第78話 氷上のヴィーナスはスベらない②

「きゃっきゃっきゃっ!」


 半面でカーリングの試合が行われる中、反対側のリンクでは普通のスケート遊びが行われていた。


 参加しているのは蒼剣の誓いの4人とマシマシオーク亭の3人。

 テーラ商会からタスケとバルバラ。

 そして子供部屋から陽気に燥いでいるアンネだ。

 本来はエマもこちら側に入りそうなものだが、人見知りなので別室で既に就寝の準備に入っている。

 特別出演予定のワンポも今の所はエマと一緒だ。

 アンネは少し夜更かしなのだが、ラブホテルに来てからは寝たい時に寝るワンポスタイルの生活なので少しぐらい夜が遅くても平気である。


 彼ら彼女らの他にラブホテル専属ハンターのバルナバスとエライマン領の領主であるフォルカーにも声を掛けたのだが、バルナバスは身重の妻ミキャエラが確実に燥いで危ないからと辞退。

 フォルカーもここの所は執務に追われていて忙しいらしく辞退となった。

 フォルカーの場合はマカマカテラックスが定期的に処方される事で、夜の方が随分と忙しいのもあるのだが。


 話を戻そう。

 今、とても可愛らしく燥いでいるアンネはスミスの腕の中にいる。

 初心者の筈なのに器用に滑っていつも抱き上げられて歩くのとは違った景色にテンションが爆上げしていて。


「ママー!」


 アンネは母であるアンドレアに手を振り。

 アンドレアは大きく手を振り返した。


「パパ―!」


 アンネは父でないアイトに手を振り。

 アイトは手をゴールドフィンガーの形にして応えた。


 相変わらずスミスのパパへの昇格の日は遠いらしい。


「このスケート靴とか言うので氷の上を滑るってのも中々面白いな」


「いやいや、これ結構恐いよ?」


「ははは。プニータが恐がるなんて珍しいな。どれ。俺が引っ張ってやるよ」


 慣れないスケート靴に生まれたての小鹿の様に足をプルップルさせて肉もプルップルさせるプニータの手を引いてニックが頼りがいのある男らしさを見せ。


「ぎゃぁぁぁああ!」


 勢い良く転んだプニータの下敷きになってニックは軽めに肋骨をやった。


「防具職人と鍛冶職人にこの靴を作らせて、湖が凍ったら貸し出せば儲かりそうだね」


「それなら街中にプールを作って凍らせた方が良いんじゃないかしら?きっと流行るわよ」


 タスケとバルバラは商人らしく金の話をしている。


「「「、、、」」」


 特に言葉無く無言で滑るルイス、モルト、ダニエラ。


 こちらは側が全員がスケート初心者なのだが、案外と器用に滑って楽しんでいる模様だ。

 特にプニータは尻で滑る事を覚えてからニックを膝の上に乗せて滑るのが楽しそうである。

 当のニックが恥ずかしそうだが。


 ピィィィィイイ!


 甲高いホイッスルの音がして、普通にスケートと尻滑りをしていた者達が注目する。

 どうやら逆サイドで行われていた人の身では参加する事すら憚られる謎の遊びが終わったらしく、アイトが立ち上がって片手を上げていた。


「これより。ハーフタイムショーが始まります。リンクの上にいる方は。リンクから上がってハーフタイムショーを楽しみましょう」


 アイトが運動会で小学生がする様なたどたどしいアナウンスを行って。

 皆がいつの間にか用意されていたつまみとフルーツと酒が載ったテーブルの周辺に集まった。

 一応ダンジョンモンスター側と人間側でテーブルが分かれてはいるが、油断をすると酒が全部ダンジョンモンスター勢に流れてしまうので早く飲み切らなくてはならない。

 でかいプニータを中心として急ぎ酒を消費していく。


「おいちぃ」


 アンドレアとアンネの母娘だけはマイペースにフルーツを食べてアンネから発生するマイナスイオンを振り撒いているが。

 アンネの笑顔を肴に酒のペースが上がるが、既にヒショが全ての酒を飲み切ってオーガズが人間側のテーブルから何本か酒を拝借してヒショに献上している。

 どうやらもう駄目みたいである。


「それではリンクに注目せよ!氷上のヴィーナスの登場だい!」


 バツンと部屋が暗転してスケートリンクの中心にスポットライトが当たり。

 リンクの下からラインストーンがキラキラと輝く青い衣装に身を包んだ女性が現れた。

 いや、あれは女性なのか?

 現れたのはラブホテルの給仕と警備と他にも色々と担当するレイスのレイさんである。


 レイさんはリンクの下から少しずつ少しずつ現れたのだが。

 この登場、なにもリンクが割れる様な仕掛けでせり上がっていた訳ではない。

 単純に氷をすり抜けて出て来ただけである。


 リンクに立ったレイさんは両腕をクロスさせて手で両頬を包み込み。

 右足をやや後ろに下げてブレードの先を氷上に立てた。

 すると雄大なヴァイオリンの音色が流れ出し。

 レイさんは音楽に合わせてリンクを滑り始めると、スポットライトがレイさんを追って動き出した。


 片足を上げて。

 クルリと回転して。

 リンクを大きく使って滑らかなスケーティングを見せた後で。


 勢い良く飛び上がって空中で4回、独楽の様に回転してから着氷する。

 着氷は右足で下りて左足は後ろに流し。

 更にもう一度勢いを付けて3回転して、こちらも見事に着氷した。

 まるで氷を蹴っていないかの様な完璧な着氷だ。


 レイさんは4回転のコンビネーションジャンプと単独の4回転ジャンプを披露すると、音楽のリズムと完璧に調和したスピンを見せる。

 見ているだけで目が回りそうな高速回転をしながら、片足を後ろに上げて足を180度開脚。

 アイトの前世でキャンドルスピンと呼ばれていた技を披露したレイさん。


 その後も美しくしなやかで完璧な演技を続け、曲は後半。

 レイさんは前向きに突っ込みながら飛んで回転を始める4回転半ジャンプを見事に決めてみせた。


 そして曲は盛り上がり。

 楽し気に踊り細かなステップを入れながらリンクを広く使って。

 滑らかさと力強さを表現して素晴らしいステップを踏み。

 片足を後ろに上げて右手を左頬に持って行って美しいシークエンスを魅せ。


 最後はスピンを2種類。

 片足を上げ、上半身を逸らしたレイバックスピンから両腕を上げてクライマックスを表現するアップライトスピンで演技を締めた。


「ブラーヴォ!ブラーヴォ!」


 何故イタリアンテイストで讃えたのかはわからないが。

 アイトが氷上のレイさんに賛辞を送ると全員が拍手をして彼女の演技を讃えた。

 何処からか指笛も鳴り、レイさんもそれに応えて片手を胸の前に持ってきて礼をする。


「すごいすごーい!」


 アンネは子供ながらにレイさんの演技を見て感動したのかぴょんぴょんと跳ねて手を叩いた。

 幼心にこれ程の美しい演技を見せられては、アンネは将来外の世界初のフィギュアスケーターを目指すかもしれない。


 皆の拍手に応えて、今度は別の曲が流れてレイさんの2曲目の演技が始まった。

 今度は5回転なんかも取り入れた無茶な演技をしているのだが。


「スケートってのはあんなにも素晴らしい演技を魅せられるんだな。このスケート靴をまるで自分の足みたいに操って。いや、自分の足以上に操って人に感動を与えられるなんてな。本人の弛まぬ努力みたいなものが垣間見えて、何だか俺は感動したよ」


 誰に話掛けるでもなく、急に語り出したスミスに皆が若干“気持ち悪っ”って目を向ける中。

 タスケは顎を撫でながら首を傾げた。


「レイさん様って実体の無いレイスですよね?レイスって足ありましたっけ?」


 それを言っちゃあおしまいよ。

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