第105話 開店ラブホテル2号店②
「それじゃあこの森に向けて地下を伸ばす作業をしていくか」
作戦会議が開始されてから1時間30分。
漸くワンポがテーブル型モニターから降りたので、ピンを刺し直してラブホテル2号店の予定地までが直線で結ばれた。
後は塔の地下に埋まっている一部を、それこそ糸の様に細ーく伸ばして目標地点まで繋げるだけである。
外の世界から繋がっているダンジョンとしては初のぶっ飛んだ試みだが、前世が日本人のアイトには地下鉄や海底トンネルを通す様な発想なので、然程難しい事はない。
伸ばしているのは糸状だが、ダンジョンは外観と内部で広さが異なる。
糸状の部分に入口を作る事は不可能としても、伸ばした先で休息宿ラブホテルとは別の入口を作る事で、一つのダンジョンとして2号店を実現する腹積もりだ。
内部は休息宿ラブホテル側と繋がるのだが、それは秘密にしておき、あくまでも休息宿ラブホテルとは切り離された2号店という体でやっていく。
今いるスタッフを送り込むのではなく、2号店は2号店で一から作る。
その方が遣り甲斐があるし、悠久の時を生きるであろうアイトにとっての娯楽となるのだろう。
だから。
「サカリーバに転移して里帰りしても良いわん?」
「却下だぁい!」
普段なら従業員の要望を100%叶えるアイトが、モカの要望を一瞬で却下した。
モカも別に帰りたかった訳ではないので、特に気にした様子も無いが。
ラブホテルで仕事をしてワンポと触れ合える事が、モカにとっては何よりの幸せなのである。
「よし、こんなもんで良いだろう。次はエントランスと客室だな。俺は獣人の事をあんまり知らないから、モカもアイディアがあったらどんどん出してくれ」
「わかったわん」
こうして休息宿ラブホテル2号店の構想が練り練りされ。
3日後にはオープンの日を迎えたのであった。
「なんじゃありゃ!」
サカリーバの犬人族が暮らす集落では、朝からどよめきが起こっていた。
集落の傍にある森に突然出現した巨大な何か。
族長を含めた爺さん連中が地面に額を擦り付けて拝み倒している何かを見て、狩人のヴィジャックはそれが何であるのかを考える。
ヴィジャックはベージュに近い茶色の髪に犬耳犬尻尾に黒目。
背は高く鍛え上げられた、立派な体躯の優秀な戦士である。
そのヴィジャックが圧倒される程の大きさ。
今までに見て来たどんな魔物よりもでかく、黒に近いがやけに格好良い青の体毛をしていて。
威風堂々とした風体をしているが、大人しくて顔は可愛い。
冒険者として活動する妹がいれば、あれが何かわかったかもしれないが。
妹は数ヶ月も前に人族の国に依頼を受けに行ってから戻って来ていない。
あれは女ながら優秀な戦士なので身の心配はしていないが、どこかで道草でも食っているのだろう。
「おい!行ってみようぜ!」
ヴィジャックが思考に耽っていると好奇心旺盛な者が数人、森に向かおうと全力疾走を始めた。
獣人は本能で動く者が大多数なので、深く考えずに危険にも飛び込んでいくきらいがある。
「待て!まずはあれが何なのかを確認する事が先だ!どうしても行くんなら俺を倒してから行けぇ!」
そんな犬人族を止めるのは数少ない理性をもった男、ヴィジャックである。
そして比喩じゃなくガチで殴り掛かって来るので、まとめて組み伏せたヴィジャック。
この男、頭脳だけでなく武力でも優秀だからこそ、身体能力に秀でた犬獣人達の中で狩人の役割を与えられているのだ。
そして血の気の多い集落で自警団的な役割も務めているので、一対多の対人戦も得意である。
「族長が使い物にならんから俺が様子を見てくる」
ヴィジャックは頭が良く、力もあって次期族長候補筆頭と言われている。
他の者達も、あのでっかい犬みたいな何かを見に行きたくてウズウズしている様子だが、一応は納得して一様に頷いた。
「ルルもついて来てくれるか?」
「わかった」
ヴィジャックが声を掛けたルルは白っぽい体毛で耳と鼻が黒い、獣よりの犬獣人の女だ。
獣よりの犬獣人だけあって身体能力が高く、人族よりの犬獣人よりも鼻も利く。
この集落では唯一の女狩人である。
二人は狩りをする時にパーティーを組む事も多いので、信頼関係はバッチリだ。
「では、準備が出来たら行くか」
ヴィジャックとルルは一旦家に戻って。
毛並みを整えたり、下着を着替えたり、装備を身に着けたりして森へ入った。
「どうだ?あのでかいのから何か感じるか?」
「特には何も。あれだけ大きいのに匂いがしてこないから、生き物ではないと思う」
二人は要警戒をしながら森を進む。
あまりにも警戒し過ぎて、手と手が触れ合って、「わ、わりぃ」「う、うん。大丈夫」なんてラブコメ風の展開が起こっちゃうぐらいに慎重だ。
普段狩りを行う時には空を飛ぶ獲物も狙える様に弓を使う者が加わるのだが、今回は残念ながら拝み倒す勢に加わっていたので二人きりだ。
二人はいつもよりも少しばかり変な緊張感を持ちながら、巨大な何かの足下まで辿り着いた。
「でっか。それにすげぇ強そう」
「これって実在する魔物かしら?きっと魔物の人形?よね。触り心地は最高ね」
近付いても動く様子が無いので、至近距離から見上げるヴィジャックと毛を触るルル。
それの毛は非常に触り心地が良くて、抱き着いて埋もれたい衝動に駆られる程だった。
しかし人形らしきそれを見上げたヴィジャックが何かに気付いた様子なので、埋もれる事はしなかった。
心の底から埋もれたかったのだが。
「入場口はお尻側?」
ヴィジャックは狼らしき人形の首から下げられた看板に書かれた文字を読んだ。
「これってもしかして建物なのかしら?」
ルルの疑問に眉間に皺を寄せて首を傾げるヴィジャック。
そもそも字が読めない筈の自分が、普通に文字を読んで意味を理解出来ているのが不可思議でならない。
そこでヴィジャックは、一つの可能性に辿り着いた。
「まさかダンジョンか?」
その可能性は高いかもしれない。
サカリーバではあまり見ないが、外国には魔物が湧き続けるダンジョンが幾つもあるのだと、ヴィジャックは冒険者の妹から聞かされていた。
もしもそのダンジョンが集落の近くに生まれたのだとしたら。
攻略してみたくてワクワクするに決まっている。
「裏手に回って警戒をしながら中に入ってみよう。強い魔物とやりあえるかもしれない」
「わかった」
基本的に獣人は理性的であっても好戦的である。
特に強者に立ち向かうのを良しとする傾向が強いので、ダンジョンなんて娯楽があれば危険を顧みずに飛び込むのは、彼らの本能的に仕方のない行動である。
そして二人は裏に回り、伏せをした人形の肛門部分にある扉を開けて中に入ったのであった。
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