ、ドロシー・ローズ! 貴様の魔力は何のためにある?!」


「お国を護るためです、教授!」


「貴様はなぜここにいる?!」


「召喚魔法を会得し、使い魔と契約するためです!」


「では、もう一度だ! 意識を集中し、杖を構えよ!」


「はい!」


 魔女バーンリー教授の声に合わせて、ドロシーは瞼を下ろした。


 訪れた闇の中で、魔女の声が反響する。


「もう一度言う! 魔力は流れだ! 血と同じくお前の体を流れている! その流れを操り、指先に運ぶことをイメージしろ! いいか! 魔法は想像だ! 強い想像力は時に潜在魔力を超える!」


「はい!」


「良いぞ、ドロシー! さらに想像しろ! お前の手足となる魔獣の姿を! 敵国の魔法使いどもを駆逐する強靱な魔獣の王の姿を!」


 ドロシーは想像した。


 敵の兵士を駆逐する強靱な龍の姿を。


 固い鱗はどんな兵器も通さない堅牢な城壁。鋭い牙はあらゆる装甲を貫く槍。


 裂けた顎から吹きつける煉獄の炎は全てを溶かす。最強の火炎龍をドロシーは頭の中でイメージした。


「さあ、いいか?! そのまま、呪文を唱えるんだ! お前が求める最強の魔獣を召喚するのだ」


「――魚よ! 鳥よ! 獣よ! 虫よ! 我が魔力と引き換えに――」


 ドロシーが唱えるのは召喚魔法の呪文。


 床に描かれる巨大な魔方陣が、ドロシーの声に呼応するように光り始める。


 その光は呪文の詠唱が進むごとに力を強め、瞼を貫通するほどの目映さを携えることとなった。


 いいぞ、とバーンリー教授の声が耳朶を叩く。


「――眷属よ、さあ、ここに顕現せよ!――」


 上ずる声で呪文を唱え終えると、先ほどまで魔方陣より放たれていた光が消え――ぶすぶす、と煙が立ち上った。


 想像した強靱な龍とはどこへやら。

 煙の根本には何もいない。

 低級魔獣のスライムすらそこにはいなかった。


「また失敗……」


 がっくりとドロシーは肩を落とした。かけていた丸眼鏡が脱力したようにずるりと下がってくる。


 本日六度目の失敗だった。


「ドロシー、気を落とすな」


 カツカツとブーツの踵を鳴らしながらバーンリー教授が魔方陣の中心へと歩み寄ってくる。


 それからドロシーの肩をそっと優しく叩いてくれた。


「お前はまだ魔力の扱いに慣れていないだけだ。お前のような不器用な魔女候補生は数多く見てきた。だが、皆、最後は立派な魔女として旅立っていった。お前もいずれそうなる」


 教授は指導時の物言いこそ厳しいが、心優しい魔女だった。


 国を護る魔女、魔人を育成するルクグ王立第三三魔法学校において、落ちこぼれの烙印を捺されているドロシーに、休日返上して丸一日付き合ってくれたくらいだ。


 そこまで熱心な教授もそういない。


 皆、ドロシーに昇級は不可能だと匙を投げてしまっている。


「今日は魔方陣が反応した。明日にはお前の使い魔が光の門を通ってやって来てくれるだろう」


「そうだと良いんですが……」


「今日はもう遅い。寮に戻って休め。十分な休息と栄養をとって消費した魔力を養うんだ」


 くすくす。

 どこからともなく笑声が聞こえて来た。


「……見てよ、ドロシーのヤツ」

「また、失敗したみたいよ」


 召喚の間と学舎を繋ぐ扉が僅かに開いている。多分、そこから彼女たちは覗いているのだろう。


 声が当の本人に届いているのも気付かず、彼女たちは楽しげに話し続けた。


「誰の子かも分からないみなしごだもんね。だから魔法が下手なのよ。お子様レベルの《火球》だってまともに使えないんだもん。召喚魔法なんて無理でしょ」


「あの赤毛。帝国人の血が入ってるんでしょ。むしろ魔法なんて教えなきゃいいのに。我が国は優しいなぁ。あんなみなしごなんかに魔女になれるチャンスをくれるんだもの」


「そうそう。いつ裏切って私たちに魔法を撃ってくるか分かんないのにさぁ」


「さっさと退学になって、いなくなっちゃえば良いのに。赤毛なんて誰も見たくないでしょ」


 ひそひそ、くすくす。


 ドロシーの耳に触れる聞き慣れた言葉たち。


 くちさがのない者は、ドロシーの赤毛を馬鹿にした。


 先の魔法大戦で敵対した帝国の民たちが赤い髪を持っていたというだけで、彼女たちは同じ赤毛のドロシーを毛嫌いしている。


 溜息。それはバーンリー教授のものだった。


 彼女は鋭く扉のほうを睨み付けると「どうした貴様ら!」と声を張った。


「自ら学びにやって来るとは感心だな。どうだ、ドロシーと一緒に魔法の練習でもするか? 私はいつでも大歓迎だぞ。お前たちが弱音を吐くまでしごいてやる!」


「……い、いえ、私たちは十分です!」


「もう使い魔はいますから……!」


「ごめんなさい」という謝辞と共に、扉の向こうから逃げ惑う魔女候補生の足音が響いた。


 第三三魔法学校一の鬼教授と名高いバーンリー教授のしごきは、流石に勘弁したいというのだろう。


「気にするなドロシー。お前は立派な王国人だ。我が国のために魔力を捧げようという意志、魔女になろうという努力は誰よりも私が理解しているぞ」


 さあ、寮に戻ろう、と教授がドロシーの背中に触れたところで「教授!」とドロシーは彼女を見上げた。


「もう少しだけ、練習していってもいいですか? 明日こそ、召喚魔法を成功させたいんです。昇級試験まであと一月を切りました。それまでに使い魔がいないと、わたし、彼女たちが言うみたいに退学になってしまいます。それだけは嫌なんです」


 懐から懐中時計を取り出すと、教授は頷いた。


「分かった。あと一時間だけだぞ。一時間後に、またここに来る……無理はするなよ」


 そう言って、彼女は召喚の間を後にした。


 すっかり人がいなくなった召喚の間。窓から差し込む春の夕日も、弱々しい。


「……もっと努力しないと」


 ドロシーはぎゅっと力強く杖を握りしめると、じっと床に刻まれた魔方陣を見下ろした。


「次の昇級試験に落ちちゃったら、わたし退学処分になっちゃう……そうなったら……」


 田舎に戻らなくてはならない。


 あの寒くて暗くて、夜空以外何もない孤児院に。


(絶対にいや!)


 ぶるりとドロシーは肩をふるわせた。


 あそこに戻ればまた叩かれる。

 穀潰しの薄汚れた帝国人だと罵られる。


 やっと利用価値のある魔女になれるかもしれないと送り出されて、いいえやはり無能の落ちこぼれでしたと返却されたのであれば、寮母の折檻はますます激しいものになるだろう。


 ドロシーは何が何でも魔女にならなくてはならない。


 それ以外に、ドロシー自身を救う道がないからだ。


 ――魔女。


 それは我が国ルクグ王国が保有する女性魔法兵の名称であった。


 自然の摂理をねじ曲げ奇跡を起こす魔法を用い、王と国を護る者たち。


 ちなみに、男性魔法兵の名称は魔人という。


 ルクグ王立第三三魔法学校には、魔女候補生と魔人候補生、合わせて二〇〇名ほどが在籍していた。


 男女が交われば何か良からぬことが起きかねないと、校舎は魔女候補生と魔人候補生とで分けられている。当たり前のことだが、寮も同じく。


 その男女合わせた二〇〇名の中の最下位に位置するのが、ドロシーなのであった。


「ドロシー、大丈夫? あの噂好きの口の悪ぅい子たちとすれ違ったから、もしかしたらって思ったけど……まだここに残ってたの? 朝からずっと籠もってるじゃない」


 そんな鈴の転がるような可愛らしい声と共に、召喚の間に顔を見せるのはドロシーのただ一人の友人であった。


 夕焼けに燃える豊かなプラチナブロンド。地平線に溶けた夕日色の瞳。整った目鼻立ち。美少女とは彼女のための言葉だと思ったほどの美貌の少女だ。


 魔女候補生の鴉みたいなローブも、古ぼけた三角帽も彼女が纏っているだけで最高級のドレスに様変わり。


 彼女の名前はリーナ・アクロヴァ。

 ドロシーと寮の部屋を分け合うルームメイトであった。


「うん、リーナ。大丈夫だよ。えへへ、今日も駄目だったみたい」


「……バーンリー教授も酷いよ。ドロシー一人残して……」


「ううん。教授は悪くないよ。ここに残ったのもわたしから提案したからで」


「そうなの?」


「うん。もうちょっと努力しないと。後一月しかないし」


 小さく頷いて、ドロシーはリーナの左手の甲にうっすらと浮かぶ召喚印を見つめた。


 使い魔を持つ魔女、魔人の左手の甲に必ず浮かぶ召喚印。


 ここに魔力を込めることで、主従契約を結んだ使い魔をいつでも呼び出せるというものだ。


「わたしもリーナくらい才能があったらなぁ……どかーんと凄い魔獣を呼べたのに」


「ドロシー、そんな事言わないで。ドロシーにも才能はあるよ。だからここにいるんでしょ? 大丈夫、貴方ならきっと召喚出来るわ」


 そう言って、リーナは胸に下げたペンダントにそっと手を伸ばす。


 リーナはこの魔法学校きっての天才魔女候補生。この学び舎にやって来てから瞬く間にありとあらゆる魔法を習得していった。


 魔女の基本とも言える攻撃魔法に始まり、回復魔法の数々を習得していった。召喚魔法なんてたった初日で成功してみせたのだ。


 しかも、彼女が呼び出したのは、白銀の鱗が目映い白龍である。


 龍を呼び出すことに成功した魔女、あるいは魔人は、ルクグ王国の長い歴史においてもたった七人しかいない。


 そんな天才魔女見習いは、どうにも心まで神の寵愛を受けているらしく、ドロシーのような落ちこぼれにも分け隔てなく接してくれた。


 ドロシーが杖を握る手に、召喚印の宿る手を重ねるとリーナは召喚魔法のコツについて優しく教えてくれた。


「この魔方陣から呼び出す使い魔は、魔女の一生の伴侶とも呼べる存在よ。術者の魔女にとって、自身の魔力を分け与えて時を共にする大切な眷属なの。もしかしたら、未来の夫よりもずっと側にいるかもしれない存在よ?」


 冗談めかして言った後、リーナは白い睫を下ろした。


「だから心から願うの。心から欲しい力を願うの。護りたいものを、心から愛しているものを想像しながら、貴方の持てる魔力の全てを捧げるつもりで祈りを捧げるの。そしたら、きっと貴方の願いに応えてくれる眷属が光の門から出てきてくれるはずよ」


 ぽ、とリーナの召喚印に光が灯り、それに呼応するかのように召喚の間に広がる魔方陣に穏やかな光が伝播していった。


 彼女の洗練された魔力に反応してのことだろう。


「私がしろちゃんを呼んだ時はそうだったわ」


 しろちゃん、とはドロシーの使い魔の名である。


 そんな可愛らしい名を、あの強大な龍に付けてしまうのだから、リーナは不思議な子だった。


 次に赤い瞳がドロシーを見た時、光はぱっと消えてしまった。


 それからリーナは微笑を携えて言う。


「……大丈夫、ドロシーは立派な魔女になれるわ。魔女になって、一緒にお国を護るのよ」


「ありがとう、リーナ。何だか上手くいきそうな気がしてきたよ」


「夕飯までにはちゃんと戻って来てね! ドロシーがいないと寂しいんだから」


「うん」


 リーナが召喚の間を出て行ったのを確認すると、ドロシーは彼女の言葉を心の中で唱えた。


(護りたいものかぁ)


 ずっと何を呼び出すかばかりに目を向けて、その眷属で何を護りたいかはずっと想像していなかった。


 ドロシーは目を瞑り、想像した。


 ドロシーが護りたいもの。心から愛しているもの。


 それは何だろう。


 瞼を下ろして訪れた闇の中で、想うのは――夜空だ。


 孤独で辛い幼少期、宛がわれた屋根裏部屋の小さな窓からずっと見上げていた冬の空。


 かつての魔法大戦では、夜空はまるで夕刻のように赤く燃えたという。


 そうだ、あの美しい満天の星々をドロシーは護りたい。


「――眷属よ、さあ、ここに顕現せよ!――」


 ドロシーがそう唱えた刹那。



 召喚の間は跡形もなく吹き飛んだ。




……………………


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